第92話、田舎者の体力

 振られる薪を払い、弾き、前に前に足を進め、打突を繰り出す。

 兵士さんは私と同じ様にいなし、時には躱し、けれど下がりつつ反撃に移る。

 私が前に出るだけ彼は下がり、けれど壁に追い詰められたりはしない。


 他の兵士さん達と違って、彼にはちゃんとした打突でも中々当てられない。

 だとしても今日はやけに当たらない。薪も中々壊れなくてかなり続いている。

 勿論私は受ける時も、打突も加減をしているけど、他の人ならもう終わっているはず。


『今日は随分と熱が入っているな。久々だからか、それとも王女の前だからか、何時もと違い少々本気になっているようにも見える。とはいえ随分楽しそうだが』


 兵士さんの目が何時になく真剣だ。動きも何時も以上にキレが良い。

 薪を振る速さはとても速いのに、攻撃でも薪を割らない様に気を付けている。

 それでも延々続く訳ではなく、私が受けに回った際に薪が割れて終わった。


「っと、終わってしまいましたか。この最後の手合わせが一番楽しいので、終わってしまうと少し残念な気分になってしまいますね。貴女の高みに近付けている気になりますから」

「えと・・・もう一回、やり、ますか?」


 今のはどちらかと言うと、私の失敗だと思う。私が受けて割れたのだし。

 それを残念だと言わてるのであれば、もう一回というのに否は無い。


「いえいえ。何時も通りこれで終わりにします。もう一度もう一度とやっていると、際限なくやりたくなってしまいますからね。そうすると私がリーディッド様に怒られてしまいます」

「それは、困り、ますね」


 兵士さんが叱られるのはいけない。なら予定通りちゃんと終わるべきだ。

 それに私にも終わらないといけない理由もある。

 チラリと門の方に目を向けると、庭を覗く子供達の姿があった。


「それに彼等を余り待たせ過ぎても可愛そうですから」

「ありがとう、ござい、ます」

「こちらこそ、ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げてお礼をすると、彼も同じ様に頭を下げる。

 何時もの挨拶だ。これで今日の鍛錬は終わり。

 後は自由時間だから、子供達と、友達と遊びに行こう。


「行って、来ます」

「はい、いってらっしゃい」


 許可を貰ってトテトテと門の方へ向かう。みんな元気そうだ。


「アレだけ動いて汗一つかかないのですか・・・いえ、目に見える疲労の汗が無いだけか」


 けど途中で王女様の呟きが聞こえて、足を止めて彼女に目を向ける。

 すると王女様と目が合い、彼女は何故かビクッと固まってしまった。

 その反応が良く解らず首を傾げながら、トテトテと彼女へ近付く。


「えと、一緒に、遊びに、いきます、か?」

「・・・あの子達と、ですか?」

「はい」

「・・・それは」


 王女様は私と仲良くしたいと言っていた。なら一緒に遊べばどうかと思った。

 丁度友達も来ているし、皆に紹介して遊びに行けばいい。

 そう思い訊ねたけれど、王女様の反応はちょっと鈍い。嫌なのかな?


