ふたり 後編

マティエの話を聞きながら、俺は風上の方へと足を進めた。


しかしこいつ、めちゃくちゃ重い……手足にまだ鎧をつけているせいでもあるんだが、体格も背丈も結構俺に近いし。けどこんなときに重いだなんて言おうものなら、恐らく……いや、絶対に俺は殺されちまうだろうな。うん、黙っておこう。


そうだ、角の話はというと……今から約7年ほど前のことらしい。乱戦中に、突然彼女の目の前に現れた「顔に十字傷を持った獣人」に、一撃で右の角を粉砕されたんだとか。

そっか、たしかにその頃にはもう俺のこの鼻面には傷があったっけか。

けど前にも言ったとおり、俺は同胞に手を出すなんてことは絶対しない。それに彼女に個人的恨みもないしな。つーか数日前にこいつの存在知ったんだし。


はあ……これでますますワケがわからなくなってきた。やっぱりラザトかロレンタの助けが必要になってきそうだな。


さて、どのくらい歩いただろうか。見上げるとたくさんの木の根が幾重にも絡み合った不思議な光景が俺の眼前に広がっていた。

だが相変わらず出口は見えてこない……自然の迷宮ってとこだな。


その時ふと、誰かの話し声のような……いや、笑い声にも似たものが、あちこちから聞こえてきた。

「なんだ、この声」だんだんそれは大きくなってくる。しかも甲高ささえ増してきて、正直耳障りだ。

「こ、この声……」

「知ってンのか、お前?」

マティエはなにかを察知したのか、俺のもとからよろよろと離れた。

「まさか、そうか……ここが」

荒い息を吐いて彼女は俺に言った「早く身を隠すんだ」と。

一体何なんだ? 洞窟の主でも目覚めたのか?

「……人獣たちのアジトだ」


その瞬間、声が……いや、大量の金切り声が俺たちのところに降りかかってきた!

そうだ、この声……思い出した、さっき俺らに襲いかかってきた人獣じゃねえか! だけど俺たちが退治した比じゃない、何百倍もの津波だ!

あ、いや……津波っていっても、海はまだ見たことないんだけど。


マティエも俺も、ただがむしゃらに、無我夢中に武器を振り回した。

声にもつかない悲鳴を上げてやつらは血の海へと次々に沈んでいく……だが、その暴力的な数は一向に減ることがない。

こりゃ俺よりマティエのほうが心配だ……力尽きかけた彼女の周りを取り囲んだ人獣は壁となり、次々に覆いかぶさっていく。近づこうにも近づけない。このままでは……!


その時だった。洞窟の奥から、突然燃える火の塊が俺たちの方に向かって飛んできた。

それも一度じゃない、こっちも波のように二度三度とやってくる。

粗末な衣服に火の塊が引火した人獣どもは、断末魔の叫び声を上げながら次々と悶え苦しみだし、さらには熱さに耐えかねて地面を転がり……最後には小さな炭の燃えカスへと姿を変えた。

マティエに襲いかかっていた人獣も、それを見て一気に散っていった。


一方の俺はというと……背中の毛がちょっとちりちりに焦げたくらいか。

「なん……だったんだ、あれは」倒れ込む寸前のマティエを介抱する。こっちも大きなケガはなかったみたいだ。だが一刻も早く手当しないことには……脇腹の傷口が開いて、包帯が真っ赤に染まっている。

それに……うん、息もしづらくなってきたしで、とにかく出たい!


「大丈夫かー!?」と、洞窟の向こう……さっき火の玉が飛んできた方向から、イーグの声が聞こえてきた。


つまり、この先が出口ってことか!?


それはともかくとして、助かった……

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