冷たい身体

エッザールの言った敵軍……おそらくはマシャンヴァルだろうとは思うが。となるとネネルがこの前ラザトと普通に話していたのも納得がいく。

だけど、それ以前に王子もラザトに話していたっけか。それが分からん。もう俺の頭じゃ煙吹きそうだ。

それに、俺の家にいて、さらに俺のギルド引き継いで一体何がしたいんだか。乗っ取りか? それとも親方の遺産狙っているのか?

城の人間で話せる奴はルースがいるが、あいつは酒乱女にかかりっきりだし、残るはネネル……だけなんだよな。けどあいつは身分が違いすぎる。気軽に会える存在じゃないし。


「あ、あの……ラッシュさん」突然背後からタージアの声が、心臓が止まった!

「す、すいません、ちょっと高いところにあるコケを……取りたいのですが、その……」

もじもじしててはっきり言ってくれないから余計腹が立つ、分かってる、肩を貸してもらいたいってことだろ?

その言葉に、あいつも頬を赤らめながらうなづいてくれた。


エッザールはトガリの手伝いしてるし、ジールはチビとフィンの遊びの相手してくれているし。なるほどね、結局一番背が高くってヒマなのは俺しかいないってことか。


さて、そのコケとやらが生えている場所は滝のすぐ近くだった。ドオッと足元から水の音が響いてくる。結構水量あるんだな。

「ちょ、ちょうどラッシュさんに肩貸してもらえる高さに生えているんです……よろしいでしょうか」

しかも滝のそばだから否応なしに細かい水しぶきが襲い掛かってくる。足滑らさないように注意しなきゃな。

「いいのかジールじゃなくて、同じ女同士の方が……」

「……ラッシュさんは朴訥で信頼できる方だって、一目見てすぐにわかりました」

うーん、褒められてるんだかバカにされているんだかイマイチ分からん。


しかも肩車じゃなかった、俺の肩の上に足乗っけてようやく届く高さだ。濡れてるから普通に登ることもできないし。こりゃジールでも無理かもな。

乗っかってみて分かったことだが、こいつの身体……すっげえ軽い。ヘタしたらフィンと同じくらいじゃないかって思えるくらい。

野菜ばっかり食ってるから全然肉が付かないのかもしれないな、なんて俺は頭の中で冗談思い浮かべてた。そうだ、こいつは女だし、上向いたら服の下が丸見えだし。もしうっかり覗いちゃったりでもしたら、ジール同様ボコボコにされるかもしれない。

「すいません。もうすこし右に動けますか?」彼女の言われるがままに、俺は右へ左へと手伝ってあげていた。


崖の岩にこびりついているコケを、ナイフでこそげ落としながらせっせと小瓶に入れている。俺から見てみればただのコケなんだけどな……こんなものが一体何の役に立つのやら。

「よし、これで……ってきゃっ!」気が緩んだのか、タージアはつい足を滑らせてしまった……が、俺にしてみればそんなの大したことない。背中から速攻キャッチできた。

とても軽い身体だったが、案の定こうやって抱きしめていると結構細い身体だっていうことだっていうのも分かった。でっかいコート着ていたからかな。外見だけだと全然身体の細さなんて分からなかったんだ。

……っと、やべえ。こいつ降ろさないと。

「……ラッシュ……さん」密着した彼女の顔が、またほのかに赤くなっていた。そりゃそうだよな。


でも、俺の心とは裏腹に、彼女の言葉は真剣そのものだった。

「もう少し……このままでいてもらえますか」

「え……!?」

「ラッシュさんの身体、とっても暖かくって……」そう言って彼女は、俺の胸に冷えた頬を預けた。

そっか、ずっと水かぶってたからな、冷えるのも当然……か。


滝の水が飛んでこない場所へと移動し、俺は腰を下ろした。


「あ、あの……こういうこと言ってしまうと嫌がられてしまうかもしれませんけど、その……」

彼女の細い身体から、激しく鼓動が伝わってきた。


「わ、私、ラッシュさんの匂いも、その身体の熱さも……大好き……です」

残念ながら俺にはどうそれを返していいかわからなかった。ただぎゅっと、強く抱きしめて、その冷え切った身体を温めてあげられれば……いまはそれしか思いつくことができなかった。

ジールのときとも、ネネルのときとも違うこの感覚。

女ってこうも細く弱い存在なのかな、なんて心の片隅で思ったりしながら、俺はただ言われるがままに彼女を抱きしめ……


「ラッシュ、メシの準備ができたってトガリが……」突然、岩の影からひょいと顔をのぞかせてきた。フィンだ。

「え……あわわ! きゃあああああ!」気づいたタージアの悲鳴が滝つぼに響き渡った。


「え、ごめん! もしかしてラッシュと姉ちゃん……ってそういう!?」


俺と彼女との短いひと時は、こうして終わりを告げた。

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