食堂のお姫様 1

ネネルがフードを取った瞬間、部屋の空気が一変した。ラザトだけはなるほどな、なんて目で見てるけど。エッザールなんか目が落っこちそうなくらい見開いてるし。


「すまんな、こんな時間に」

いやこんな時間にじゃねーよ。お姫様がこんなところに来ること自体おかしくねーか?


「ここに居るイーグに無理を言って連れ出してきてもらったのだ。なかなか楽しかったぞ、ふふ」

「もう勘弁ですよ姫さん。巡回のチェック厳しくて何度も寿命が縮みそうになったし」

妾は楽しかったぞ。だなんてネネルはけらけら笑ってるけど……まあ確かに。バレたら有無を言わさず処刑だろうな。


しかしなんでまたここに来たんだか。まさかまた俺に会いたいとかバカな理由じゃないだろうな。


「そこにおるラッシュ。彼に会いたくてな」

やめろよ公然と口にするなよ!


「エセリア姫……このバカ犬に惚れてるんですかい?」

「察しがいいなラザト。うむ。単刀直入にいうとそうじゃ」


と、トガリがまた例のコーヒーを持ってきたんだが、やはり……めちゃくちゃ手が震えてる。

「ひひひ姫様、おおおお口に合うかどうかわわわ分かりませんがどどどどうぞ」

「おおお凄い! ここのギルドにはアラハスの! しかも銀砂地族もおるのか、間近で見るのは何百……いや、生まれて初めてじゃ!」

トガリの長い爪を両手で握りしめてぶんぶんと握手を交わす。つーか今さらっとヤバいこと言ってたような……

こいつ、まさかそんな年月を……!?


ちなみにトガリは立ったまま失神してた。


……………………

…………

……

「……と、そんな感じで妾とラッシュは出逢ったのじゃ」

お腹が空いてたというので、イーグの店のパンとトガリの夕飯の残りを出してあげたら……すげえ食いっぷり。

「これが庶民の食事か。なんという美味さじゃ!」

と、いつも食ってるトガリ特製の肉団子入りトマトスープを感動しながら食べてたし。


ちなみに城の食事は、量が少ない上に最近パターンが分かってきて飽きてきたそうだ。でも俺らは一度もお目にかかったことないからな……食ってみたい気もあるが。


しかしネネルの言うことを黙って聞いていたが、出会いの話盛りすぎだ!


以前、俺が城に呼び出された時まではよかったが、お付きの侍女が乱心して剣を振り回して暴れてたところを颯爽と俺が救い出してくれたとか、あの時の俺は伝説の英雄そのものだったとか……いや、バケモノ倒した件は確かに城内から漏らしてはいけない内密な案件だけど、侍女が暴れるか普通? つーかジジョってなんなんだ……知らん名前だ。


ちなみにエッザールも座ったまま失神してた。


「で、本当は何しにきたんだ? まさか俺と会ってメシ食いにきただけじゃねえだろ?」

トマトソースに汚れた口の端が、にこっと微笑んだ。

「ああ、本来の理由な……お主は察するのが得意とみえる」

「隠し事を見抜くのは慣れっこだ」


なんだろう……いつもなら俺も動揺が隠せないのに、何故か今はイライラがおさまらない。

姫の……ネネルの言葉に妙に腹が立つんだよな。


「お主を助けにきたのだ。あの傲慢なムッツリ女騎士をとっちめてやろうと思ってな、とある提案を持ってきたのだ。よく聞け」

ネネルのその言葉に、俺のイラつきが頂点に達した。


「断る」

「え……?」


「いらねーよ、そんな提案」

面食らったネネルの「なんで?」って言葉が、静かな食堂に響いた。

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