第199話、帰り道の雑談

 魔獣領に帰る道中は、特に何事も無かった。

 魔獣も出ず、話に聞いていた野盗も出ず、のんびりした道行だったと思う。

 少し違う事があったとすると、王女様がかなり楽しそうだった事だろうか。


 移動中はガンさんの隣に居るから当然で、時々彼の膝に乗ってたりしていた。

 休憩で外に出ると犬達に寄って行き、わしゃわしゃと撫でてご機嫌でもあった。

 ただ彼女の侍女さんが頭を抱えて溜め息を吐き、けれど優しい目で見ていた気がする。


 あの目はリズさんが私を見る目に似ていた。ふいに気が付く、優しい目に。


 キャスさんはそんな王女様と同じテンションで、二人共とても楽しそうだ。

 ただガンさんは正反対に疲れた様子で、リーディッドさんは我関せずだったけど。

 私は皆が楽しそうな様子が嬉しくて、のんびりした空気がとても幸せに思う。


「のんびり、です、ね」

『そうだな。城で色々とあったせいか、余計にそう思うな』


 ずずっと、お茶を飲みながら呟く。物凄くのんびりした空気で心地良い。

 ハフッと息を吐きながら空を見上げ、何となくメルさんの事が気になった。


「メルさん、元気で、しょうか」

『・・・あれから数日しか経っていないんだ。元気に決まってるだろう、あいつなら』

「そう、ですね。メルさん、です、もんね」


 たった数日お世話になった人。私に結婚を申し込んだ王子様。

 とても頼りになる人で、とても優しい人で、今まであった中ではかなり強い人。

 不思議な程に彼の事が気になる。また会いたいなと、たった数日で思ってしまう。


「エシャルネさんも、そろそろ、帰れてる、でしょうか」

『さてな。流石に距離が遠くて把握出来んな。衛星が生きていれば確認できたんだがな』

「えいせい、ですか?」

『ああ。あの空の遥か彼方に、情報の受け渡しが出来る道具が在ったんだ』

「空の、遥か、上」


 空はガライドの力で少し飛んだ。けれどそれでもまだまだ上がある。

 何処まで高い所にその道具は在ったのだろう。理解出来ないぐらい凄い話だ。


「えいせいは、もう、作れないん、ですか?」

『やろうと思えば出来なくはない。ただし様々な困難があるだろうな。特に今の様な文明が低下した状況となると、素材の収集の時点で問題がある』

「素材、ですか・・・そんなにいっぱい、要るん、ですか?」

『そうだな。様々な物が必要になる。それこそ資金が幾らあっても足りんだろう』


 そのお金を私が稼げば、えいせいを作る事は出来るんだろうか。

 いや、ガライドが難しいと言う以上、他にも色々理由が有りそうだ。


「ガライドの、ガチャンって、色々出るので、出せないんですか?」

『私の生成機能はグロリアの魔力に依存している。かつ私の質量は有限だ。詳しい説明は省略するが、私の素材は特殊な金属が圧縮されている。研究の結果観測出来るようになったエネルギー・・・魔力で加工し、故にその機能を使うには同じく魔力が必要になる』

「え、ええと・・・」

『ああ、すまない。そうだな・・・私は作れる大きさに限界があり、グロリアから離れるといずれ止まる。極限まで機能を限定し、一定状況のみの発動を前提とすれば別だが、常に通信機能を使える状態にするのは不可能だ。あっという間に動けなくなってしまう』

「それは、困ります、ね」


 ガライドが動けなくなるのは困る。彼が動けなくなるなら、そんな物は要らない。


「我が儘を、言い、ました。ごめん、なさい」

『気にするな。疑問は問うと良い。むしろグロリアの年齢ならば、知識に貪欲な事は素晴らしいと思う。子供の学びは称賛されるべき事だ。何も謝る事は無い』

「・・・ありがとう、ございます?」


 謝ったら褒められた。思わず首を傾げながら応えると、ガライドが少し笑った気がする。

 球体だから表情は解らないけど、何となくそんな気配を感じるんだ。

 前からそういう所は有ったけど、最近特に彼の様子を敏感に感じる事が出来てる気がする。


『・・・平和だな』

「ですね」


 きっと彼が隣に居たら、優しい笑みで私の頭を撫でていたんじゃないだろうか。

 そう思う程に彼の声は優しく、そしてそんな彼が膝に居る頼もしさに力が抜ける。

 この人が居る。それがどれだけ私の安心になっているか。良く解る。


「ガライド、一緒に、居て下さいね。動かなく、なっちゃ、嫌です」

『突然どうした。当然だろう。私はグロリアが年を取って老衰するまで見守ると決めた。君が私と居るのが嫌だとでも言わない限り、私は何時までも君と共に在ろう』

「・・・ありがとう、ございます」


 持っていた器を置き、膝の上に乗っていたガライドを抱きしめる。

 この穏やかな時間がずっと続いてくれたら、きっと私は何時までも心地良く過ごせるんだろう。


「幸せだなぁ・・・」


 思わずそう呟き、その言葉は心からの本心で――――――駄目だと叫ぶ自分が居る。

 いいや幸せだ。私はとても幸せだ。本当に、心の底からそう思う。それは嘘じゃない。

 けれど心のどこかに、このままの自分で居られないと、叫ぶ私が存在しているんだ。


 強く、もっと強く、もっと力を、誰にも負けない、強い力を求める自分が。

 穏やかなままずっと過ごす事を、その私が許さない。



 暴食のグロリアは、戦わない私を、きっと許さない。



「・・・ガライド、帰ったら、もっと、ガライドの使い方を、教えてくれませんか?」

『私の使い方?』

「はい。もっと、もっと、色々教えて、下さい」

『・・・解った。取り敢えずは、魔獣領に戻ってからな』

「はい」


 ガライドは少し躊躇う様に応えた。理由は解ってる。彼は多分、私に教えたくないんだ。

 私が戦わないと生きられないから、彼は私に手を貸してくれている。

 けれど出来るなら穏やかに過ごして欲しい。そう思っているのは私でも気が付く。


 でも、ごめんなさい。私は、戦わないと、生きられない。そういう、生き方しか、出来ない。


「ガライド、ありがとう、ございます」

『・・・ああ』


 申し訳なさと、大きな感謝とを込めて、彼にお礼を告げた。

 私は本当に幸せ者だ。こんなにも想ってくれる人が傍にいっぱい居るのだから。

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