竜の息吹

「おーい! 2人とも無事かー!?」

とりあえず俺は大丈夫。だがマティエがちょっとヤバいかもしれない。早く手当てしないと、コイツの命……いや、それ以上に悲しむのがルースだ。なんたってイイナズケなのだし。


さて、2人のおかげで助かったはいいんだが……なんかエッザールの方が足取りがおかしい。あいつも負傷したのか……?

「人獣の臭いがしたんで追ってってみたんだ、そしたら至る所に穴が掘ってあってさ。にぎやかなところを探したら、上手い具合にラッシュがいたんだよ」


そうだな、イーグは斥候をやってたぐらいだから嗅覚も気配を探ることに関してもピカ一なんだった。

「お二人とも……うぷっ、とにかく……無事で何よりです……」当のエッザールはというと、なんなんだ……すげえ吐きそうなツラしてるし。

もしかして人獣どもの焼け焦げた臭いがキツイのかもな。


まずは大急ぎで俺らは外へと向かった。あの穴から落ちてそれほど時間は経ってなさそうだったのに、外の空気がめちゃくちゃ気持ちいい。


「あの火をぶちまけたのはお前たちか?」

そうだ、あの火の波が来なければ俺とマティエはおそらくあの洞窟で人獣の餌食にされていたかも知れない。いや、俺一人だけなら大丈夫……か?

「そうだよそれそれ、エッザールの奴すげえ技持ってんだ! いや、ちょっとリスクあるんだけどな」と、マティエを手当て中のイーグは俺に言ってくれた。


え、ワザ……?


エッザールも外の空気を吸えて体調が良くなったのだろうか、俺に大きな瓶を見せてこう言った。

「私の家系に代々伝わっている『竜の息吹』という技でして……」


そんなことを話してる間に、また人獣の残党どもがあちこちからわらわらと湧き出てきた。

なるほどな……こいつらのアジトはこの森すべてだったのか。人海戦術で地下道を作って、そこで戦力を蓄えていた……と。

とか言ってると、エッザールは例の瓶のものをゴクゴクと飲み始めた。

みるみるうちに奴の腹がたぷんたぷんに……何やってんだこいつ?


「あ……言い忘れましたが、これは私の家内が作っている酒でして……うぷっ」

「まあ見てなって、こっからが本番だぜ」

イーグはそう言ってはいるが、こんなやべえ最中にいきなり呑みだすのって……?

と、今度は腰に下げた袋から、小さな黒い棒を取り出しはじめた。そいつを手の甲にあてて、しきりにこすり始めて……って、火花だ! こいつ自分の鱗で火花を起こせるんだ!


「いざ!」エッザールは大きく息を吸い込むと、口元でまた火花をカチカチ起こし始めた。

そして……

一気にブオッと酒を霧状に吹き出した! その霧はみるみる間に火花と合わさって……ってこれ!


「な、すげえだろ? まるで火を吐いてるみたいだし」

エッザールの肺活量と合わさって、遥か先まで炎の息は飛んで行った。そう、それは前方の人獣へと。

俺が洞窟で見たアレだ! 瞬く間に敵を焼き尽くす火の津波。エッザールのやつ……こんなすげえ技を隠し持ってたのか!


「と、こんな……感じです」

「すげえ……だけどなんで最初っからこの技を使わなかった? あっという間に奴らを丸焦げにできたのに」

「いや、ちょっと……事情が…ウプッ」


「バカだなあ、考えてみろよラッシュ。周りに木がたくさん生えてる場所でこの技使ったら、逆に俺たちの方にも火がまわる可能性あるじゃねーか」

あ、そうか。洞窟とか、今みたいに開けた場所ならともかくとして、森で火を吐いたら山火事どころじゃ済まねえもんな。

「それと……うぷっ……すいません」


エッザールは輪から離れると、岩陰で突然ゲロゲロと吐いていた。なんなんだ一体?


「す、すいません……私……酒に弱くて……おえっ」

「そういうこと、だからやりたくても多用できないんだわ……」


エッザールのその言葉につい唖然としちまった。

けど、それ以上に妙に親近感が持ててしまったことも確かだ。

俺以外にも酒に弱い奴がいたとはな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る