第228話、女神の再会

 お風呂に入った後は食事を貰い、明日に備えすぐに眠った。

 そうして翌朝早朝に起きたけれど、リズさんが起こしに来るまでぼーっと待つ。

 彼女が私を起こしに来たらベッドから降りて、何時もの紅いドレスに着替えた。

 ただ手袋と靴下を付ける所で、少しだけ気になった。


「・・・手袋は、外しておいた方が、よくない、ですか?」

「いいえ。付けておくべきです」

「そう、ですか・・・」


 今日は闘技場に向かう予定だ。ならまた手袋を駄目にしてしまうかもしれない。

 魔力を使う前に外せば良いだけなのだけど、どうしても外し忘れる事が多い。

 訓練の時などはちゃんとしてるんだけど、とっさの判断の時は大体そのままだ。


 今日もまた一つ駄目にしてしまいそうで、それがどうにも申し訳ない。

 この手袋一つも絶対安い物ではないし、出来れば長く使いたいとも思う。

 すでに何度も駄目にしている私が言える話じゃないかもしれないけど。


『グロリア、余りに気にするな・・・と言っても無理か。ならばこう考えるんだ。駄目にしてしまうような事態が起きた場合、それだけの成果を出せば良いと』

「成果・・・ですか」

『ああ。リズに喜んで貰いたいのだろう。ならば見せてやれ。闘士グロリアを』

「―――――はいっ」


 少し誤魔化された気はする。けれど確かに、私が一番考えるべきはそこだ。

 帝国の奴隷闘士じゃない。この国の闘士として、人間らしく戦わなければ。

 そして彼女に見て貰って、喜んで貰えたら嬉しい。


「リズさん、私頑張ります、ね?」

「はい、応援しております、グロリアお嬢様」


 クスクスと笑いながら頷く彼女に、ふんすと気合を入れて告げる。

 少しして朝食が出来たと言われ、大きな食堂へ向かった。

 ただ今日はメルさん達は居なくて、少しだけ寂しいと感じてしまう。


「・・・お兄様、良い感じですよ」

『お前は人の事を気にしている場合か・・・いや、もうその程度の状況か。全く』


 彼の座っていた椅子を見つめていると、王女様が何だか少し嬉しそうに呟いていた。

 ガライドは少し呆れていたけど、何の事かは良く解らなかった。

 そこで料理が運ばれてきたので、不思議に思いつつも食事に集中する。


「はふ・・・おいしかった、です・・・」


 今日は余り量は食べていないけど、それでも以前と同じく美味しい料理だった。

 料理人さんにはお礼を伝えておいて、予定通り車に乗る為城を出る。

 厩舎の方へと向かうと、私の接近に気が付いたのか「わふっ」と声が聞こえた。


「お待ちしておりました、我が女神」

「・・・へ?」


 ただ外に出ると、何故か出入り口の前で男性が跪いていた。

 突然の事態に私だけでなく、一緒に居るリーディッドさん達も少し驚いている様に見える。

 この人誰だろう。そもそも女神様なんて、この辺りに居るのかな。

 そう思いキョロキョロしていると、ガライドに『グロリアの事だぞ』と言われた。


「・・・私は、女神じゃ、ないですよ?」

「おお、これは失礼致しました。貴方が余りにも美しい方なので、心からの賛辞を送ってしまいました。いや、貴方を表するには女神では足りないのかもしれませんね」

「・・・?」

『会話になっていないな。まあ前も会話になっていなかったから、当然と言えば当然か?』


 以前。ガライドはこの人の事を知っている様だ。でも私は知らな・・・あ。

 えっと、見覚えがある、んだけど、えっと、ええと・・・そうだ、思い出した。

 ガンさんと戦った魔道具使いの人だ。そうだ、あの人だ。

 やっと目の前の人の事を思い出すと、王女様がスッと私の前に出た。


「・・・貴方、良く恥ずかしげもなく顔を出せたものですね」

「これは王女殿下。貴女への非礼もお詫びしたいと常々思っておりました。あの様な無様な姿を晒したこの身に、寛大なお心をお見せ下さった事、感謝の念に堪えません」

「・・・そうですか。つまり私にはもう一切興味はない、という事で宜しいですね」

「いえ、敬愛する王女殿下という事は変わりません。それだけは誤解しないで頂きたい」

「・・・そうですか」


 王女様は心底どうでも良さそうな表情で、けれど男性は特に気にした様子はない。

 ガンさんと戦った時の様な雰囲気は欠片も無く、むしろ優しい目をしているとすら思える。

 不思議な気持ちで彼を眺めていると、彼は私に視線を戻した。


「我が女神よ、貴女が闘技場に向かうと、王子殿下からお聞きいたしました。もし宜しければ、貴女の道行きを守る権利を私に下さいませんか・・・いいえ、命じて頂けませんか・・・!」

『大分気持ち悪い方向に変わったなコイツ。いや、これは元々か?』


 気持ち悪い、とは思わないけれど、流石にちょっと良く解らない。

 彼に一体何があったんだろう。ああでも、そういえばお礼を言われていたんだっけ。

 命を助けた感謝を、レヴァさんの口から聞いていた覚えがある。あの時もこんな感じだった。


「その、私はただ、闘技場に、向かうだけ、なので、大丈夫、ですよ?」


 取り敢えず解らないなりに、解る部分にちゃんと答えた。

 けれど彼はゆるゆると首を横に振り、じっと私を見つめて来る。


「貴女は間違い無く人目を集め、人を惹き付ける。ならばその場で貴方を煩わせない様に守る者が必要かと存じます。私に命じてさえ頂ければ、その名誉を承りましょう」

『言葉は解っているはずなのに会話が通じない。何だこれは疲れる』


 彼の返答には思惑首を傾げ、けれどその間にも彼はぺらぺらと良く喋る。

 大半は私を褒めて要るっぽいのだけど、言い回しが難しくて解らない事が多い。

 まだまだ勉強不足だなぁ、なんて思わず考えてしまった所でリーディッドさんが口を開いた。


「・・・話が進まないのでその辺りで終わりにして頂けませんか」

「む・・・貴殿は、我が女神の身を常日頃守っている者か。大役ご苦労。そして我が女神を保護した事、私からも感謝の意を示そう。心からの感謝を」

「・・・イエ、ハイ、取り敢えず、出発したいので、一旦退いて下さい」

「おお、これはすまない。女神に会えた喜びに我を忘れていた。本当に申し訳ない」

「・・・ソウデスカ」


 彼は今までが何だったのかと思うほど素直に避け、車へと促すように手を動かす。

 私はまだどうしたら良いのか悩んでいたけど、リーディッドさんに手を引かれて足を勧めた。

 彼女は珍しく凄く疲れた顔をいしていて、ガンさんとキャスさんは苦笑していた。


 因みに今日は王女様もついて来る予定で、かつ乗る車を分けずに一緒に乗る。

 彼女が最後に乗った所で大きめの車の扉が締められ、前方に誰かが乗ったのを感じた。


「では、向かおうか、我が女神の晴れ舞台へ!」


 御者席の辺りから先程の男性の声が響いている。間違い無く乗っている。


『・・・どうやら乗っている様だな』

「みたいですね・・・」


 ・・・まあ、皆特に止める気はないみたいだし、良い、のかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る