第158話、闘士グロリア

 試合の終わりが告げられたからか、控室の方から誰かが入って来る。

 担架を持って来ているから、おそらく倒れた男性を運ぶのだろう。

 この時点でやっぱりこの闘技場は優しい。ちゃんと運んでくれるんだから。


「あ、しまった・・・」


 気持ちが高ぶり過ぎていたからか、開始前の挨拶を忘れていた。

 男性は気絶しているけれど、礼儀としてちゃんと終わりの挨拶はしておこう。

 そう思い倒れる彼に向って、ぺこりと頭を下げた。すると何故か歓声が大きくなった。


 思わずビクッと跳ね、周囲を見回す。皆私の名前を叫んでいる。

 あと可愛いとか、綺麗とか、ファンになったとか、色々。

 胸に何か言葉に出来ない想いが募る。口を開くと泣きそうになる。


 そんな思いを持ちながら控室の出入り口に向かい、最後に観客席にペコリとお礼をした。

 私を認めてくれた人達に。この国で生きる私を見てくれた人達に。


「こいつぁ困った事になったな」


 そうして声援を後に控室に入ると、お爺さんがククッと笑いながら言った。

 何の事だろうかと首を傾げていると、ニヤッとした笑みを向けて来る。


「たったひと試合で観客の心を掴んじまいやがって。また嬢ちゃんの戦いを見たいって連中が絶対居るだろうな。こりゃあ嬢ちゃんにまた出て貰わねえと、困った事になるなぁ」


 私の試合を見たい。誰も殺してないし、誰も食べてないし、拳にすら血が付いていない。

 そんな私の戦いをまた見たいと言ってくれるのは、それはとても嬉しい気がした。

 だって今まで皆が教えてくれた事を、この国の人に認めて貰える気がしたから。


 リーディッドさんが教えてくれた。この国のある程度の常識を。

 友達が教えてくれた。子供らしい生き方を。

 兵士さんが教えてくれた。この国で人と戦うという事の意味を。

 魔獣領の人達が教えてくれた。心が暖かくなる人の優しさを。


 だから嬉しい。嬉しいけど、困った。だって・・・ここは王都だから。

 ここに居る間は試合に出られる。けれど私の帰るべき場所は魔獣領だ。


「困りました、ね・・・」


 だから思わずそう呟いてしまい、それを聞いたお爺さんは意外な表情を見せた。


「嬢ちゃん、闘技場に出たいんじゃなかったのか? 今回は流石にちょいと無理だが、次からはファイトマネーもかなり出せるぞ。なんせアイツの反則を完全に叩き潰した訳だしな」

「ええと、その、私は住んでる所が、遠くて、頻繁には来れない、ので」

「なら王都に住めば良いだろう。嬢ちゃんなら間違い無く闘士だけで食っていけるぞ?」

「・・・それは、嫌、です」


 私の住む場所は、帰る所は、魔獣領だ。みんなの居るあの街だ。

 大きくなったら心が変わるかも、とは誰かに言われた覚えがある。

 けど今は絶対にあの街以外に住みたくない。それに自分の体の事もあるし。


 この辺りには魔獣が少ない。居ない訳じゃないけど、物凄く少ない。

 街に潜んでいる小型の魔獣すら、ガライドに『マップ』を出して貰わないと見つけ難い。

 この街で生活を続けていたら、多分私は遠くない内に戦えなくなると思う。


「ふむぅ・・・だが困ったな。ジジィとしては嬢ちゃんにはまた出て欲しいんだが。嬢ちゃんの闘う姿は魅力的だ。ただ強いだけじゃない華が在る。アレだけ一方的な試合は普通は面白くないもんなんだ。闘技ってのは、どちらが勝つか解らないこそ面白い、って側面があるからな」

「どちらが勝つか、ですか」

「ああ。誰が勝つか解り切ってる、結果が解ってる試合なんてのは本来つまらないのさ。けれど嬢ちゃんの戦いに観客共は見惚れていた。踊る様な戦いにこのジジイも見惚れた。それは稀有な才能だ。見る者を引き付ける天賦の才だ。だから嬢ちゃんをこのまま逃がす訳にはいかんな」

「そう、なん、ですか・・・」


 お爺さんは私を見ながら困った表情をしていて、うーんと首を傾げている。

 褒められているのは解るけど、実感がないので曖昧な返事になってしまう。

 それに逃がす訳にはいかないと言われても困る。いざとなったら全力で逃げよう。

 取り敢えずガライドを迎えに行き、胸に抱えて抱きしめた。


「ガライド、勝ちました」

『ああ。ちゃんと見ていたぞ。立派だった』

「ありがとう、ございます。全部、皆のおかげです・・・ガライドの、おかげです」

『私は何もしていないぞ?』

「いいえ。ガライドが居るから、私はここに居るんです」


 手足も目もガライドが居るおかげだ。それは間違いないし、感謝は幾らしても足りない。

 けれど違うんだ。ガライドが居なかったら、きっと私は魔獣領にすら着いていない。

 リーディッドさんとも、ガンさんとも、キャスさんとも会っていないと思う。


 全部、全部ガライドがあの森に居てくれたから、私に力を貸してくれたからだ。

 私がここで生きているのは、私が幸せなのは、全部ガライドのおかげだ。


『・・・そうか。ならば良かった。私が君の人生の役に立ったなら何よりだ。』

「はい。ありがとう、ございます」


 嬉しそうな声音のガライドを抱きしめ、改めて彼に礼を言う。

 私は一度生き方を決めた。自分で『暴食のグロリア』として生きる事を。

 その生き方を変える気は無いし、変えては生きて行けないだろう。


 けれど今日、きっと今日また一つ変わった気がする。私はグロリアになったんだ。


「リズさんの所に、行きましょう」

『ああ。今日のリズは随分と愉快だったな。何時もああであればグロリアも緊張せんだろうに』

「・・・それは、そう、ですね」


 思わずくすっと笑ってしまい、取り敢えずリズさんに会いに行くとお爺さんに告げる。

 するとお爺さんは一緒に行って良いかと聞いて来たので、頷いて一緒に部屋を出た。

 暫く歩くと通路の向こうにリズさんとメルさんの姿が見え、彼女は私を見ると走って来た。


「リズさ――――」


 リズさんにお礼を言おうとして、けれど塞がれるように抱きしめられた。

 ギュッと抱きしめる力は何時もより強くて、とても暖かく感じる。


「グロリアお嬢様。ご立派でした。貴女は間違いなく、この国の闘士です」

「―――――ぁ」


 どうしよう。我慢してたのに、喉の奥が詰まる。涙が、零れる。


「喜んで良いんです。泣いて良いんです。貴女は立派でした。ちゃんと・・・出来てましたよ」


 優しく後頭部を撫でられる暖かさに、もう嗚咽を堪える事は出来なかった。

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