第212話、本格的な群れ

「っ!」


 虫の魔獣が振るう鎌の様な腕に合わせて右腕を振るい、その鎌を粉砕する。

 そして即座に頭を粉砕するも、それでも反対の腕の鎌を振るって来た。

 虫系の魔獣は頭が無くても攻撃をして来る事が多い気がする。


 そしてその間に蝶の魔獣がお爺さんに飛び掛かろうとしていたので、左手を向けた。

 掌が薄く紅く光った瞬間、光の筋が蝶の魔獣を貫き粉砕する。

 事前に遠距離攻撃があった方が良いと、ガライドに言われて作っておいたものだ。


 前に作った砲撃形態より威力は落ちるけど、発動も早くて使いやすい。

 何よりも紅く光らなくても使えるから、お腹も余り減らない。


「はぐっ。もぐもぐ」


 とはいえここに至る道中で、かなりの量の魔獣と戦った。

 その間に何度かこの掌の攻撃を使ったから、やっぱり少しお腹が空いて来る。

 倒した魔獣を片手で掴んで食べながら、まだ襲い掛かって来る魔獣を打ちのめす。

 けれどどれだけ倒しても沸いて来る。どんどん奥から虫が出て来る。


「やばいやばいやばい! 引かないと不味いぞ! 虫系の魔獣って逃げない奴が多いんだよ!」

「言われなくても解ってますよ! キャス、逃げますよ! ガンは逃げ道を開いて」

「へいへーい! グロリアちゃん、しんがりお願い!」

「もぐもぐ、んっく。はい、任せて、下さい」


 虫系の魔獣は感情を感じられない所が在る。

 だからなのかもしれないけれど、どれだけ倒しても逃げる事が少ない。

 むしろ倒せば倒す程、更に襲って来るような気がする。


 私一人ならただ有り難い食料だけど、お爺さん達が居る今の状況では危険だ。

 さっきも何度か危ない所が在り、リーディッドさんがお爺さんを助けていた。

 勿論それに気が付いたからこそ、私は攻撃に移っている訳だけど。


「ガライド、いき、ます」

『ああ、こうなれば力を使う方が早かろう』


 体に力を籠めて、魔道具を発動させる。赤く、紅く、光る手足に力を籠めて。


「ぎっ――――」


 歯を食いしばって踏み込み、全力のケリを虫たちに叩き込む。

 ただそれだけで地面が爆散して、同時に虫たちも粉々に吹き飛んだ。

 赤い光に直接呑まれた虫は、粉砕どころか欠片も残らない。


 ここで初めて虫達が動揺した様に見えた。

 最近気が付いた事だけど、紅い光を出すと怯える魔獣が居る。

 通常状態なら向かって来るのに、光ると途端に逃げ腰になるんだ。


 ただ今回はそれが悪い風に動いた。虫達が私に挑むのを止めた。

 それだけなら良かったんだけど、私を避けてリーディドさん達へ向かおうとしている。


「いか、せる、かぁ!」


 両腕を振り抜くと、逃げるリーディッドさんを守る様に紅い壁が二つ出来た。

 横から襲おうとしていた虫は消え去り。正面はガンさんが切り開いていく。


「相手は、私、だぁ!」


 力の限り大きく叫び、私の声がビリビリと森の中にこだまする。

 魔獣はそれに怯んだのか大半の動きが止まり、飛ぶ虫は落ちている様に見えた。

 当然リーディッドさんはその隙を逃がさず逃げる。お爺さんの手を引いて。

 

 それを見届けてから私は紅い光を更に濃くして、数度赤い光で打ち払う。

 けれどやっぱり私を避けて行こうとするので、兎に角行かせない事に専念した。


『グロリア、そろそろ良いだろう。適当に食べながら下がるぞ』

「はいっ・・・!」


 ガライドの指示通り光を消し、原形が有る物を適当に拾って食べながら走る。

 その途中に居た魔獣も打ち倒し、かじりつき、咀嚼しながら合流した。

 もう虫は追いかけて来ていない様だ。それを確認して皆足を止めている。


「はぁ・・・はぁ・・・くっそ、冷や汗かいた・・・あれはヤバいって・・・!」

「あー・・・久々に全力で逃げましたね。死ぬかと思いました」

「あははー・・・流石にちょっと、やばかったねー。囲まれたらきついね!」


 ガンさんはかなり疲れている様に見えた。魔力の使い過ぎかもしれない。

 リーディッドさんとキャスさんは息が切れてるけど、まだ余裕はありそうだ。

 ただお爺さんは不味い。息が切れてるどころじゃなく、咽ている。


「げほっ、げほっ・・・はっ、はっ・・・げほっ・・・!」

「だ、大丈夫、ですか?」


 咽るお爺さんの背をさすり、落ち着くまでそのままさすり続けた。

 暫くして皆の呼吸が落ち着き始めても、お爺さんだけは少し呼吸が怪しい。

 喉の奥で何かが引っかかっている様な。そんな感じの呼吸だ。


「すまんな・・・迷惑をかけた・・・もう大丈夫だ」

「・・・そう、ですか」


 けれどお爺さんはそう言うので、不安になりつつも手を放す。

 するとお爺さんは立ち上がり、リーディドさんに顔を向けた。

 ただその表情には敵意が無くて、静かな表情に見える。


「・・・あれは、ああいった魔獣は、流石に珍しいのか」

「珍しかったら良かったんですけどね。全然珍しくないから危険なんですよこの森は」

「・・・ならば、森から洩れても、おかしくは無いだろう」

「漏れてますよ。偶に被害が出てますよ。むしろ何でその事を知らないのか疑問ですね」

「・・・報告は、来ていない」

「そうでしょうね。そして貴方はその都合の良い報告を信じる事にした。裏どりも何も無く、魔獣領は悪だ。存在する価値が無い。そう思い込もうとした。故に上がって来るのは不要と判断するべき要請のみ。国王の側近が呆れ返りますね。国を滅ぼしたいのですか?」


 ただリーディッドさんの目は相変らず冷たい。声音も厳しいままだ。

 お爺さんはそれでも怒りを見せず、ただ沈痛な表情を見せていた。


「溢れの時期になると、あの手の魔獣も街に向かってきます。そうなれば逃げる訳には行きません。ではどうすれば良いのか。単純明快に正面からの殲滅しかありません。人も物資もどれだけあったって構わない。むしろ余るぐらいがちょうど良い」

「そう、だな・・・」

「先程の魔獣を見て頂ければわかると思いますが、あのレベルの魔獣が大量に居るのが魔獣領の森です。何故か普段は森から出て来ないので助かっていますが、溢れを抑えられなければ国が滅びますよ。何故か我が国の貴族達はその辺りの意思が薄い。貴方のようにね」

「・・・言葉も無い」


 お爺さんは行と違い、完全に元気がなくなった声で応えていた。

 その様子にリーディッドさんはため息を吐き、街の方へと目を向ける。


「この様子では探索の続行は止めておいた方が良いでしょう。まだ早いとは思いますが帰還を提案します。如何ですが、ご老人」

「・・・ああ、今日は、もう、終わりで構わない」


 お爺さんは力なくうなずき、今日は帰る事になった。

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