閑話、貴族のエシャルネ

 陛下に古代魔道具の継承者だと公認して頂き、多くの者の前で魔道具を発動して見せた。

 これにより私は正式に認められ、今後古代魔道具使いとして国に仕える事になる。

 姉から簒奪したのではなく、姉に奪われていた物を取り返した者として。


「これ以上の話はこの場でする事でも無かろう。後日使いを出す。今日は下がれ」

「畏まりました。失礼致します、陛下」


 陛下に別れの礼をしてから、胸を張って踵を返す。

 すると視界に入るのは、当然お姉さま達だ。

 私に力強い笑みを向けてくれるリーディッドお姉様。


 そして何よりも、グロリア様の、ホッとした表情。


 心配して下さっていたのですね。震える私に気が付いていたのですね。

 お優しい方だ。古代魔道具という強大な力に呑まれず、人を想う事が出来る少女。

 私はあの様になれるだろうか。いや、なれるかではない。成らねばならない。


 その為に私は姉に牙を剥いたのだから。家族を、両親を切り捨てたのだから。

 それを噛み締める様にぐっとこぶしを握り、深くため息を吐く。

 周囲にはきっと、先程の出来事と、これからの重荷を思う様子に見えているだろう。


「参りましょう、お姉様」

「ええ、エシャルネ様。行きましょう」


 お姉様に声をかけ、満足そうに頷く彼女と共に謁見の間を出る。

 その後ろに殿下方も付いて来て、そして大きな扉が締められた。

 父は既に先程母と共に連れて行かれている。後は私の扱いの話をするのだろう。


 貴族位の降格。きっと私の家は権限を幾つか失う。貴族としての地位は低くなる。

 勿論古代魔道具使いという事で、高位貴族のままではあるだろう。

 けれど今までの様に好き勝手に出来る家、という在り方ではなくなるに違いない。


 陛下からの印象も、周囲の印象も、私は素直に国に仕える小娘に見えただろうから。


 先程の事を想い返しながら、誰も口を開かず歩を進める。

 そして暫く足を勧めて、本来は王族か、招待された者しか入れない区画に踏み入れる。

 けれど等に咎められる事も無く、そのまま王女殿下の部屋へと通された。


「もう問題ありませんよ。この部屋に居る者は私の側近のみですから」


 王女様の言葉に応える様に、部屋に居る仕様人と護衛が軽く腰を折る。

 それでも絶対とは言えないけれど、彼女が断言するのであれば問題無いのだろう。

 一応念の為リーディッドお姉様に目を向け、頷きを確認してから動いた。


「あーーーーーーー、すっきりしたーーーーー!」


 両手を握って天に突き上げ、万感の想いを込めて口にした。

 ああ、もう、ほんとスッキリした。こんなに気分が良いのは何時以来だろう。

 お姉様の存在を知って、魔獣領を学んで、憧れを抱いた時に近い感覚だ。


「ず、随分、サッパリしてますわね、エシャルネ様」

「当然じゃありませんか。あの姉を排除出来たんですよ。これ程気分の良い事は有りません。面倒で民の邪魔にしかならない両親も蟄居させられましたし、後は帰って両親に擦り寄っていた連中の排除ですね。ああ、楽しみですね、侮っていた私の今の姿を見る彼らの顔が!」


 思わずテンションが上がりまくった状態で喋り続けてしまった。

 だってだって、念願がかなったのだから。気分が高揚したって仕方ないと思う。

 これで我が家は本来の在り方に戻れる。私はお姉様の様に生きられる!


