第248話、溢れ
溢れの予兆。それは確かだったらしく、ガライドも魔獣の接近を確認していた。
数日後に報告を受けて彼に『マップ』を見せて貰い、その光の数に目を見開く。
「・・・凄い数、ですね」
『だな』
普段なら森の出口近くには、時々1、2体の魔獣が居る程度だ。
今まで何度か見張りもしたけど、殆どこちらに向かって来た事は無い。
けれどここ数日明らかに何度も魔獣が出て来て、むしろ出てこない日が無い状態だ。
それはきっと森の奥の方に魔獣がいっぱい居るからで、こちらに向かって来てるからだろう。
まだ森の出口からは遠いけれど、それでも数日もあれば近付いて来る距離だ。
「まだ私は、待機、ですか・・・」
『その様だ。何この場に居る事は許されているんだ。なら万が一に時に供えておけば良い』
「そう、ですね」
それでも現状傭兵さんと兵士さんだけで対処出来るからと、私は後方待機のままだ。
勿論出る事になったとしても、後方援護になるのだけど。
一応既に狙撃の為の機構は作っている。両手にいっぱい作っておいた。
「魔獣が来たぞ!」
「俺はこっち行く!」
「任せた!」
「ぶっ殺せぇ!」
そしてそんな声が響く度にガタッと立ち上がり、窓の傍へと近寄る。
空を飛ぶ魔獣は居ない様なので、窓を開けても叱られないだろう。
そう判断して外を見下ろし、魔獣と戦う皆を見守る。
「ああ・・・あぶない・・・あっ」
見ているだけというのが、こんなに辛いものとは思わなかった。
だってみんな危なっかしいんだ。一歩間違えたら大怪我しそうなんだもん。
私普段はガンさん達としか魔獣退治に行かないから、こんなに危なっかしいとは。
因みにそのガンさんも既に参加していて、光剣を使って戦っていた。
私の出番が無いのは、彼の存在も大きかったりする。
だって私が危ないと思った所には、既に彼が入り込んでいるのだ。
『ガンは本当に視界が広いな・・・』
「ですね・・・」
おかげでいざという時は怒られようと構えていたのに、一切やる事が無い。
本当に最初に言った通り、ただ遊びに来ただけになっている。
何だか申し訳ないので、皆の休憩の為のお茶や、配膳の手伝いをしているけど。
皆やけに喜んでくれるから、今日も今日とてお茶を淹れている。
「お爺さん、どうぞ」
「おや、これはありがとうございます」
お爺さんは本当に言っていた通り、この壁の中から出て行く事は無い。
魔獣が出て来ても窓からしっかり顔は出さず、けれど傭兵達の戦いをじっと見ていた。
戦闘が終わると今度は何かメモを取り、というのをずっと繰り返している。
当然魔獣は深夜にも出て来るので、その襲撃時もお爺さんは起きていた。
むしろこの人何時寝てるんだろう。寝なくて大丈夫なのかな。
心配になり訊ねても「寝ていますよ」と笑顔で返されてしまうけど。
暫くするとキャスさんやリーディッドさんも交代で入るようになった。
彼女達は索敵能力が高いので、溢れの間は必ず交代で仕事をするらしい。
私もマップで手伝うと伝えると、気にせずのんびりしておけと言われてしまった。
なんだが皆して、私を働かせない様にしている気がして来る。
少し仲間外れな気持ちを味わいながら、窓からみんなを眺める日々が続いた。
そうしてとうとう、本格的な魔獣溢れがやって来た。
「来たぞぉ! 構えぇ!」
壁中に響きそうな声で指示が渡り、兵士さん達が大きな弓を構える。
引くのにかなり力が要る様で、皆歯を食いしばりながら引いていた。
「放てぇ!」
そしてその大きな弓から放たれた矢が、森から出て来た魔獣に突き刺さっていく。
これで倒せる魔獣も勿論居るけど、大半の魔獣は止まらない。
どれもこれも血走った眼で、武器を構える傭兵さん達に襲い掛かっていく。
「突き刺して抜けなかったら諦めろ! 替えの槍は有る! 串刺しにしてやれ!」
当然傭兵さん達も解っているので、事前に仕掛けていた罠や柵を使っている。
武器も出来るだけ距離を取れる槍が殆どで、剣なのはガンさんくらいじゃないだろうか。
一応ギルマスさんも剣だけど、あの人のは剣じゃ無いと思う。
「・・・これは、凄まじい、ですね」
『必死だな。どちらも』
お爺さんがその光景を見て、眉間に皴を寄せながら呟いていた。
ガライドの言う通り、必死に見える。人間も、魔獣も。
『・・・溢れの理由、解ったかもしれんぞ』
「え、何、ですか?」
『・・・毒だ。おそらく判断力を奪われている』
「っ、皆は!」
『心配しなくて良い。この辺りに散布されたものではない。森の奥で吸い込んで、その影響で外に出てきているのだろう。正確な確認の為に後で魔獣の血を採取したいが』
「そ、そう、ですか・・・よかった」
毒と聞いてドキッとした。あの大きな花の事を思い出したから。
その後取り敢えず溢れの一波目は落ち着き、けが人は微量で済んだ。
『凄まじいな。毎年こんな事をやって、基本は怪我人だけで済んでいるとは』
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