角無し羊 その1

もうもうと砂塵の吹く道を、一台の馬車が走っていた。

その風は一足ごとに勢いを増し、やがて嵐へと変わりつつある。

「悪いな。風が止むまでしばらく休ませてくれねえか?」それを察した初老の馭者が馬車の奥に人にそう声をかけた。

中に載っているものは一人だけ。

黒い肌に大きくカールのかかった白い頭髪。

年季の入った胸鎧は、たくさんの傷が刻まれていて、

傍には布に包まれた長槍をかけている。

「この辺……最近出るって噂があるのは知ってるかい?」男が話しかける。

だが中の者は軽くうなづくだけで、それっきり指先ひとつ動かそうとはしない。

「姿は俺ら人間と変わらないって話だが……目がね、こう、ギョロっとデカくて、おまけに夜に輝くお月さんみてえに白と黄色に爛々と光ってるわ、手足がヒョロ長くてパンツしか履いてないわ、耳が尖ってるわで、ついた名前が……」

「人獣……」黒い影の口が、その名をつぶやく。

「そうそう、人間なんだか獣人なんだか分からない。姉ちゃんを乗せてきたスロボの村でも時たま集団で襲ってくるって聞いたしな」

その言葉に反応したのか〈彼女〉はゆっくりと立ち上がると、長槍に巻かれていた布をほどき始めた。

身の丈は男の上背をゆうに超えている。肩口や頬にはおおよそ女性として似つかわしくない傷がいくつもが刻まれ、くるくるとした頭髪の左右からは小さな筒状の耳が伸びていた。

足の爪先に指はなく、黒く頑丈な割れた蹄。

そう、彼女は獣人……それも、黒羊族の戦士であった。

「隠れていろ……」彼女の刀傷だらけの大きな腕が、男の前を塞ぐ。これ以上行くなと制しているかのように。

「こ、こんな嵐で見えるのかい?」

彼女の黒い蹄が、砂煙に包まれた地面を蹴る。

と、同時に右手に握られていた槍を横にすっと薙いだ。

絶叫に似た甲高い声と共に、男の話したそれと相違ない姿かたちの人獣が、裸の胸元から血を噴き出して倒れた。


「つけてきたのか……」

その言葉は、勢いを増す風の音に瞬く間にかき消されてしまった。

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