第190話、再会のエシャルネ

「リーディッドお姉様! グロリア様!」

『来ているのは解っていたが・・・せめてある程度淑女の振りをしなくて良いのか?』


 王様の部屋を出て廊下を進み、寝泊まりしている部屋へと向かう途中に名前を呼ばれた。

 とても聞き覚えの有る声で、物凄く嬉しそうな声音。その声の主へと目を向ける。

 するとそこには、エシャルネさんが走って来る姿が在った。


 彼女は私達の元へ辿り着くと、キラキラした瞳をリーディッドさんに向け礼を取る。

 私は返事をしたかったけれど、彼女が口を開く方が早かった。


「お久しゅうございます。という程にお久しぶりではありませんね。ですがお姉様にまた会えるこの日を私は待ち遠しく待ち遠しく、もう何年も経ったかの様に感じておりました。ああ、お姉様は相も変わらず凛々しいご様子。見ているだけで幸せな気分になれますわ!」

『相変わらずだなこの娘・・・』


 初対面時の時を思い出す勢いで語る彼女に、リーディッドさんが少し困り顔だ。

 キャスさんとガンさんは苦笑していて、王女様とメルさんは少し驚いている。

 ガライドは呆れているけど、私は彼女の変わらない様子が嬉しく感じた。


「エシャルネ様、先ずは先に殿下方へのご挨拶をすべきでしょう」

「え? はっ! も、申し訳ありません! お姉様とグロリア様に会えた喜びの余り、お二人の姿以外が見えておりませんでした! ま、誠に、誠に申し訳ありません!」


 ただリーディッドさんが注意を促すと、彼女は慌てて王女様達に礼を取った。

 そしてその体制のまま慌てて謝り始めた所で、他にも見覚えのある人達が近付いて来た。

 彼女の家族、父親と母親、そして古代魔道具使いの姉の様だ。箱は、持ってるみたい。


「これはこれは、殿下方。お久しゅうございます。娘が失礼をしたようで申し訳ありません」

「いえ、お気になさらず。彼女がリーディッド様を尊敬されている事は知っておりますので」


 父親は礼をしつつエシャルネさんの行動を謝り、そこで王女様は平静を取り戻す。

 私から手を放すと背筋を伸ばし、彼に応える様に綺麗な礼を見せた。

 メルさんは特に応える様子はなく、ただ少し姉に警戒している様に見えた。


「所で、皆様お揃いで一体城に何の御用なのですか?」

「これは手厳しい。いやなに、我々とて偶には登城せねば、陛下に存在を忘れ去られてしまいかねませんからな。何よりも協力関係にある方々が城に呼ばれたと聞き、万が一は有ってはいけないと急いではせ参じた次第ですよ。これから陛下へご挨拶に向かう所です」

「協力関係、ですか」


 父親の言葉に王女様はチラッとリーディッドさんを見るも、彼女は特に何も返さない。

 というか返す余裕が無い。何故ならさっきからずっとエシャルネさんに話しかけられている。


「ああ、無理を言って付いて来て本当に良かったですわ。お姉様が城に向かうと聞き、絶対に付いて行くと両親にしがみついてでも訴えたのです。はしたない行動とは思いましたが、お姉様と会う事が出来るなら些細な事。ああでもお姉様に叱られてしまうでしょうか」


 相変わらずリーディッドさん大好きみたいだ。言葉が止まらない。

 そして声をかけられている本人は、彼女に対して苦笑を返している。

 言葉はさっきから「ええ」とか「いえ」とかしか返していない。


「この様な娘で、お恥ずかしい限りです」

「いいえ、仲が宜しくて良いかと。可愛らしいお嬢様ではありませんか」

「ええ。目に入れても痛くない娘ですよ。リーディッド嬢との仲も良好で何よりです」


 今一瞬、ほんの一瞬、エシャルネさんの目が冷たくなった気が。

 直ぐに笑顔に戻ったけれど、凄まじい変化に思わずビクッとしてしまった。

 面と向かってるリーディッドさんは気が付いてたはずだけど、特に反応する事はない。

 ただエシャルネさんはそこでくるっと振り向き、父親に声をかける。


「お父様。お父様はこの後陛下にご挨拶に向かうのですよね。私が向かっても失礼をしかねません。それならばこのままお姉様と共に居ようと思うのですが、宜しいでしょうか!」

