脱出

アスティの声が震えている。


「たた、隊長……しし死んじゃったんですか?」

「なんだったら起こしに行ってくるか?」

この怯え方からすると、アスティはまだ実戦慣れしてなさそうだな。となるとまだ俺の背中を任せるわけにはいかないか……なんてたって俺のファン第一号なんだし。

馬車の中を見渡すと、俺とアスティ、それにロレンタ以外の奴らは見事に即死状態だった。隊長同様、額や胸を射抜かれている。

しかしヤバかった……この傲慢な隊長とやらが俺とアスティの前にしゃしゃり出て来なければ、おそらく俺らも餌食となっていたことだろう。


「だ、大丈夫でしたか⁉︎」遅れてロレンタも起き上がった。俺たちの無事な姿を見て「ディナレ様が守ってくださったのですね」と、見当違いな言葉と一緒に。

ンなワケあるかとは思ったが、あいにくまだまだ危険な状況は続いている。火と煙が幌をみるみる間に熱く染めてきた、こりゃ一刻も早く馬車を止めなければ!

アスティには消火。俺は屍となった連中を次から次と外へ捨てつつ、まずは馬の無事を確認。

ふと顔を上げると、先頭を走っていた馬車がすぐ脇の崖を落ちていったのが見えた。

あの分だと中の連中は全員死んでるだろうな……


 しかし困った。俺は生まれてこの方、馬車には幾度となく乗ってはいたんだが、肝心の馬そのものに乗ったことがなかった。

 いや、馬ってやつ自体が苦手なんだ。あいつと目が合うと、怯えて動かなくなったり、逃げちまったりと散々な思い出しかない。


 ……あ、俺じゃなくて、馬の方がな。それは今も変わらずだ。

 馬の口にはめている手綱を引っ張っても、横っ腹を蹴っても一向にスピードは落ちてくれない。

 野郎、この襲撃で興奮しているのか……このままだとほかの連中と同様、崖に落ちてしまう!


「わ、私にまかせてください!」俺のふがいなさに気が付いたのか、ロレンタは俺の握りしめていた手綱を手に……ってあれ?

 彼女は暴走を続ける馬の身体に手を置き、小さな声で何かを唱えていた。あいにくこんな状況だからなんて言ってるんだか全く聞き取ることはできなかったが……まるで馬のやつに何かを言い聞かせているかのように、目を閉じて。

「お前、なにやってんだ?」と、俺がロレンタに聞こうとした時だった。

 猛スピードで狂ったように走っていた馬が、徐々に速度を落とし始めてきた。

「ごめんなさいね。怖かったでしょ……」いや、これは俺に言っているのではない。馬にだ。


 不思議だ……まるで彼女は、俺たちと会話するみたいに、言葉の通じないはずの馬にずっと語り掛けていたんだ。

「開けたところに着いたら、そこで休みましょうね」そう、話しかけるだけで、手綱も何も使わずに。

 こうしてロレンタは、そのまま俺たちの馬車を安全な場所へと停めてくれた。

 どうなってるんだ、一体……

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