第159話、試合の種類
「グロリアお嬢様、お水をどうぞ」
「はい、ありがとう、ござい、ます」
リズさんから水を受け取り、ゆっくりと喉をお潤していく。
いっぱい泣いてしまったからだろうか。水分がとても美味しい。
コクコクと水を喉にしみ込ませる様に飲み、器から口を放してホッと息を吐く。
「・・・試合、結構、多いん、ですね」
あの後最初に案内された客席に戻り、のんびりと試合を観察している。
最初に見た試合しか見ていなかったから、他の人はどうなのか気になって。
ただ今試合している人達は、何となく私の対戦相手の男性より弱い気がする。
「今は中位クラスのリーグ戦やってっからな。数が多いんだよ」
「リーグ、戦」
とはいったい何だろう。お爺さんが告げた、聞いた事の無い言葉に首を傾げる。
『総当たり戦だ。全ての選手が全ての選手と一度は闘い、その勝敗数を競うルール、のはずだ』
「なるほど、総当たり、ですか・・・あれ、じゃあ、さっきの、私の試合は・・・」
「ああ、アイツは反則負けを数回して今回のリーグ戦は出場停止だ。アイツの試合はリーグ戦の合間に挟んだ特別試合だったから、嬢ちゃんを出す事も出来たって訳だ」
『反則負け数回・・・良くそんな奴を出し続けようと思うな・・・』
反則負け。まさか人を殺したんだろうか。いや、私の時みたいに毒を使ったのかな。
確か毒類も反則負けのはず。お爺さんがざっくり説明してる時にそう言っていた。
ただ反則で止めなかったのは、事前に止めないと言っていたので解っていた。
私も毒なら問題無いと答えていたから、お爺さんも気にしなかったんだろう。
とはいえ視界の端には、走り出しかけていたお爺さんが映っていたけど。
私が打撃を突き入れたのを見た後、元の位置に戻っていた。
多分私が倒れたら止めるつもりだったんじゃないのかな。
「今回の事があの馬鹿への多少の薬になれば良いんだがな・・・」
『・・・どうかな。奴の目は最後まで燃えていた。気を失うあの瞬間まで生きていた。敗北を認めた目には見えなかったな。むしろ、この後が本番な気さえする』
お爺さんの小さな呟きに、ガライドは否定的な事を告げた。
私には正直解らない。けどあの人の闘志は本物だった。
それが私にだけ向くのであれば、私は闘士として常に受けて立とう。
「挑んで、来るなら、受けます。それが、たとえ、街の中でも、街道でも、どこでも」
彼は確かそんな事を言っていた。私が逃げれば街中でも追っていくと。
ならそうすれば良い。私は全く構わない。何処でも何時でも相手になる。
そして彼が闘士として私だけを狙うなら、私も闘士として戦う事が出来ると思う。
「彼が、納得するまで、戦い、ます」
「・・・嬢ちゃんの心構えは本物だろうが、出来れば試合は舞台の上だけでして欲しいな」
「出来るなら、そう、します」
「・・・むしろ出来ない可能性はあの馬鹿が作りそうだな・・・さて、そろそろ良いかね」
お爺さんは俯いて溜息を吐き、顔を上げるとリズさんに向き直った。
それに釣られて私もリズさんに顔を向けると、彼女は何時もの表情に戻っている。
ただ何故か今日だけは、何時も通りの彼女の表情に私はホッとしていた。
「私に何か御用でしょうか」
「本当はすぐに話したかったんだが、嬢ちゃんがあの調子だったろ? だがもう落ち着いたみたいだし、今後の事を保護者と話したいと思ってな」
「私はグロリア様のお付きの使用人に過ぎず、お嬢様の行動に口を出せる身ではありません」
「ん-・・・じゃあ嬢ちゃんの保護者に話を通して貰いたいんだが」
「私に融通をする力はありません。ですが言伝程度であれば承りましょう」
「ああ、それで構わんよ。そうだと思っていたからな。保護者殿にこれでも渡してくれ」
リズさんは完全に何時もの調子で返し、お爺さんはへっと笑って紙を手渡した。
手紙か何かだろうか。リズさんはその紙をすっと服にしまい込む。
「中をあらためんで良いのかい?」
「判断をするのは私ではありません。私が中を確認する必要は無いかと。もし検める必要のある内容であれば、貴方の願いが叶わず終わるだけですので」
お爺さんがニヤっとしながら問いかけると、リズさんは硬い表情と声音で返す。
だからだろうか、お爺さんはちょっと怯んだ様子を見せ、少し私に寄って来た。
「なあ、嬢ちゃん。このねーちゃんさっきと態度が違いすぎんか?」
「リズさんは、普段は、こんな感じ、ですよ?」
「・・・そうかい」
お爺さんはまた大きな溜息を吐き、顔置上げると立ち上がって「またな」と去って行った。
「グロリア嬢・・・その・・・試合に出て、良かった、か?」
お爺さんが去って行く姿を見送っていると、凄く小声で不安そうな声が聞こえた。
知ってる声なのに余りに違い過ぎて、少しびっくりしながら顔を上げる。
そこにはさっきからずっと静かだったメルさんが居る。
「はい。良かった、です。メルさん、ありがとう、ございます」
彼のおかげで試合に出れた。そして試合に出られたから、私は証明できた。
この国で生活できる様にしてくれた人達に、その成果を見せられると。
最後まで私はちゃんとこの国の闘士を貫けた。だから感謝を告げた。
「・・・そうか。それなら、良かった」
すると彼は心底ほっとした様子で息を吐き、少し硬いけど笑みを見せた。
ただ私には一体何を気にしていたのかが解らなくて、少し首を傾げてしまう。
何か不安になる様な事が在っただろうか。まさか彼の目には駄目な試合だった?
『グロリアが泣いている間、真っ青になって狼狽えていたぞ、コイツ』
「ぁ・・・」
そうか。単純に私が泣いていたから、それを心配してくれていただけなのか。
やっぱり優しい人だ。そして私はまだまだだなと思った。
人の気持ちを察するのは難しいな。折角やって行けると思ったのになぁ。
いや、今は良いか。それよりもちゃんと伝えないと。この優しい人に。
そう思い少し離れている彼の手を取り、大きな手を両手で握る。
「メルさんが、連れて来て、くれたから、闘えました。人と戦う、事が、出来ました。戦う事が、出来ると、見せられ、ました。嬉しかった、から、泣いてしまったん、です」
「・・・そうか。少しでも君の力になれたなら、良かった」
「はい。凄く、助かりました。ありがとう、ござい、ます」
そこでやっと彼は表情から硬さが消え、何時もの優しい笑みで返してくれた。
『・・・余計な事を言った気がする。何をやっているんだ私は』
そんな事無いけどな。凄く助かる補足だったよ?
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