「エシャルネ、仕方ないな、お前は・・・ご迷惑ではないかな、皆様」


 父親は王女様ではなく、リーディッドさんに訊ねた。

 皆様と言いながら、他の誰とも視線を合わせていない。

 その様子に王女様が少し目を鋭くさせ、けれど父親は気にする様子はない。


「王女殿下が宜しければ」

「構いませんよ。ご友人なのでしょう?」

「ありがとうございます、殿下。良かったですね、エシャルネ様」

「はい! 王女殿下、ありがとうございます!!」


 ただリーディッドさんは王女様に許可を求め、そして王女様は肯定で返した。

 エシャルネさんの喜び様は凄まじく、お礼を言いながらリーディッドさんの手を握る。

 いや、何かがおかしい様な。そこは王女様の手を握る所な気がする。


「・・・本当にお恥ずかしい限りです」

「いえ、素直で可愛らしいではありませんか」


 父親はそんな彼女を恥ずかしいと再度頭を下げ、王女様は特に気にしていない様だ。

 私としては、そんなに恥ずかしい事なのかと、少し疑問に思ってしまうけれど。

 とはいえ偉い人への挨拶は大事らしいから、疎かにした事は恥ずかしい事なのかもしれない。


「では殿下、失礼致します。リーディッド嬢。また後で改めて挨拶に向かわせて頂く」

「はい、また後で」


 そしてエシャルネさんを置いて、彼等は去って行った。

 でも王様に会うのに、一体どこに行くんだろう。あっちは王様の部屋じゃないよね?

 何て首を傾げていると、エシャルネさんが私にも向かって来た。


「グロリア様もお久しぶりです。ああ、貴女も相変わらず凛々しい。ただ立っているだけで強い存在感を放っている姿は、まさしく歴戦の戦士ですわ。それでいて可憐さと美しさを兼ね備えている。何をせずとも他者を魅了してしまいそうな様子は健在で素敵ですわ!」

「え、えと、ありがとう、ございます・・・」

『・・・演技も入っているだろうが、一応本音なんだろうな・・・相変わらず解らん娘だ』


 手をギュッと握って凄い勢いで褒められ、思わず仰け反りながら礼を返す。

 私誰かを魅了した覚えは無いんだけど、否定する事が出来る勢いじゃなかった。

 彼女が止まる様子が無かったので、取り敢えず歩きながら彼女の話を聞く。

 私達と別れてから色々あったと、些細な日常も含めた雑談を聞き―――――。


「エシャルネ様。殿下方は味方ですよ」


 人気が無くなった廊下を暫く進んだ所で、リーディッドさんが静かに声をかけた。

 そこでエシャルネさんはすっと表情を変え、涼やかな表情で周囲を見回す。

 まるで別人に変わったかと思う程、今の彼女は凛々しく見える。


『これだから苦手なんだ、この娘。猫を被っていると何処まで本音で演技か解らん・・・』


 ガライドは相変らず、彼女の事が少し苦手みたいだ。

 別れ際は少しマシになってた気がするんだけどな。

 でも私は特に苦手は無い。だってどっちも彼女だと思っているから。

 何より彼女はリーディッドさんの事が大好きだ。この時点で私は信用出来る。


「―――――王族の方を信用して宜しいので?」

「お二方は別、と思って下さい」

「解りました。殿下方、これまでの無礼をお許しください。このエシャルネ、微力ながらお姉様と協力を結んでいる身にございます。お二方がお姉様のお身内とあれば、私も今後も関わりが有るかと思われますので、どうぞ宜しくお願い致します」


 今までの騒がしさが嘘のように、静かに、綺麗に、改めて挨拶をするエシャルネさん。

 その様子に王女様どころか、メルさんまで驚いている。でも気持ちは凄く解る。

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