第211話、魔獣領の普通

「話は聞いています。どうぞお通り下さい」


 壁に着いたら扉の前に立っている兵士さん達が、声をかけるより早くそう言って来た。

 そして彼らが扉を開いてくれて、リーディッドさんを先頭に中に入って行く。

 ガンさんとキャスさんは「お疲れ様でーっす」と言い、私もそれに倣ってみた。


「お疲れ、さまです」

「ああ、ありがとう。気を付けてね、グロリアちゃん」

「はい、気を付け、ます」


 ぺこりと頭を下げて告げると、兵士さんはニコッと笑って私の頭を撫でてくれた。

 あれ、何時もと変わらない気がする。まあ、いっか。皆笑顔ならそれが一番だ。

 兵士さんが手を放してから、トテトテと皆の後を追う。お爺さんは私の後ろだ。


「兵士と仲が良いのだな」

「一緒に、訓練、したり、しますから」

「・・・魔道具使いと訓練するのか、この地の兵士は」

「はい。色々、教えて、貰って、ます」


 さっきの兵士さんも顔見知りだ。最初の頃は私をグロリア様と呼んでいたっけ。

 でも今じゃ私を『様』で呼ぶのは、一部の兵士さんと隊長さんと使用人さん達ぐらいだ。

 殆どの兵士さんは大体あんな感じで、皆優しく接してくれる。

 とはいえ隊長さん達の接し方が嫌な訳じゃない。皆私に優しいと思う。


「・・・そうか」


 お爺さんは私が答えると優しい笑みを見せてくれる。けれど顔を上げるとまた険しくなる。

 視界にリーディッドさんが居ると、彼の優しい気配が無くなってしまう様だ。

 いや、兵士さん達にも少し警戒している気がする。

 でも今の所はそれぐらいで、特に何かをする様子もなく歩いている感じ、かな。


「ではこれから森の中に突入します。グロリアさん、先頭をお願いしても宜しいですか?」

「はい」


 リーディッドさんに指示され、事前に聞いていた通りに前に出た。

 今回の護衛の期間はとても曖昧で、日中に帰って来られる範囲になっている。

 なので最初の内は私が前に出ておけば、魔獣はあまり出て来ないだろう。


 その分お爺さんの進める距離が増えるし、皆が危なくなることも無いと思う。

 なので一応警戒はしつつも、ポテポテと散歩気分で暫く歩いていた。

 視界には既に『マップ』が有るので、危ない魔獣にはすぐ気が付けるだろう。


「・・・平和そのものだな」


 すると暫く歩いた所で、お爺さんが少し低い声で呟いた。

 思わず牛を炉振り返ると、彼の目はリーディッドさんに向いている。


「グロリアさんのおかげですよ。感謝して下さい。森の入口周辺の魔獣はグロリアさんを避けている様なのでね。もっと奥に向かえば状況は変わりますよ」

「・・・ふん、怪しいものだ」

「その馬鹿げた言葉を何時まで喋られるのか見ものですね」

「なんだと・・・!」


 お爺さんは険しい目で返すも、リーディッドさんは目線すら合わせない。

 むしろつまらなさそうな様子で、万が一が無い様に周囲の警戒をしている。

 キャスさんとガンさんは口を挟む気がないみたいだ。私だけオロオロしている。


「あ、あの、魔獣を、みたいん、ですか?」

「む・・・いや、そういう訳では、ないが・・・すまん、気にするな」

「そ、そう、ですか?」

『このジジイ、グロリアにだけは甘いな。面倒臭い』


 ガライドの言う通りなのか、お爺さんは私に目が向くと険しい表情が消える。

 でもなぜ私にだけそうなのかがちょっと解らない。

 いや、逆なのかな。あれが本当のお爺さんなのかもしれない。


 元々は普通に優しい人で、でもリーディッドさんの事を嫌ってしまっている。

 だから彼女を見る目や、領主さんの従う兵士さんには、厳しい目を向けるのかも。

 そう考えるとキャスさんとガンさんには、そこまで目を向けていない事に気が付く。


『出来る限り散策させてやろうかと思ったが、予定変更だ。グロリア、あちらに向かおう』

「え・・・で、でも」


 ガライドの指が視界に出て来て、森の奥を差して促して来る。

 けれどその方向には、少し強めの魔獣が群れで居るはずだ。

 マップの一部が紅い点で埋まっている。何時もなら向かうけど・・・。


『ガンが居る。大丈夫だ』

「・・・は、はい」


 万が一魔獣が私を無視して、後ろの皆を襲えばどうなるか解らない。

