第191話、誓い

 エシャルネさんが挨拶をした後、詳しい話は部屋で落ち着いてしようという事に。

 そこで他者に話を聞かれない為にと、その為に作られた部屋へ王女様が案内した。

 前にエシャルネさんの城でも見た二重扉・・・いや、三重扉の部屋だ。


 間に一つ部屋が有るけど、その向こうに更に二つ扉が在る。

 とても分厚い扉で、確かにこの扉を閉めたら外には何も聞こえ無さそうだ。

 なんて納得しながら王女様に手を引かれ、大きなソファに座る様に促された。


「因みにこの部屋は叫び声すら通しませんので、護衛も無しに入る者も居なければ、護衛無しで入る事も普通は有りません。まあグロリア様を護衛、と見る事も出来ますけれど」


 入る者も、入る事も・・・ん、同じ事じゃ、無いのかな。

 いや、案内される側と、案内する側って事、なのかも。

 でもそういう意味で言えば、王女様にはメルさんが居ると思うんだけど。


 彼はとても強いから、護衛としての仕事は出来ると思う。

 勿論私も護衛を頼まれたらするし、そもそもガンさんが居るんだけどな。

 なんて思っていると、エシャルネさんが口を開いた。


「つまり本音を聞かせて欲しい、という解釈で間違っておりませんか、王女殿下」

「ええ、出来れば。エシャルネ様には詳しく話をお聞かせ願いたいですわ」


 エシャルネさんは挨拶を一度済ませた後は、また普段のニコニコ笑顔に戻っていた。

 けれどこの部屋に通されてからは、また静かな様子になっている。

 相変わらずコロコロ雰囲気が変わる人だ。私には真似出来そうにない。


「私は全てを話しても構いませんが、その判断を下す権利は私にはございません。リーディッドお姉様とグロリア様の許可が下りるのであれば、何一つ隠さずお話致しましょう」

「お二人に、ですか・・・」


 エシャルネさんの言葉を聞き、王女様が私とリーディッドさんを見る。

 けど当の私はそんな事を言われても困る。私にそんな権限があると思ってないし。

 思わずリーディッドさんへ目を向けると、彼女も私に・・・ガライドに目を向けていた。


「宜しいですか?」

『グロリアに害をなす事が無いと判断したのであれば構わん。そう伝えてくれ』

「あ、は、はい。えっと、構わない、です」


 私に害をなさないならばと言われたけど、そもそも彼女ががそんな事を考えるはずがない。

 なので許可を貰えた事だけを伝えると、リーディッドさんは視線を王女様へ向ける。


「王女殿下。私共がエシャルネ様の家の庇護下に置かれている、という事はご存じですね」

「ええ、一応は対等な協力関係であり、貴族として位の違いで庇護下という扱いですね」

「あの家がそんな事をする訳が無い。そう思っておりませんでしたか?」

「はい。思っておりました」

『思考時間ゼロだったな。それだけ有名だという事か』


 エシャルネさんの家は偉い家の中でも、かなり偉い家だとは聞いている。

 それに代々古代魔道具使いも居る家なのもあって、かなり有名だとも。

 なので王女様がエシャルネさんや家の事を知っていても、何も不思議な事は無いのだろう。


「実情は逆です。あの家が、我々の言うことを聞かざるを得ない。そういう関係です」

「・・・つまりグロリア様に負けた。そういう事ですね」

「流石王女殿下。ご明察です」

「馬鹿な女だと思ってはいたが、余りに想像通りな行動だな」


 王女様の言葉が正解だと口にすると、メルさんの気配が少し怖くなった。

 低く唸るような呟きと共に、誰も居ない方向を険しい目で睨んでいる。


「ええ、メルヴェルス殿下の言う通り、馬鹿な女だったのでしょうね。自分が負ける事を考えていなかった。自分が失う事を考えていなかった。だから彼女は、全てを妹に奪われる」