「わかりました。お付き合いさせて頂きます・・・!」

「はい。じゃあ、皆に、紹介します、ね」

「姫様!」


 何だかやけに力強く返事をした王女様に手を掴み、トテトテと皆の所へ向かう。

 すると兵士さんが慌てて駆け寄って来たので、ビクッと固まってしまった。

 手を引いたら、駄目だったの、かな。


「ごめん、なさい」

「い、いえ、お気になさらず。貴方達も少し離れた所でお願いして良いかしら」

「・・・畏まりました、姫様」

「ごめんなさい。お願いね。ではグロリア様、行きましょうか」


 王女様はにっこりと笑ってくれたので、ほっとしながら門へと向かう。

 皆は近付く私に声をかけつつも、隣にいる王女様が気になるらしい。

 チラチラと目を向けていて、一番小さな子が「だれこれー」と聞いて来た。


「彼女は、王女様、です、仲良くしたい、らしい、です」

「「「「「王女様!?」」」」」


 皆が何故か凄く驚いている。そんなに驚く所があっただろうか。

 ああそっか、偉い嫌な人と思ってるのかな。

 この人は嫌な事して来ないし、多分気にしなくて大丈夫だと思うよ。


「・・・あ、そうだ。皆、ちょっと、待ってて、下さい」

「え、グロリアどこ行くの!?」

「グロリア様!?」

「お、おいグロリア、どうしたんだよ!」

「すぐ、戻ります!」


 既に走り出していたので、大きな声で応えつつ屋敷に戻る。

 そして部屋に戻ったらお土産を取り出して、包んだ袋を抱えて外に出る。

 屋敷内は危ないから全力では走れないけど、庭は全力で走って門まで戻った。


「お、お帰りグロリア。思ったより早かったけど、どうしたの?」

「お土産、です」


 女の子に聞かれたままに、手に持っていた包みを差し出す。

 中を開けば前に買った細工が入っていて、皆に手渡して行く。

 男の子には虫や犬の彫り物で、女の子達には髪飾りなどのアクセサリーだ。

 全部木彫りだから、子供達が付けていても大丈夫とキャスさんが言っていた。


「わぁ! 凄い綺麗。良いの、ほんとにこんなの貰って!」

「コレ動きそうなぐらいソックリだな!」

「ねえグロリア、似合う? ねえこれ似合うかな?」

「グロリアの方が似合う」

「「「「「「お前には聞いてない!」」」」」

「おまえ・・・何で時々そんなに馬鹿正直なの・・・何時も気持ち悪いのに」

「うるせぇ! 気持ち悪いって言うな!」

『本当にこの子は不憫だな・・・いつか成長できると良いな・・・』


 ああ、何時もの皆だ。皆元気そうで良かった。

 たったこれだけの事が嬉しい。楽しい。そう思える。


「・・・成程。これは変に引きはがす様な事をすれば、グロリア様から不評を買いますね」

『どうも本気で勧誘する気のようだな。だが宣言通りきっちりとグロリアを見定めた上でか。ふむ、この王女は私も嫌いではないな。物が見えているし話が通じる』


 ガライドはどうやら王女様の事を気に入ったらしい。

 ならきっとこの人は良い人だ。ガライドが気に入るなら大丈夫だろう。


「じゃあ、遊びに、行きま、しょう」

「うん! あ、ええと、そっちの王女様? も一緒に行くの?」

「駄目、ですか?」

「いや、私達よりもその子が駄目なんじゃない?」

「そうなん、ですか?」


 首を傾げながら王女様に訊ねる。てっきり一緒に遊びたいのかと思ってたから。


「い、いえ、お付き合いさせて下さると幸いです」

「だ、そう、です」

「ふーん・・・グロリアと同じ様な感じなのかしらね。でも大丈夫? そんなドレスで・・・ってそれはグロリアも同じか。まいっか。じゃあいこっか!」

「はい、行きま、しょう」


 普段からよく皆を先導する子に付いて行き、子供達でぞろぞろと歩いて行く。

 何をするのか歩きながら話して、ただそれだけで私は楽しい。

 王女様は最初こそ戸惑っていた様に見えたけど、暫くしたら笑顔を見せていた。

 そうして広場に付いた後は、王女様も子供達も、当然私も楽しく遊んだ。












「はぁー・・・はぁー・・・け、剣の、稽古でも・・・こんなに疲れた事、ないです・・・」

「え、王女様剣使えるの!?」

「こんなに小さいのに? あ、でもグロリアも小さいか」

「王女様見せて見せて。グロリアとどっちが強い!?」

「まっ、待って、けほっけほっ・・・ちょっと、休憩、させて・・・!」

「こらっ、ゆするな! 休憩させてって言ってんでしょ!」

「王女様、大丈夫、ですか?」


 王女様は楽し過ぎたのか、ちょっと頑張り過ぎたみたいだった。

 ちゃんと立てるようになるまで、蹲る彼女の背中を暫くさすってあげた。


『・・・もう『王女様』は渾名か何かになっているな。流石子供と言うべきかね』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る