 私に向かって来てくれるなら何も問題無いけど、守りながら戦うのはまだ下手だ。

 なんて思いながら進路変更をした私に、誰も何も言う事無くついて来る。


 このまま暫く進めば魔獣の群れに遭うだろう。それは索敵の二人も解っているはずだ。

 ならガライドの言う通り、このままでも良いのかもしれない。そう思い歩き続ける。

 そして魔獣は接近して来る私達に気が付いたらしい。こちらに向かって来ている。


「ぐるるるる・・・!」


 そこかしこからそんな唸り声が聞こえて来た。困った。かかって来ない。

 明らかに魔獣は狙いを分けている。私に意識を向けている魔獣が少ない。


「囲まれちゃったね、リーディッド」

「囲まれましたね、キャス」


 ただそんな中、二人はとても気楽な様子だ。危機感は一切無い様に見える。

 驚いているのはガンさんとお爺さんだ。特にガンさんはかなり慌てている。


「いやいやいや、お前ら索敵してたんじゃないのかよ・・・!」

「してたよ。囲まれるなーって思いながら」

「ええ。これは囲まれるだろうなと思いながら進んでいました」

「なんでだよ、止めろよ・・・!」


 ガンさんは二人に文句を言いながら、光剣を抜いて何時でも使える体勢を取った。

 ただお爺さんはリーディッドさんを睨む目が、今までで一番厳しい物になっている。


「やはり貴様は、こういう手を取っていたのか・・・!」

「何の話ですか?」

「惚けるな!」

「惚けてませんよ。貴方が何を言っているのか解りません。魔獣の森に入ってしまえば、この様な事が起きるのは当然でしょう。むしろこの程度を対処できないなら入るべきではない」

「な・・・!」

「そもそも進むのは貴方の望みでしょう。何を見当違いな事を仰っているのですか」


 そこで初めてリーディッドさんが目を合わせ、その目の冷たさのせいかお爺さんが怯んだ。

 ただ視線や警戒が逸れたと判断したのか、身を隠していた魔獣が襲って来た。

 割と良く見るタイプの魔獣だ。大きな猫型の魔獣。それがお爺さんに飛び掛かる。


「があっ!」


 ただ私が即座に踏み込んで殴り飛ばし、お爺さんの身を守った。

 反対側から飛び出して来ていた魔獣は、既にガンさんが切り捨てている。

 私を狙った魔獣は消えた獲物に驚いていて、その間に飛んで戻って殴り抜いた。


「ふうっ・・・!」


 これで飛び掛かって来た魔獣は全て倒した。こちらにけが人はいない。

 とはいえまだ潜んでいる魔獣が居る。ただこの辺りの魔獣は逃げると思うんだけどな。

 警戒を潜む魔獣達に向けていると、グルグルと唸りながら下がっていくのが解った。

 十分に距離と取ったと思った魔獣達は、そこから一目散に逃げ始める。


「さて、問題無く事は済みましたが・・・何か言いたい事でもありますか、お爺さん? 何やら不思議な事を仰っていた気がしますが。あの程度の魔獣の対処も出来ないとお思いで?」

「っ・・・!」

「ああ、魔獣領の事をご存じでないのであれば、どこぞの腑抜けた兵士を基準で考えておられたのかもしれませんね。ここでは他の領地の兵士の水準は低く見えますから」

「貴様・・・!」

『リーディッド・・・嫌がらせにに全力だな。今のは自分もそれなりに緊張していたろうに』


 どうやらリーディッドさんは、余裕な振りをしていただけらしい。

 彼女の問いにお爺さんはを噛み締め、けれどその視線を魔獣に向けた。

 暫くジッと魔獣の死体を見つめ、大きな溜息を吐くと共に力を抜く。


「・・・これが、魔獣領の、魔獣か」

「こんな物序の口ですよ。貴方の知る知識が浅いにも程がある事を、これから存分にご覧入れましょう。さ、グロリアさん、先程の調子で構いませんので、このまま進み続けて下さい」

「は、はい。わかり、ました」


 本当に良いのかな。キャスさんとリーディッドさんが、少し強張ってる気がするんだけど。

 それとガンさんも少し警戒を上げたのか、光剣を握ったままだ。


『実際、この先に待つのは過酷な現実だ。解り易く、早めに見せてやる方が良いだろう。いざという時に補助できる様に、事前にグロリアに申請しておいた方が良いかもしれんな』

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