第200話、帰還

「ついたー! つっかれたー!

『疲れている様にはまるで見えんな』


 魔獣領の領主館、その庭でキャスさんの大きな声が響く。

 彼女はぐーっと背伸びをしてから、腰を捻る様にして体をほぐしていた。

 長時間の車での旅路で、固まった体を存分に動かしている。

 ただその、ガライドの言う通り、物凄く元気に見えるけど。


「ほとんど寝てた奴が何言ってんだ・・・」


 確かにガンさんの言う通り、キャスさんは道中の大半を寝ていた。

 勿論起きている時もあったけれど、結構な時間寝ていた気がする。

 むしろ良くあれだけ寝れるなぁ、と少し感心したぐらいだ。


「ちゃんと仕事もしてましたー」

「・・・俺が解らないからって適当言ってないよな?」

「しーてーまーしーたー!」

『これは事実なのが何ともな・・・』


 とはいえキャスさん本人の言う通り、彼女もただ寝ていた訳じゃない。

 魔獣が近くを通ったのを感じるとガバッと起き、車の進行に指示を出していた。

 勿論それはリーディッドさんと一緒だけど、どうも索敵範囲はキャスさんの方が広い。


 ガライドが『よく気が付けるな』という程なので、相当な範囲が見えているのだろう。

 ただガンさんはその辺りサッパリ解らないから、適当な事言ってると思ってるのかな。

 でも魔獣領が近付くにつれ、ガライドの『マップ』にも赤い点が増えたから本当の事だ。


「ガン様、疑っては可哀そうですわ。キャス様とリーディッド様が相談している様子を、何度も見ていたではありませんか。彼女の索敵能力の高さはご存じなのでしょう?」

「い、いや、まあ、そう、ですけど」

「良く解ってるね王女様! 流石よく見てるー!」

「ふふっ、お褒めにあずかり光栄です」

「いえーい!」

「いえー」

「王女様がキャスに毒されていく・・・絶対駄目だろこれ・・・」

『私には、ガンとの距離を縮める為の作戦な気がするがな』


 キャスさんがテンション高めに手を出し、王女様と手をパチンと叩き合う。

 勿論王女様はガンさんの腕を胸に抱いている。最早あの位置が彼女の定位置だ。

 ガンさん帰り道の半ばで完全に諦めて、もう一切逃げる様子が無い。


 ならそれはガライドの言う『作戦』の通り、仲良くなる為の効果が出ているのだろう。

 私としては良い事だと思いながら眺めていると、領主さんが近付いて来るのが見えた。

 真っ直ぐにリーディッドさんに向かって行き、対する彼女は舌打ちをしている。


「お帰り、可愛い妹よ」

「ただいま帰りました領主様」

「せめて無事帰って来た歓迎ぐらいさせてくれないか?」

「別に構いませんよ。勝手にして下さい。では」

「リ、リーディッド・・・」


 手を伸ばす領主さんを無視して、リーディッドさんは兵士さんや使用人さんに指示を出す。

 つれない彼女に溜息を吐いて、顔を上げた領主さんは私の元へと向かって来た。


「無事に帰って来た様で何よりだ。グロリア」

「はい、帰り、ました」

「王都は楽しかったかな?」


 そう問われて、少し悩んだ。だって王都では色々あったから。

 良い事は沢山あった。それはきっと間違いない。

 けど、悪い事も、あった。だから、ただ楽しかったと言って良いのだろうかと。


「・・・人を、殺して、しまい、ました」

「報告は貰っている。君が何をどう思うか、それに軽々しく答えを告げる気は無い。だが一つ。君に一つだけ、私は言わなければいけない・・・いや、告げたい事がある」

「なん、でしょう、か」

『・・・まさか何かしらの注意を口にするつもりか。反省しているグロリアに』


 領主さんが少し真剣な顔を向け、その様子に少し身構えてしまう。

 ガライドの言う通り、何か注意をされるのだろうと思って。

 だってここまで誰も私に注意をしていない。本当はそれがおかしいんだと思う。


「妹を、家族を助けてくれた事に感謝を。助かる見込みが十分にあったとはいえ、かなりの無茶をしていた。一歩間違えれば死んでいたはずだ。君に心からの感謝を。ありがとう、グロリア」

「え、えと、あの」

『考え過ぎだったか』


 ただ予想外に、彼は膝を突いて腰を折り、頭を下げて礼を告げて来た。

 リーディッドさんを、家族を助けた事だけを見て。

 本当にそれで良いんだろうか。私は何か怒られるべきじゃないんだろうか。


『グロリア。素直に礼を受け取っておけ』

「っ、は、はい。わかり、ました」

「・・・すまないな。私に告げられるのは感謝だけだ。君の悩みの答えは無い。何故ならいい気味だと思ってしまっているからね。君の様な優しさは、私の中に備わっていないんだ」


 本当にそうだろうか。領主さんが私を気遣ってくれてるのは、何となく解る。

 ならそれは十分な優しさじゃないのかな。そう思うけれど、言葉に出来なかった。


「あー! ほらやっぱりグロリアじゃん! お帰りグロリア―!」

「王都どうだったー!」

「あ、王女様いるじゃん!」

「ホントだ! 王女様、また遊びに来たの!?」


 子供達の声が響いて、思わず意識がそちらに行ってしまったから。

 友達が笑顔で手を振っている。王女様にも同じくだ。

 彼等、彼女等の笑顔を見て、ああ、帰って来たんだと、凄く、思った。


「グロリアお嬢様。夕食にはまだ早い時間です。少し運動でもして来られては如何でしょう」

「リズ、さん・・・ありがとう、ございます。行って、きます」

「はい。行ってらっしゃいませ。お気をつけて」


 リズさんの優しい笑顔に礼を言って、全力で友達の元へ駆け寄る。


「うを!?」

「わっ!?」

「へぶっ!?」

『グロリア・・・嬉しいのは解るが・・・』

「ご、ごめん、なさい」


 気が逸り過ぎて砂埃をまき散らし、それ所か一人を風圧でこかしてしまった。

 慌てて謝って起こし、けれど誰も怒らず笑ってくれた。


「王女様もあそぼーよー!」

「っ、はい!」

『ふっ、嬉しそうな顔だな』


 そして王女様は流石にガンさんの腕を放し、物凄く嬉しそうな様子でかけて来た。

 ああ、魔獣領だ。何時もの皆だ。凄くほっとする。

 ガライドを使う練習はしなきゃいけないけど、今日ぐらいは皆と一緒に居よう。

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