閑話、側近の老人

 何故だ。何故こうなった。私はへまをしていないはずだ。

 私に連なる者は消した。全ての情報は私にまで繋がっていない。

 だというのに陛下のあの態度は、まるで私が失態を侵したかの態度だった。


「っ、誰だ!」


 軟禁された部屋の扉が開くのを感じ、思わず扉に向かって叫ぶ。

 ノックも無しに入って来るなど、余りにも礼儀がかける。

 もし新人の使用人だとして、王城に勤めるに値しない。


「俺だ」

「へ、陛下!」


 だがそこに居たのは護衛を伴った陛下で、彼はツカツカと室内に入って来る。

 そして私が席に促す暇も無く、ドカッと私の正面に座った。

 ただし護衛の騎士達は陛下に指示され、部屋の外へと出て行った。


「頭は多少冷えたか?」

「陛下。おかしな事を言われますな。私は常に私であります」

「そうか。そうだな」

「お解り頂けて何よりです」


 陛下の反応は普段と変わらない。変わらないからこそ、次何を言って来るか予測がつかない。

 この方は常に物事に興味が無さげで、謁見の間で怒りを見せてもそれは全て演技だ。

 根本的に世の全てに興味が無い。ただただ国を回す機能の一部として自分を認識されている。


「息子を二人失う事になった。少々戯れが過ぎた故、罰せざるを得なくなった。でなければ国が滅びかねん。全く・・・面倒が束ねて襲って来る」

「それは・・・心中察するに余りあります」


 一人は第五王子。そしてもう一人は第二王子の事だろう。

 ただ陛下は息子二人を失う事になったと言いながらも表情は変わらない。

 何時も通りつまらなさそうに、ただ淡々と事実を告げている。


「陛下の心のご負担を軽くする為にも、この老骨を砕くつもりでお仕えしとうございます」


 陛下の前に跪き、深々と腰を折る。この言葉は本心だ。彼は王として素晴らしい。

 この国は平和だ。子供が街中で遊びに出れる程に。それはこの方の力なくしては成し得ない。

 勿論犯罪者は何処にでもいる。犯罪を完全になくす事は不可能だろう。

 それに領地によって治安の差異もあるが、それでも他国に比べればかなりの良さだ。


「老骨か。そうだな、お互い老いたな。お前は若い頃から、未熟な子供を支えて来たのだな」

「未熟などと。貴方様は昔から変わりませぬ」


 陛下は昔から完成されていた。この方を未熟と思った事など本当に赤子の頃だけ。

 むしろ子供らしからぬ様子に、恐れを抱いた事が有る程だ。

 この方は自分の死も政治利用できると思っている。故に死を一切恐れていない。

 完全に王家の機能。ただそれだけだ。この方の中に有るのはたったそれだけだ。


「変わらぬものなど何も無い。お前がそうであったようにな」

「・・・陛下?」


 だが陛下は、そこで寂しそうな顔を見せた。何時もの演技・・・いや、なぜだ。

 この場で演技をする必要などない。ならばこの表情は一体。


「お前がただ怒りを発散するだけなら、俺は見逃すつもりだった。お前の為ならば、俺は小言を受ける程度は気にせんかった。だが、今回は無理だ。お前は、俺の息子に手をかけた」

「っ、陛下、何を・・・!?」

「直接的に手を下した相手は別で有ろうよ。だが要因を作り上げたのはお前だ。本当にあの毒の出所と流れを掴めていないと思ったのか。俺がそこまで愚かだと、本当に思っていたのか」

「っ・・・!!」


 陛下は全てご存じだった。まさか今まで魔獣領に仕掛けた全てを?

 この方は解っていて見逃してくれていたというのか。

 何故だ。おかしい。陛下だ。あの陛下が、その様な感情で動くなど。


「俺とて人間だ。情は有る。お前の様に、本心で仕えてくれた相手にはな。だがお前の頭の中では、息子を亡くした原因が、魔獣領に有ると思っているだろう」

「と、当然ではありませんか! あ奴らが、あ奴らさえいなければ、こんな事態には!」

「・・・ならば、俺の気持ちも解ろう。息子を、失った気持ちを。それでも一度目は見逃した。アレは親としても、王族としても、お前が国の為に害だと判断する理由が解る」

「―――――――」


 気が付かれている。第五王子を手引きしたのが私だと。

 だがあの王子は国にとって害でしかなかったはずだ。

 その命が上手く使えればよし、駄目でも害が消えるだけに過ぎん。


 陛下ならそう思っているはずだと、私はそう判断して、だが――――――。


「へい、か」

「もう、休め。良く働いた。お前はもう、休むべきだ。それが俺に出来る、忠臣への最大限の優しさのつもりだ。年で頭の固くなった老人と判断し、俺の判断で排した。それで、納得しろ」

「・・・陛下」


 陛下の手が強く握られている事に気が付いた。手が白くなる程に強く。

 ああそうか。この方は出来るならば、この場で私を切り殺したいのかもしれん。

 それでも忠臣として働いた恩赦として、証拠が無い以上咎めないと言って下さっているのだ。


「・・・陛下、お暇を下さるのであれば、この身は自由と思って宜しいのでしょうか」

「好きにしろ。見知らぬ老人がどこで何をやろうが、俺は知らん。それにどうせ、何も出来ん」


 陛下は私の願いに溜息を吐いたが、それでも肯定で返して下さった。

 これから私が何をするかなど、彼であれば解っているだろうに。

 それでも私は止まらない。止められない。この老人には、もう、とまれないのだ。


「・・・ありがとうございます」


 主に深々と最後の礼をして、陛下が部屋を去るまでそのまま下げ続けた。

 後は、この命を捨てに行くだけだ。恩赦を下さった陛下には申し訳なく思う。

 だが勤めが無くなったからこそ、あとに残るのは胸に渦巻く恨みのみだ。



 きっと陛下の仰る通り、何も出来ずに死ぬのだろう。それでも、止まれんのだ。

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