閑話、下っ端騎士

 騎士団になんて、入りたくはなかった。けど入らないと生活が出来なかった。

 貴族の生まれとはいえ四男で、しかも特にこれと言って才能も無い。

 そんな自分に出来る事なんてたかが知れていて、けれどまだ幸運だったとは言えるだろう。


 貴族の四男なんて、下手をすれば適当に放り出される。

 名を上げる様な事でもしないと家名を名乗らせないなんて事もある。

 貧乏な下位貴族には良くある事で、傭兵ギルドで日銭を稼いでいる奴も居るぐらいだ。


 だから親がつてを持っていて、何の才覚も無いのに騎士団に入れた事は幸運なのだと思う。

 けれど入った団が最悪だった。よりにもよって第二騎士団だとは。そりゃ入れるはずだ。



 世間で『第二騎士団』と言えば『魔獣部隊』とも言われる騎士団だ。



 実際俺も第二騎士団が街をかけて行き、討伐に向かう様子を見た事がある。

 だから出来れば魔獣と戦う様な団以外でと願っていたが、そうはいかないらしい。

 やはり才能も何も無い人間は、死ぬような仕事でもないと就職出来ないという事だろうか。


 と思っていたが実態は違った。第二騎士団は何と言うか、魔獣部隊の割にとても緩い。

 いや、別の意味でとても息苦しいのだが、騎士団としては余りに緩く感じた。

 命を懸ける人間達にはとても思えず、ただその疑問はすぐに氷解する事になる。


 第二騎士団は、実際は名ばかりの騎士団だと。

 魔獣を退治に行っていますと、外に見せる為に在る組織なのだと。

 つまりはただの役立たず集団だ。そのくせプライドだけは多い連中が集まっている。

 後は家が高位貴族で、親が体面を保つ為に入れたガキんちょとか。



 なら誰が魔獣を倒しているのか。脳筋王子とも陰で言われる、第四王子殿下だ。



 噂には聞いていたが、噂が本当とは思わなかった。彼が望んで参加しているなど。

 勿論殿下が魔獣部隊に参加している事は知っていたが、王子が一番前に出ると誰が思う。

 だが実際に殿下が魔獣を屠ってゆく様を見て、あれこそが騎士なのだろうと感じた。


 だから才覚が無く、役立たず集団に宛がわれたとしても、それでも構わないと思った

 彼の事を少しでも手助けできるならば。役に立たないなりに何か補助が出来れば。

 ああそうだ。きっと、尊敬していたんだ。自分と余りに違う、あの人の存在に。


 生まれは王子だ。役に立たなかったとしても、自分の代は自由に暮らしていける。

 少なくとも国王や他の王子と諍いでも起こさない限り、平凡に平穏に生きて行けるだろう。

 けれど彼は王子として民の為に、自分は戦う力しかないからと言いながら尽くしている。



 そんな彼が、何故か討伐に、女の子を連れて来た。



 とても可愛らしい子だと思う。何処かポヤッとした様子の少女だ。

 これから魔獣退治に行くというのに、万が一が無いとは言えないのに。

 何故、どうして、この人がこんな事をと、疑問に思いながら指示に従って付いて行った。


 そして現地に付くと彼は見た事のない笑顔を少女に向け、俺も含めて皆唖然とした。

 王子殿下は何時もむすっとした顔で、その表情は険しくなる事しかなかったのに。

 もしかしたら王族の血に連なる子なのだろうか。近しい間柄なのかもしれない。


 魔獣の攻撃圏外で止まったという事は、後ろに下がらせるつもりは有るのだろう。

 そう思い詮索は止め、そして指示通り準備を進め、ただ今日は少し嬉しかった。

 団に入る前の自分なら無かった感情だ。魔獣を前に武器を持ち、それが嬉しいなんて。


 殿下は大弓を携え、傍らに何時もの大剣を備え、そして部隊は弓を構えて陣形を整える。

