第240話、目指すべき人間

 試合が終わった後、担架で運ばれるガンさんを見送った。

 ガライドの見立てでは大怪我は無いとの事で、慌てる必要はないと言われて。

 ただやっぱり心配なので、後で回復魔法をかけに行く事は約束した。

 歓声を上げる観客にぺこりと頭を下げ、舞台から降りてリズさん達の元へと向かう。


「グロリアお嬢様、お疲れ様です」

「おめでとー、グロリアちゃん」

「やはり最終的には圧勝でしたね」


 リズさんが優しく抱きしめてくれて、体の力が少し抜けるのが解る。

 その上でキャスさんが私の頭を撫でて、リーディッドさんが苦笑しながら告げる。

 結果だけを見れば圧勝に見えたかもしれない。けれどそれは違う。


「ガライドが、居なければ、勝てません、でした」

『・・・ああ、そうだな』


 傍の机で待っていてくれた彼を手に取り、抱きしめながら応える。

 ガライドは私の想いを理解してくれているから、その言葉を否定しない。

 けれどそれが事実だ。私にはガライドが居る。だから勝てたに過ぎないんだ。


 ガンさんの光剣に意志は無い。ガライドの様に手伝ってはくれない。

 彼は魔道具の力を自力で磨き上げ、その性能を全て自力で発揮している。

 対して私はガライドの補助が有って初めて、彼の力を超える事が出来ただけ。


「ガンさんは、やっぱり、凄く、強かった・・・怖かった、です」


 彼が前に立つ姿を想像すると、戦い終わった今でも少し震える。

 何かが違えていれば私が負けていた。私は運が良かっただけだ。

 実力ではきっと、ガンさんの方が上だった。そう、思う。


「そうだな。彼は強かった」

「メルさん・・・」


 もう誰も居ない舞台を見ながら、メルさんが私の言葉に頷いた。

 その様子を見上げていると、彼はゆっくりと視線を私に戻す。


「だがグロリア嬢。その手足は君の手足だ。魔道具も君の力だ。完全な状態の古代魔道具は人を選ぶ。君はその魔道具に選ばれた以上、それが君の力だと俺は思う」

「・・・はい」


 メルさんに頭を撫でながら告げられ、ガライドを抱きしめながら頷く。

 解っているつもりではある。ガライドを上手く使える様に、練習もしたんだ。

 彼に手伝って戦う事が、私にとっての全力。それは勿論、解っている。


「・・・それでも、憧れます、ガンさんに」

「そうか・・・ああ、そうだな。俺も、同じ想いだ」


 ガライドは私と共に生きてくれる。何時か改めてそう告げてくれた。

 だからこそ私もガンさんの様に、この手足をもっと使いこなせるようになりたい。

 ガライドの補助が要らないという訳じゃない。ただもっと、もっと相応しくなりたいと。


 ガンさんはその理想だ。自分の持つ武器を、自分の能力で十全に発揮している。

 その想いはメルさんも同じ様子で、私の言葉に頷きながら頭を撫でてくれた。


『・・・グロリア、ガンの様子を見に行かなくて良いのか?』

「あ、はい。行き、ましょう」


 忘れていた訳では無いけれど、ガライドの言う通り早めに見に行った方が良い。

 そう思い素直に頷き、事情を皆に話してガンさんの元へ。

 彼は医務室に運ばれたそうで、現地には眠る彼の傍に王女様が座っていた。


「グロリア様、御見舞ですか?」

「はい・・・えと、その・・・ごめん、なさい」

「ふふっ、何を謝られるのですか。試合でしょう。勝ち負けが有るのは仕方の無い事です。それにグロリア様はきちんと加減をしていたではありませんか。この通り、ガン様は無事ですよ」


 確かに加減はしていたけれど、それはガライドがしてくれていた事だ。

 あの砲撃は私が制御していた訳じゃないし、良い所で止めたのもガライドだ。

 本当に彼が居て良かったと思う。でなかったら大怪我をさせていただろうし。


「それに私にとって、ガン様が素敵な方という想いは変わりません。いえ、むしろ今日の試合で一層惚れ込みました。本当にこの方は、もったいない方です」


 眠るガンさんの頬を撫でながら、優しい目を向ける王女様。

 指が彼の鼻や唇、首筋にと、その全てが好きだと思わせる手つきだ。

 そのままゆっくり喉の出っ張りを撫で、ツツっと胸元まで降りる。


『・・・まあ、これぐらいなら、良いか。グロリアが見ても』


 ・・・私が見てはいけない物とはなんだろう。一体二人は普段何をしているんだろう。


「あの、王女様、ガンさんに、回復魔法、かけても、いいですか?」

「私に断る理由はございません。むしろお願いしたいぐらいです」

「じゃあ・・・ガライド、お願い、します」

『了解した』


 彼は魔力を消費している。枯渇してないとはいえ、そのまま回復は不味いかもしれない。

 なので私の魔力を多めに流し込む様にして回復をかけ、彼の消費を抑える。

 余りやり過ぎると不味いやり方らしいけど、今回程度なら大丈夫だと確認しておいた。

 両手が淡く紅く光り、その光がガンさんへと流れ、細かい怪我が癒えて行く。


『うむ、やはり大きな問題はないな。骨折もしていないし、内臓に問題も無い』

「良かった・・・」


 事前大丈夫とは言聞いていたけど、やった事がやった事だから心配だった。

 改めで大丈夫だと言われ、ホッと息を吐いて離れる。


「ガンさん・・・貴方に会えて、良かった」


 貴方が居なかったら、私はもっと弱かった。そう断言出来る。

 そして貴方が居て、貴方と戦ったから、私はもっと強くなれる。


「大好き、です」


 私を救ってくれた人。私に優しさを与えて、教えてくれた人。

 尊敬する人で、恩人で、目指すべき目標で、絶対に守るべき人。


「何時か、貴方みたいに、強く、なります」


 ガンさんに言っても、きっと否定する気がする。

 この人は自分の強さに対して何故か否定的だ。

 けど、知っている。この人は、とても強い人だって。


 私を守ってくれようとした。古代魔道具との戦いでも実際に守ってくれた。

 何時だってこの人は、自分以外の誰かの為に本気になれる人。

 この人こそがきっと、私が一番の目標にして、目指すべき『人間』の姿だと思う。


「ありがとう、ございます」


 目を瞑り、少し流れる涙をぬぐって、眠る彼に礼を口にしていた。

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