奇襲

話を戻して。


 憧れの俺に出会えてそんなにうれしいのか、アスティは自分の身の上話まで始めてきた。

 なんでも、こいつの親父は弓兵としてオコニドとの戦いで名を馳せていたそうだ。ここに入ったのは俺に憧れたことももちろんだが、もう一つは亡き父同様、自身も名を上げたいのが理由だとか。

「これ、父さんの形見のボウガンなんです。これで何千人ものオコニドのやつらを倒したんだぞって、いつも自慢してたんですよ」

と言って、アスティは年季の入ったボウガンを俺に見せてきた。

 残念ながら終戦間際に受けた傷がもとで親父さんは亡くなってしまったんだとか。それもよくある話かもしれねえ。

 さてさて、一方の彼女はというと……この前のときとは打って変わって石のように押し黙っている。

「ロレンタって言ったな、この前はどうも」

 何も言わずに彼女はこくりと、フードに隠れた顔でうなづいた。

「シスターは緊張してるんです、こういうの初めてだし」

「そういや……アスティだっけか、お前と彼女とはいったいどういう関係だ?」

 馬車に乗る前もそうだった。この二人、ずっと揃って行動している。

 夫婦ってわけでもなさそうだし、なんなんだ。


 その問いかけに、アスティとロレンタは首から下げていた銀色のペンダントを俺に見せた。

 ……その形、そうだ、この前見た! ディナレ教会の扉に飾られていた紋章と一緒だ。

 まるで俺の輪郭のような、狼の顔のシルエットを象ったペンダント。

「僕、ディナレ様の信者なもので。でもって」

「わ、私……この前話すのすっかり忘れてまして。その……」

 ロレンタはなにか言い淀んでいるみたいだ。この前の妙な対応と言い、なんかいちいちそれが俺にはイラっと来てしまう。

「ラッシュ様が仕事に出られるということを耳にしまして、私たちもあなたのお側でぜひお手伝いできれば、と思いまして、無理を言って入れさせてもらいました」

 全然こいつの言ってることがわからん。一回会っただけだっていうのに、なんでこいつがまるでどこぞの金持ちの召使いみてえにくっ付いてこなきゃならねえんだ?

 それにこう言ってしまうのは失礼なことかもしれないが、場数を踏んできたジールと違って、ロレンタは教会のシスター。そんな女が俺と一緒に戦線に出てきて大丈夫なのか?

 俺はあえて語気を強くして聞いた。理由を言ってくれないかって。

 アスティがこの消極的なふるまいの彼女に変わって答えようとしたが、ロレンタはそれを黙って手で制した。


「実は、ラッシュ様の聖こ……」

「オイ、お前ら声がデカいぞ」ロレンタが何かを言おうとしたとき、奥から強面の大男が姿を現してきた。


 俺と同じくらいの筋骨隆々の体格。そして禿げ上がった頭には眉毛すら生えておらず、いくつもの刀傷がついている。

 そう。こいつがその一人。今回の作戦を指揮する隊長と言ってたな。名前まで聞く気はなかった。まあこいつくらいなもんかな、戦力として使えそうなやつは。

 隊長はアスティの頭を小突くと、「ディナレ教団だか何だか知らねえが、こんな奴といちいち会話するんじゃねえ」だと言いやがった。

「おいハゲ、声がデカかったのは謝るが、こんな奴とはなんだ。それにお前も声結構でけえな。地声か?」と言い返してやった。本来ならここで俺はもうブッ飛ばしてるはずなんだが、少数部隊の、しかもリーダー格を再起不能にしちまったらさすがにヤバいな。と俺も思った。


「けっ、獣人ごときがたいそうな口叩いてんじゃねえ、あちこちで武勇伝こさえた獣人かどうかは知らねえが、ここじゃ俺がリーダーだ、分かったら黙って従え」

 一応俺の言うことは理解してくれたみたいで、ゆっくりと、押し殺した声で俺にそう答えた。

「ラ、ラッシュさん、ゴルト隊長には逆らわないでください!」

そのアスティの言葉で俺はぐっとこらえた。

しかし獣人嫌いはまだまだ根強く残っているんだな……


「ちょっと前なんですが、同じような掃討作戦を行っている最中、僕らの仲間を殺してオコニドへ亡命した獣人がいたんです……それで軍の方も獣人の動向にピリピリしちゃってまして」

 ふとつぶやいたアスティの言葉に、俺は耳を疑った。


 ちょっと待て、オコニドって言えば獣人が一切いない国だって、この前ルースの勉強会で聞いたぞ⁉ なのに何故そんな国に亡命なんてしたんだ? 俺は聞き返した。

「それが謎なんです……でもってその話を聞きつけて、国境付近の獣人たちが結構オコニドへ行ったまま帰ってこないらしくって」

「クソ犬が、発端はてめえと同じ傭兵の獣人、ゲイルっていうたてがみ生やしたクソ野郎だ。知ってるだろ?」


 隊長の言葉に、息が詰まった。

 ゲイル⁉ ゲイルって、あの……

 突然、隊長が俺の胸ぐらをつかんできた。


「貴様、以前ゲイルと組んで傭兵の仕事してたって話じゃねえか。ってことはここ最近の亡命の理由くらい、すこしは知ってンじゃねえか?」

 驚いている俺を見据え、隊長は話を続けた。

「分かるか? 貴様を今回仕事に呼んだのはそういう意味もある。これから向かう村で情報があったんだ。オコニドの敗残兵をかくまっているリーダーが、これまたゲイルという名前だとな」

「それが俺の元仲間のゲイルだと踏んでるワケか」

「そういうことだ。つまり貴様には囮になってもらうって寸法よ。知っていないわけがなかろう、だからそいつと接触して、油断させたところを俺たちが捕らえるって作戦だ」

 この隊長ってやつもムカつくが、ゲイルの野郎ももっとムカつく野郎だ。

亡命⁉ いったいどうして敵の国なんかに逃げたりしたんだか。そこが全くもって意味不明だ。


「ヘタなマネすんじゃねえぞ、貴様も一緒に逃げるって言うのなら、俺が二人まとめて始末……ぐぶっ!」


 突然、隊長の手から力が抜けた。


 薄暗がりの中目をこらすと、半開きの口の中から、おびただしい量の血とともに鋭い矢が飛び出ていた。


「敵襲だ!」前方を走っている馬車から絶叫にも似た声が聞こえる。

 すると、今度はロレンタが俺の頭を押さえつけた。

「アスティ、ラッシュ様! 伏せて!」


 瞬時に馬車の屋根が炎に包まれた。奇襲か⁉ つまりは裏の裏を読まれてたってことか。

「だとよ隊長さん、目論見が外れて残念だったな」

すでにこと切れたハゲ頭の骸を外へ蹴りだす。さて、次は……と。

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