第168話、許される事

「・・・何が、正しいん、でしょうか・・・」


 部屋でボーっと天井を眺めガライドを抱えながら、思わずそんな呟きを漏らした。

 リーディッドさんの話を聞いた事で、何が悪いのか良く解らなくなってしまって。

 いや、リーディッドさんはきっと悪くない。魔獣領の人達だって、悪くないと思う。


 けれどお爺さんが家族を、大事な人なくしたのは事実で、本当の事だ。


 お爺さんの言葉が正しい訳ではない。だってお爺さんの考えは間違っているのだから。

 けどお爺さんにとっては魔獣領が殺したという事が真実になっている。

 リーディッドさんが身の潔白を証明して、国王様が認めても信じてはいないんだ。


 それはきっと理不尽な想いで、けれど私はどうしてもお爺さんが悪いと思えなかった。


『あの老人の事か』

「・・・はい。あの人は多分、敵です。私の大事な人に、敵意を、殺意を向ける、敵です」

『ああ、そうだな。明確にリーディッド達の敵だな』

「・・・けど、あの人の気持ちも、解ります。解るんです」


 その時までは気が付かなかった。けど、確かに、とてもどす黒い、強い想いがあった。

 魔道具使いの女性が皆を殺そうとした時、私はあの人を殺したくて仕方がなかった。

 ガライドが撃ったのも理由だけど、あの時私は確かに敵意と殺意を持っていたんだ。


 許せないと思った。殺したいと思った。殺さなきゃいけないと思った。

 あの時のお腹が煮える様な想いを、きっとお爺さんも抱えているのだろう。

 私は失わなかったから、皆が居たから、その想いを抱え続けずに済んだ。


 そして、もし失っていたら、相手を殺しただけで気が済むだろうか。

 失った事は変わらない。殺した所で戻りはしない。死んだ者は生き返らない。

 それでも悲しみと怒りを抱えて生きて行くには、一体どうしたら良いんだろう。


『グロリア。確かにあの老人の想いは深い物だろう。だが老人が今を生きて行く為に、理不尽に他者に害を与えている事も事実だ。たとえその想いがどれだけの物であっても、その事実は正当化して良い物ではない。リーディッドの語った内容が真実であれば、という点もあるが』

「・・・真実じゃない、って事ですか?」

『リーディッドの言葉は事実な可能性が高い。だが彼女の兄はどうだろうな。老人の言う様に罠に嵌め、排除する為に森に向かうのを止めなかった。そういう風にも判断は出来る』

「領主さんが、そんな事、するでしょうか」

『解らんな。もう既に終わった事である以上、確かめる術は無い。だが第三者の視点でそういう風に見えるという事は、失った悲しみを埋める為に真実だと思い込めるという事だ』

「思い、込める、ですか」


 真実、事実、難しい話だ。明確に解っている事実は、お爺さんの家族が亡くなったという事。

 その場に居ないと解らない事は、なぜ亡くなったのかという事。

 亡くなった現場に居なかった以上、真実は人の言葉から知るしか方法が無い。

 ならお爺さんは、悲しみに耐える為に間違いを真実だと、そう思い込んでいるのだろうか。


「だがそれは、リーディッドにしてみれば迷惑でしかない。現実を見ずに、被害者面して理不尽を振りかざす愚者でしかない。悲痛な想いは免罪符にはならないんだよ、グロリア」

「免罪、符・・・ですか?」

『ああ。老人の悲しみは想像も出来ない物だ。だが奴はグロリアにその感情を向けた。私はこの時点で奴がどれだけ辛い身であろうが、私にとっては排除対象でしかない。私にとって一番優先するべきはグロリアだ。そしてグロリアも老人の感傷に引きずられる必要は無い』