 後方に居るとはいえ、殿下と共に戦える。その事が自分でも不思議なぐらい嬉しかった。



 なのに。何故か、彼は少女を前に出すと言い出した。小さな、年端も行かない少女を。



 あんな子が行った所で、囮にしかならない。意味が解らない。なぜ殿下がこんな事を。

 余りに目の前の事が信じられなくて、尊敬していた人の判断を受け入れられなかった。

 だからだろう。除隊しても良いと、それでも、少女を犠牲にして欲しくないと、言ったのは。


 多分俺は、少女の身を案じた訳じゃない。信じた人を、信じ続けたかっただけだ。

 けれどそんな俺に殿下は何も言わず、代わりに少女が俺に近付いて来た。


「大丈夫、です。私、強い、ですから。私は、魔道具使い、ですから。大丈夫、ですよ」


 ぐっと可愛らしい拳を胸元で握り、ポヤッとした表情で告げる少女。

 魔道具使い。彼女は今そう言ったのだろうか。けど、いや、それでも。

 少女の言葉に混乱している間に、彼女は走って行ってしまった。紅い光を、纏いながら。


「――――――っ」


 けれどそれは、走った、というのが正しいとは思えない。

 何に例えれば良いのか解らない程の速さで、まるで飛ぶ様に駆けて行ったのだから。

 踏み込んだのであろう地面は抉れ、その衝撃で土煙が大きく舞う程に。


 現実なのだろうかと、自分の正気を疑う光景の連続だったと思う。

 少女は高く高く飛んでいた魔獣の元まで文字通り飛び上がり、上から魔獣を殴り抜いた。

 そしてそこからの光景は、そもそも何を見ているのか、良く解らなかった。


「・・・紅い・・・翼・・・」


 魔獣が蹂躙されていた。なす術も無く、ただ狩られるだけの存在の様に。

 紅い翼を靡かせながら、流れ星の様に空を飛ぶ少女に狩られて。


 紅い光が突き抜け、弾け、周り、迸り、貫き、そして全てを覆い尽くした。

 ほんの数十秒間の出来事。たった数十秒間で、アレだけ居た魔獣が空から消えた。

 俺はその光景を、ただただ眺めていた。とても鮮やかで、綺麗な、紅い光の存在を。


 赤い羽根の天使かと、そう思ってしまう様な少女を。


「っ、殿下!?」


 同時に殿下が武器を捨て、紅い光が落ちて行くところへと地竜で駆けていく。

 ・・・落ちる? 落ちている。まさか、力尽きたのか!?


 そこで俺も正気に戻り、けれど紅い光は途中でまた強く輝いた様に見えた。

 着地に備えて光を放ったような、そんな風に感じた。

 それはきっと正しかったのかもしれない。少女は無傷で殿下に抱えられていたのだから。


 ただその姿は、異様だった。黒い両手足。明らかに生身じゃない物。

 きっとアレが魔道具。空を舞っていた紅い光の根源。

 皆はその手足に目が行っていただろうが、俺はむしろ少女の様子が気になった。


 元々ポヤッとした子だとは思っていたが、今はもっとボーっとしている様に見える。

 大丈夫だろうか。強いと言った通り、彼女は確かに強かった。それでも消耗はするはずだ。

 魔道具は俺も触った事があるが、アレはまともな人間が使える物じゃない。


 心配になっていると、殿下から指示が出た。撃ち落とされた魔獣を出来る限り拾って来いと。

 それらは彼女の食事になると言われ、ならばと率先して地竜を走らせた。

 何故こんな事をと文句を言っている奴も居たが、俺はむしろ嬉しく思う。


 きっと彼女は殿下と共に歩んでくれる。だからきっと、殿下は笑顔をみせたんだ。

 よし、適当な事をせず、血抜きや下処理も済ませて持って行こう。

 他の連中の分もいくらか手を出しておこう。絶対雑な処理しかしないからな。

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