第213話、暴食の魔道具

「もぐもぐ・・・んっく・・・はぐっ・・・」


 今日は帰る事になったので、出来るだけ魔獣に会わない様に気を付けた。

 けれどこの森はどう頑張っても、絶対に魔獣に会わないのは無理だ。

 なので見つけたら即座に踏み込んで倒し、倒した端から食べている。


 勿論足を止める訳にはいかないので歩きながら。

 割と奥の方まで来ていたせいか、今食べているのでもう10体目だ。

 紅い光を使って暴れた後だからお腹が空いていたし、丁度良いと言えば丁度良い。


「・・・凄まじいな」

「もぐ?」


 そこでお爺さんの呟きが聞こえ。もぐもぐしながら彼に振り向く。

 すると彼は少し困った様な表情で私を見ていた。

 一体どうしたのだろうか。何故そんな顔で私を見るのだろう。


「・・・そんなに食べて、体に不調は無いのか?」

「もぐもぐ・・・はい、元気、です。まだ、もうちょっと、食べたい、です」

「・・・そうか」


 私の体の事を心配してくれていたらしい。普通は体調を崩すからだろう。

 けれど私はもっと食べないといけない。虫達を食べられたら良かったんだけどな。

 多分放置した虫は、今頃他の魔獣が食べているんだろう。


「・・・紅蓮の天使、か」

「んむ?」

「・・・騎士団の、殿下と討伐に向かった第三の連中が言っていた。紅蓮の天使と。成程奴らはあの時の君を見ていたのだな。アレは、人と呼ぶには、次元が違う」

「もぐもぐ・・・?」

『確かにそんな事を言ってる奴も居たな。あの場だけだと思っていたが、広まっているのか』


 私はそんな話聞いた覚えが無い。けれどガライドは知っているらしい。

 おそらく『集音』で聞いていたのだろうけど、天使ってどういう事だろう。

 天使って確か、神様の使いっていう、物語に出て来る存在だよね。

 私はそんな綺麗な物じゃない。私は―――――――。


「―――――私は、暴食のグロリア、です」

『・・・拘るなぁ』


 だって私に天使なんて似合わない。私はもっと荒々しい何かだ。

 それなら暴食こそが私の何相応しい。暴食という野蛮さが。

 貪らなければ生きられない。命を大量に奪わなければ生きられない。

 食らって、食らって、食らって、それでもまだ食らうのが私の生き方だ。


「・・・暴食か・・・確かに、その名も相応しくは有るのだろうな・・・」


 お爺さんの納得の呟きを聞き、私はまた食事を再開する。

 後一体は食べたいのだけれど、この感じだとそろそろ森を抜けそうだ。

 この辺りに来ると魔獣は私を襲わない。むしろ私を見かけた瞬間逃げ出す。


「ちょっと、足りない、ですね・・・もぐもぐ」

『まあ、後日また森に入ればよいだろう』

「そう、ですね」

『さて、私はそろそろ通常形態に戻ろうと思う』

「あ、はい、わかり、ました」


 きぃんという音が球体から鳴り始め、けれど見た目は特に変わった様子が無い。

 万が一に備えて掌の様に形を変えていたらしいけど、ぱっと見では何も解らないな。

 ただ魔力を吸われた感覚があったから、何か有ればガライドも戦ったのだろう。


『余剰魔力は通常稼働に回す事にしよう。一度攻撃の為に変換したエネルギーなのでロスが発生してしまうが、何もしないよりは良い。少しはグロリアの空腹を抑えられるはずだ』

「ありがとう、ござい、ます」

『礼を言う程の事ではない。むしろ私が君の魔力を食い過ぎなのだ』

「・・・そうか、ガライドも、いっぱい、食べてるんです、よね」


 この両手足と目、そして球体は、私の魔力を糧に動いていると言っていた。

 それはとても大きい量の魔力で、普通の人ならすぐ枯渇するとも。

 つまり私達はどちらも大食いなんだ。ガライドと一緒。それは少し安心する。


「私と同じ、暴食、ですね、ガライドも」

『――――くくっ、そうだな。同じだな。ああ、そう考えれば悪くない』


 ガライドは愉快気に笑う。どうやら同じである事を喜んでくれたらしい。

 それは何だか私も嬉しくて、思わず口の端が少し上がった。


『君は本当に、私を上手く使う天才だな』

「そう、ですか?」

『ああ。全くもって敵わんよ。私は君に出会えて良かった』

「それは、私も、です」


 ガライドに出会えなければ、手に入らなかったものが沢山ある。

 出会えて良かったとは、私の方こそ告げる言葉だ。

 ガライドに出会えて良かった。貴方が助けてくれて本当に助かった。


 今の私があの場に居たら、きっと貴方に告げているだろう。

 助けてくれてうれしかったと。貴方に助けられたから安心出来たと。

 貴方が傍に居て導いてくれたおかげで、私は『人間』になれたのだと。


 あの時の私はまだ、今思えば『人間』になれていなかったと、そう思うから


「・・・ありがとうございます、ガライド」

『こちらこそありがとう。私を見つけてくれて』


 球体をギュッと抱きしめながらお礼を言うと、ガライドは嬉しそうに返してくれた。

 きっと私達はお互いに必要なのだろう。どちらかだけが求めている訳じゃない。

 だからきっとこうやって、お互いに感謝の言葉が出るんだ。そう、思う。


「・・・古代魔道具との対話か・・・やはりこの魔道具は、今まで見て来た物とは違うな」


 お爺さんはそんな私達を見ながら、小さく呟いていた。

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