「っ、それは、まさか・・・!」


 王女様が驚いた様子で腰を上げ、エシャルネさんへと視線を向ける。

 ただし向けられた彼女は落ち着いた様子で、すっと手を胸に当てて口を開いた。


「古代魔道具次期継承者、及びに当家の次期継承者として、今は雌伏の時を過ごしております」


 その答えに王女様は「ははっ」っと笑い、ボスンと椅子に身を沈める。

 少し放心している様な表情で、けれど暫くして「あはははは!」と大きく笑い始めた。

 突然の事に私は少し驚き、メルさんも怪訝な顔を彼女に向けている。


「ああ、そう、そうか、つまり、そういう事なのね。全部、全部繋がってしまったわ」


 笑い声を消すと彼女は額に手を当て、天井を仰ぎながらそう呟いた。

 その言葉を聞いたメルさんは少し考える様子を見せ、そしてハッとした顔を見せる。

 二人共何に気が付いたのだろう。私には話の流れが解り難くて首を傾げた。


「そう、既にあの女には、魔道具の所有権が在りません。現在の所有者はグロリアさん。彼女の許可なくあの魔道具を行使する事は不可能。つまり、あの家には、もう力が無い」


 正確にはガライドの許可だけど、口を挟める空気じゃないので黙っておく。

 王女様はその言葉を聞いて顔を下げると、エシャルネさんへと視線を向けた。


「けれど力が在る振りをさせている。彼女の為に。そうでしょう、エシャルネ様?」

「はい、その通りです。王女殿下」

「そしてお父様はそれに気が付いていたと。そう考えると本当に、私が派遣された事も納得いきますね。お父様は最初から自分が死ぬ前提で備えていたのね。自分の死すら受け入れて織り込み済みで、王族の血が残る様にか。国が、残る様にか。本当に、化け物だわ、あの人」


 はぁと、深くため息を吐く王女様と、どこか悔しそうな表情のメルさん。

 けれどメルさんも小さくため息を吐くと、王女様へと口を開く。


「だが、全て予想通りという訳ではなかろう。縁を繋げればいい。あの男はその程度に思っていたはずだ。グロリア嬢とお前が真に友情を結ぶとは、欠片も思っていなかったはずだ」

「グロリア様がお兄様に惚れる事もですか?」

『惚れてない』


 ガライドの返事が食い気味だったけど、誰も聞こえてない。

 でも実際『惚れる』という事は、私には良く解らないので正しい。


「・・・そちらは成せていない。今は俺の一方的な憧れと好意だ」

「そうでしょうか。グロリア様はお兄様の事を好きですよね?」

『人柄がな。男としてではなく、こやつの人間性がな。そうだろうグロリア』

「え、は、はい、えっと、好きです、よ。メルさんの、事」


 王女様の問いかけと、ガライドの問いかけに慌てながら答える。

 一応両方同じ事だよね。うん。私はメルさんの事、優しくて好きだな。

 そう思ってチラッと彼を見ると、彼は少し照れている様に見えた。


「そうか。それは、嬉しく思う」

『何を本気で照れているんだこの男は! 年の離れた子供の好意だぞ! 勘違いするなよ!!』


 勘違いと言われても、メルさんも困ると思うんだけどな。だって好きは好きだし。

 ああでも、私は未だに『結婚』という事に関しては良く解らないんだった。

 彼は私に結婚を申し込んで来ていた訳だし、それを理解した返事だと思われたのかな。


「グロリア嬢、これからも貴女が好意を向けてくれる人間である事を誓おう」


 少しだけ悩んでいると、彼は膝を突いて私の手を取った。

 そして誓いを口にすると、私の手の甲に口を付ける。

 でもそもそも私がメルさんを嫌うなんて、ちょっと想像がつかない。


『このまま手を跳ね上げてやろうか・・・いや手の甲は私だ。ざまあみろ』


 後今日はガライドが、何時も以上にちょっと良く解らない。

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