第76話、死んだふり

「ありがとね。アイツらの為に泣いてくれて」


 ギルマスさんがしゃがみ込み、ハンカチを取り出して私の目元をぬぐう。

 そこで自分が泣いていた事を始めて自覚した。拭いて貰ってもまだ視界が歪む。

 これじゃ駄目だ。戦えない。この悔しい気持ちが在るなら、尚の事戦えないといけない。


 深く息を吐いて気合を入れ、魔獣へ戦意を向ける。

 その瞬間、魔獣が少し動いた様な気がした。

 けど蕾は開いていないし、もしかしたら見間違いかもしれない。

 そう思いながら見つめていると、リーディッドさんがギルマスさんに声をかける。


「感傷を邪魔して申し訳ないのですが、矢や火で倒す事は出来なかったんですか?」

「馬鹿にしないで欲しいわね。そんな当たり前の事やってないと思うの?」

「落ちている矢と一部の焼けた土は、やはり失敗の跡ですか」

「矢は一応刺さるのよ。けど暫くするとポトリと落ちて、無傷な事が確認出来てるわ。針山と見間違うぐらい突き刺しても生きてる以上効果は無いでしょ。次に火だけど、燃えないのよアイツ。水分が多いのか知らないけど、根の所で火が消えるわ」

「燃料を撒いてなら?」

「燃料が切れた時点で火が消えるわ。表面が少しこげた程度で終わりよ。その上少し経つと綺麗に戻っているのよね。本当に忌々しい。遊ばれてる気分になったわよ」


 火で燃やしても、矢で射っても倒せない。そう聞くと殴って倒せるのか疑問に思う。

 とはいえ疑問が有っても無くても私のやる事は変わらない。

 近付いて、殴る。ただそれだけだ。


「では・・・試しに此処から攻撃してみましょうか。ね、お嬢様?」


 拳と足に力を入れていると、リーディッドさんはそんな事を言い出した。

 見ると視線は魔道具使いの女性に向いている。


「・・・良いのかしら。私は陳情が有った事で一応ついては来たけど、グロリアさんがやる予定だったのでしょう? 下手に手出しをするのは余計な事かと思うのだけど」

「とはいえ、貴女も何もせずに帰っては面子が立たないでしょう。なに、倒した場合は貴女が役目を果たしましたと、そういう事で構いませんよ」

「・・・良いの?」


 彼女はリーディッドさんの言葉を聞き、私に視線を向けて来る。

 とはいえ聞かれてもも困る。むしろ私がリーディッドさんに聞きたい。


『そうだな。遠距離で倒せるならばそれが一番楽ではあるか。許可しよう』

『システム戦闘モードニ移行』

「・・・そ、ならやらせて頂きますわ。でも魔力の充填が終わってないから、大火力での攻撃は出来ないわよ。無理そうだと判断したら、グロリアさんに代わって頂くわ」


 きぃんと音を鳴らし、魔道具が青い光を放ち始めた。

 ガライドが許可を出したから、魔道具を攻撃に使えるようになったみたいだ。

 つまりさっきのは私じゃなくて、ガライドに聞いていたのか。


『ターゲットロック。補正処理開始・・・射撃準備完了』

「撃て」


 彼女が短く告げると、青い光が魔道具から放たれた。

 光は真っ直ぐに魔獣に向かい、その蕾をあっさりと打ち抜く。

 大きな穴が開いた蕾は花開き、けれど何かをする事無くだらんと崩れ落ちた。

 穴からは赤い汁が流れ落ちていて、まるで血を流している様に見える。


「やっぱり凄いわね、古代魔道具は・・・アレを一撃で倒すなんて」


 ギルマスさんが感嘆の声を上げ、倒れた魔獣を見つめる。

 あれで倒したんだろうか。何だか違和感がある。


『死んでいない。あの魔獣は生きている。アレは死んだふりだ。気を抜くな、グロリア』


 やっぱりそうだ。まだ死んでなんかいない。だってガライドが言っていた。

 あの魔獣は根も体の一部で、あの蕾を攻撃しても倒せるかは解らないと。

 一番目立つ所を攻撃したけど、そこが急所じゃなかったんだろう。


「あの魔獣、まだ、生きてます」

「・・・グロリアちゃん、解るの?」

「はい、ガライドが、そう、言って、ます」

「ガライド?」

「はい、ガライド、です」

「そ、そう、この子、ガライドって言うのね」


 ギルマスさんにガライドを突き出し、まだ魔獣が生きている事を伝える。

 多分あの魔獣は遠距離攻撃じゃ倒せないんじゃないだろうか。

 そう断言できる根拠はない。でも何となく、そんな気がする。


 もし遠距離で倒すなら、それこそ全てを吹き飛ばす威力出ないと無理だと。

 けど青い光の一撃を見た限り、そんな事は出来そうにない。

 そして魔力が足りないと言っているし、私と戦った時の威力も出せないんだろう。


「リーディッドさん、行って、良い、ですか?」

「・・・ええ、お任せします。グロリアさん。彼らを、魔獣に捕らわれている彼らを、助けてあげて下さい。せめて亡骸だけでも引き上げてあげましょう」

「助けて・・・解り、ました」


 あそこにいる人達はもう死んでいる。助けに行っても助からない。

 だけどその体を魔獣の餌にされない様に、全て食べられない様には出来る。


「いき、ます!」


 階段を歩かずに飛び降り、太い根が張る地面に飛び降りる。

 その瞬間赤い汁をまき散らしながら、倒れていた花が起き上がった。

 私に花を向け、まるで威嚇する様な動きに見える。


『ふん、獲物が来たと判断したか。それともグロリアに警戒したか』


 ガライドがそう呟くのを耳にしながら地面を蹴り、開いた花に一歩で近付く。

 すると花は驚いた様にビクッと一瞬震え、その後赤い霧の様な物を噴き出した。

 視界が赤く染まり、花が見えない。けれどもう殴れば届く距離なのは解っている。


「っ!」


 拳を全力で振り抜くと、確かな手ごたえを感じた。

 バァンと弾けるような音と共に、霧もぶわっと広がって行く。

 同時に体が少し痺れる感覚と、軽いめまいがした。


 けれどそれも一瞬で、ベチャッと何かが落ちた音と共に赤い霧が地面に落ち始める。

 少し待つと視界は完全に晴れて、砕けた花が地面に散らばっていた。

 落ちた花全てから赤い汁が流れ、やっぱり血を流しているかのように見える。


「食べて良い、です、よね?」

『そうだな。食べた方が良いだろう』


 ガライドに確認を取って、落ちている花に手を伸ばす。

 そして分厚い花にかぶりつき、体に力が巡る感覚を覚えた。

 口にするたびに少し痺れる感じがするけど、その程度だから大丈夫だろう。


 それよりも思っていたよりお腹が減っていたみたいだ。

 お腹が減ると力が出ない。ならもっと食べないと。

 もっともっと食べて、万全で戦える様にしておかないと。 


『落ちている花を全て食べたら、戦闘再開だ。死んだふりで見逃してやるものか』

「はい・・・!」


 だって、まだ戦いは終わっていないから。この魔獣は、確実に、倒す。

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