 姉の事? どうでも良いです。むしろ処刑されて当然でしょう。だって知っていますから。

 あの姉が今までどんな事をやって来て、何人もの人間を殺している事を。

 中には悪人も居たでしょうけど、大半は姉が気に食わなかったというだけの理由。


 それでも我が家の貴族位と、古代魔道具使いという事で逆らえなかった。

 悉くの情報を握り潰し、様々な事を有耶無耶にし、あの姉は好き放題生きて来たのだ。

 処刑など生ぬるい。あっさり死ねるのだから。拷問系こそが本来姉に相応しい。


 両親にも同情など一切無い。姉の暴挙に文句を言っておきながら、姉に乗っかっていた。

 古代魔道具使いの家だという事を、最大限に利用してふんぞり返って来た。

 これは報いだ。落ちる事を想像出来なかった、愚か者の自業自得だ。


 貴族位の降格も、実は特に痛手ではない。むしろ凄く助かるから願い出た。

 だって貴族位は高ければ高い程、国へ果たす義務が重くなっていく。

 民の為の領地を持ちたい私にとって、必要な義務は軽ければ軽いほど良い。


 発言権? 古代魔道具使いの発言を無視できるとは思えないもの。


「・・・本当に、後悔していないのか? 家族を、切り捨てた事を」

「っ」


 そう、思っている。これは本心なのに、メルヴェルス殿下の言葉に、一瞬固まった。

 これだけで察しの良い皆様には伝わってしまっただろう。強がっているという事が。

 まだまだ未熟だなと、思わず自嘲の笑いが零れる。


「・・・そう、ですね。思う所が全くない、と言えば嘘になります。あんな姉でも、あんな両親でも、家族は家族です。でも、本当に愛情は無いんですよ。二人を想う気持ちも無い。それでも家族を容赦なく切り捨てる自分は・・・あの人達と変わらないのではと、少し、思います」


 あの家族の中で過ごしてきたから、私も彼等に染まっているのでは。

 そんな想いが胸にある。私もあの人達と同じだから、平気で切り捨てられたのではと。

 人の心の無い貴族。自分の命以外を軽視する貴族。私が嫌悪する貴族に。


「私は貴族で、あの人達の娘です。それが、とても、怖い」


 やっと望む場所に立てた。ここがスタートだ。今からが始まりだ。

 けれど始まりの場所に立った事で、初めて言い様のない恐怖を感じている。

 私は本当に道を違えないのか。想いを胸に抱き続けられるのか。


 お姉様が見捨てない様な、目指した貴族であり続けられるのか、それが恐ろしい。


「大丈夫だ。エシャルネ嬢」

「殿、下?」


 私の答えを聞いた殿下は、膝を突いて私に目線を合わせた。

 彼は静かな表情で私を見つめ、私の小さな手を大きな手が包む。


「貴女は姉とは違う。貴女は立派な貴族だ。自身の在り方を問える者は、より良い道を模索出来る。勿論一人では道を違える事も有る。だが貴女には、頼りになる者達が居るだろう」


 彼の言葉につられて、周囲を見回す。私を見つめる皆の目を。

 敬愛する姉様。尊敬するグロリア様。友と言ってくれたキャス様にガン様。

 そして今日であったばかりなのに、全てを語ってくれた王女殿下。


 ああ、そうだ。何でそんな簡単な事を、うっかり忘れていたのか。

 これからは一人で戦わねばと、何故かそんな風に考えていた。

 自分の事は全て自分でしなければと。頼ってはならないと、無意識に考えていた。


 この人達は皆、私を仲間だと、そう言ってくれたのに。


「勿論俺も手を貸そう。貴女は胸を張ってい良い。貴女の行いは正しい。俺がそう断言しよう」

「殿下・・・ありがとう、ございます・・・!」


 殿下は我が家を嫌っていた。それぐらい私でも知っている。

 けれど彼はただ私の事を認めてくれた。私を『貴族』として肯定してくれた。

 その事が嬉しくて、目頭が熱い。涙が零れそうだ。


「人は皆間違う。俺とてそうだ。グロリア嬢に出会わねばきっと間違え続けた。自分の為すべき事を見誤っていた。だから大丈夫だ。君には道を踏み外した時、叱ってくれる者が居る」

「はい・・・はい・・・!」


 ああ、駄目だ。抑えられない。涙が零れ落ちる。こんなに肯定されたのは何時以来だろう。

 お姉様も肯定はしてくれた。幾人かの侍女達も私を認めてくれている。

 それでも私を、小娘の私を、ここまで『貴族』として肯定してくれた人が居ただろうか。


「エシャルネ嬢。幼き身でありながら貴族として、民を想い立ち上がった貴女に敬意を払う」


 すっと手を放した殿下は、本来頭を下げるべきでない私に、深々と頭を下げた。

 私は初めて、自分が自分として生きているのだと、そう思えた。

 悔しいな。もう少し出会いが早ければ、貴方に想いを告げられたのに。


 仕方ないか。うん。仕方ない。だって相手はグロリア様だもの。

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