 ガライドの言う事は実に単純だった。そして私も以前なら同じ意見だったと思う。

 大事な物を沢山抱える前の私なら、きっと彼の言葉と同じ考えしか持たなかっただろう。

 それに彼の言う事が正しいと思う私も居るのは事実だ。だってお爺さんの行動は理不尽だから。


「グッロリッアちゃーん。ガライドちゃんとなーんの話してんのー?」

「あ、えっと、その、リーディッドさんに聞いた話で、思う所が、あって・・・」


 そこでキャスさんが抱き付いて来て、少し慌てながら話していた事を伝える。

 すると彼女は「ふーむ」と悩む様子を見せてから、少し首を傾げて口を開いた。


「んー、まあ家族が亡くなった事は辛いと思うけどさぁ、私達魔獣領に住む貴族でも何でもない住民からしたら、迷惑以外でも何でもないんだよねー。リーディッドの家の事が嫌いなのか知んないけど、勝手な都合で魔獣領が暮らし難くされるんだよ?」

「暮らし、難く、ですか」

「そ。例えばリーディッドが私腹を肥やすお貴族様なら、そりゃあ排除してくれた方が良いよ。けどあの家はちゃんと領主をやってるもん。なのに態々引っ掻き回す事を仕掛けて来てさ、住民の事一切考えてないよね。その後の平民の生活を一切考えてないお貴族様としか思えないよ」

『違いない。平穏無事に回っている領地を乱す。それは住民にとってただ理不尽な迷惑だ』


 途中で何故か私を膝に抱えながら、キャスさんはお爺さんの行為を非難する。

 ガライドもその言葉を肯定し、そして彼女はさらに続けた。


「だからリーディッドはあの爺さんの事が嫌いなんでしょーねー。私怨で動いて良い立場じゃないのに、私怨を晴らすにしても後の事を考えなきゃいけないのに、もし後の事を考えないなら立場も何もかも捨てて個人で挑みに来るべきなのに、何も捨てずに大多数の命を脅かしてるもん」

「・・・魔獣領の、人達の、命を、ですか」

「うん。今でこそ割と安定してるけど、つい昨日まで元気だった隣人が、溢れの時の魔獣に殺されたなんて良くある領地だったんだよ。あのジジイはそんな魔獣領の力を昔から削りたがってる人でしょ。リーディッドにしてみれば、イッチバン嫌いなタイプの貴族だと思うよー」


 魔獣領の人達が死ぬ。友達が、街の人達が、ギルドのお姉さん達が、死んでしまう。

 ああ、そうか。お爺さんがやっている事は、そんな大事に繋がるのか。

 それは、ガライドの言う通りだ。自分が悲しいからと許される事じゃないと思う。


「まー最悪魔獣領を捨てるって選択肢も、私達には有るんだけどねー。そうなった時この国がどうなるか知らないけど、まあ大分悲惨な事になるだろうなぁ。つまりどっちにしろジジイがやってる事は沢山の人が死ぬ事で、そんな事も考えない奴な時点で悩む必要は無いと思うよー」

「・・・そうなのかも、しれません、ね」

「そ。気にしなくて良いの良いの。向かって来るなら倒せばいい。それぐらいの気楽さで良いと思うよー。態々こっちから殴りに行く必要は無いとは思うけどねー」


 キャスさんはそう言いながら、私の頭を優しく撫でて来た。

 ふと顔を上げるとリズさんも笑顔を向けていて、心配させていたのだと気がつく。


「・・・そう、ですね。悲しいからって、関係無い人まで、攻撃しちゃ、駄目ですよね」

「そうそう。だからグロリアちゃんが気に病む必要はないよー。ね、リズさん」

「はい。グロリアお嬢様は、ただ健やかに過ごせば宜しいのです」


 そう言ってくれる二人の言葉に再度頷き、まだ少しモヤモヤを抱えながらも納得した。


『・・・良かった。詳しい事情を聞きたかったが、グロリアが落ち込むのは予想外だったからな・・・感受性が育っている事は喜ぶべきだが、気にする事が増えてしまったな・・・』

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