悪運

「うわあぁぁあああああああああああああああああ!」

やばいやばいやばいやばい! 窓側を背にしたのがまずかった!

落ちるって感覚も同様に生まれて初めてだった。そりゃそうだ、地面にいつも足が着いてるところにしかいなかったんだし。泳げねえしで。

じゃないじゃないじゃない! あんな見晴らし良すぎるくらいの高いとこにドールの野郎の部屋があったんだから、これ……俺じゃなくても死ぬ高さだ!

「死ぬと思ったら死ぬその時まで意識を全身に張り巡らせろ。どっかに活路があるはずだ」って親方は言ってた気がした。

気が遠くなるのをグッとこらえて、空じゃない、壁の側を……見ろ!

外壁の出ているとこをとにかく見つけ、そこに指を、爪を……おおおおおおっ!

がりがりと音をたてて、掴んだ爪が壁の出っ張りに引っかかった、片手だけだがどうにか掴むことができたみたいだ、よし、あとは……

俺は慎重に手を伸ばし、外壁から伸びている旗のポールをそっとつかんだ。俺の体重で折れるんじゃねえぞ、と唱えながら。

重さでポールがしなる、壁を掴むときに指先がズタズタに裂けたみたいだ。痛みはなんてことない、だが流れた血でぬるっと滑る……

どれくらい俺は落ちたんだろう、ふと見上げてみると、崩れた大穴がはるか上に感じられる。

深呼吸のたびにポールをつたって、壁を覆うツタをロープ代わりにして……どっか近くにあるであろう窓を探す。

「なんでえ、落ち着いてやればどうにかなるもんだな……」余裕でもないのにそんな言葉が口から漏れ出た。

何本かのツタを飛び移ると……見つけた! 窓が!

なんか壁の向こう側から怒声とたくさんの足音がドタドタ聞こえる、もしや上階の騒動を聞きつけたのだろうか。

窓枠へと爪先をひっかけて、そのまま開いた場所へ足から滑り込む……と、やった! 助かった!

上へとつながる螺旋階段の踊り場に出れたみたいだ。っていうか安心のあまり、全身からどっと力が抜けた……落ちたときに諦めてたら、俺はもう地面に広がる真っ赤な染みになっていただろうな。


「え、ラッシュ……さん⁉」

突然のその言葉に、安心しきっていた俺の心臓が爆発しそうになった!

「だぁぁぁぁぁあ! ってえええええ⁉」俺の隣にいたそいつ……ルースだった。

「な、なんでこんな場所にいるんですか! 城内でバケモノが現れたっていうんで今大騒ぎなんですよ、早く避難してください!」

よく見るといつものルースとは服装が違う。なんて言えばいいのか……いつもは白基調のジャケットを着ているんだが、今は黒い詰襟の、それも金の刺繍があちこちに入ったすごくかしこまった服をまとっているんだ。

真っ白な毛並みと相まって、なんか別人にも思えてしまう。

そうだ、まるでさっき城内のいたるところにいた金持ちお偉いさん連中そっくり。

「それはこっちのセリフだ! お前こそなんでここに……」

言い終えないうちにルースは、その話はまたとさっさと切り上げやがった。軽やかに階段を上ってゆく。あいつバケモノのところに向かう気か。

俺も立ち上がってルースを追う。来ないで下さいと何度も言われたが、俺は無視した。


さっきの部屋が近づくにつれ、悲鳴にも似た声、それに骨が砕けるような鈍い音が聞こえてきた。

そして階段にはおびただしい量の血が、まるで滝のように流れ落ちている……

「なんなんだあれ……みんな一瞬のうちに壁に叩きつけられて死んじまった……」

ルースは廊下のわきでガタガタと怯えている鎧の男を介抱し、話を聞いている。

「ドール騎士団長が、異形の怪物に喰われた……だと⁉」かすかに震えるルースの言葉。

「違うぞルース、俺はさっきまでそのドールって奴と奥の応接室で話してたんだ。そしたら突然あいつの姿が」

そうじゃなくて、とルースはまた俺の言葉をさえぎった。


「ドール騎士団長は……先日のオコニド掃討戦で重傷を負って、未だ死ぬか生きるかの瀬戸際にいるんですよ……!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る