思い出

ここから先はかなり道が荒れている。馬車から降りて歩いて行ったほうが手っ取り早い。  

 しかし……さっきからここ一帯、妙に焦げた臭いが鼻をつく。

 今回の依頼をしてきた軍の人間は、もう一週間前に撤退をしたと聞いたんだが……この臭いはまだかなり新しい。 

 ちなみに、掃除の仕事そのものに報酬はない。代わりに回収してきたモノーいわゆる戦場の落とし物ーが、ほぼ俺たちのものになるって寸法だ。

 鍛冶屋に拾った武具を持って行ってクズとして換金してもらう。しかしそんなものを集めたところで大した額になるわけがない。だから掃除仕事は嫌われているんだ。親方なんていつもこの仕事を突っぱねていたしな。 


 そうだ、親方が掃除が大嫌いなのには、金にならない他にもう一つ大きな理由がある。

 風呂に入る親方の身体を見たときだったか……ズボンを脱いで初めて分かった。左足が無かったんだ。足首から下が。 杖こそついていなかったけど、いつも歩くのがぎこちなかったのを覚えている。

 木製の義足をつけて、それに靴を履かせていたんだっけ。だからはた目から見てもあまり違和感がなかった。 

 最初、親方は「戦いのさなかにぶった切られたんだ、まあ名誉の負傷ってやつだな」なんて言ってガハハと笑って答えていたけど、後になって他のギルドの奴らから聞かされた答えは、全く違っていた。


 親方はあんまり自分の過去を話さなかった。 だけどはち切れそうなくらいの筋骨隆々なその身体には、数えきれないほどの深い傷跡が刻まれている。 

 そいつらが言うには、全盛期の親方は岩石みたいな身体つきで、右手に斧、左手に大鎚を持って戦場で暴れまくっていたそうだ。その姿に敵からは「鬼砕きのガンデ」と恐れられていたらしい。  

 

 そうそう、ガンデって言うのは親方の本名だ。俺は結局一度も名前でなんて呼ばなかったけど。だけど、それほどまでに強かった親方がなんで……? それ以上に強大な戦士と戦って足を切り落とされたのか、それとも馬車に轢かれたのか……なんて思ったりもしたんだが。 

 結局のところ、親方は掃除で負傷したことがきっかけで左足を失ったそうだ。

 無論俺はその時聞いて、ウソだ! って思った。 しかしそれ以降、仕事で戦地に赴くたびに他の人間にも聞いてみたんだが、やっぱり答えは同じ。


 俺が親方に拾われる数年位前のこと。相手方の国と少しの間休戦条約が結ばれていたらしい。俺と同じく傭兵として生活していた親方も、仕方なく掃除を含めた雑用で日銭を稼いでいたそうだ。その掃除の際、戦場に散乱していた槍か何かの切っ先を、親方は誤って踏み抜いちまったらしい。身体にたくさん刀傷がある親方のことだ、こんな傷大したことないって言うんで、家にさっさと帰って酒を消毒薬代わりにぶっかけて寝ちまった……

 しかしその翌日、踏み抜いた足のひざから下が酒樽みたいに腫れ上がってしまい、さらにお湯が沸くくらいひどい高熱を出してしまったんで、親方の友人たちは大急ぎで医者を連れてきた。  

 親方の傷を見るなりその医者は、持っていた鉈で親方の腫れた足を即座に切り落とした。もう少し遅かったら、腐った血が全身に回って死んでたぞ……って。 

 それ以降親方は傭兵の仕事をやめて、逆に傭兵を育て、雇う仕事にまわったんだとか。その結果がこれだ。 あちこちで傭兵として使えそうな人材を集めて、一人前に鍛え上げて……って養成所も兼ねて。そして今に至っている。  

 まあ確かに、そんな事故が無けりゃ親方はまだまだ凄腕の戦士でいたかもしれない。しかし逆にその事故があったからこそ、後々の激しい戦争で命を落とすこともなくなり。そして、この俺が拾われた……なんて思うと、出会いってどこでどう変わってしまうのかなんてちょっとした運命を俺でさえ感じずにはいられない。


 そう、これから始まるあの出会いも、また親方の代から続いてきた運命の一つであったかも知れない……ってわけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る