第53話、あの女

 眠るガンさんにお礼になっていないお礼をした後、私は外に出たいと皆に告げた。

 するとリズさんに「お休み下さい」と反対され、しょぼんとしながら頷いて返す。

 けれどその途中で、リーディッドさんが理由を尋ねてくれた。


「お腹が・・・すき、ました・・・」


 さっきからお腹が空いて堪らない。体が何か食べろと叫んでいる。

 帝国に居た頃に比べれば全然楽だけど、それでも少し体に力が入っていない感じがする。

 起きてすぐはそうでもなかったんだけど、動いている内に段々その感覚が強くなってきている。


「では、直ぐに食事の用意を致しますので――――」

「リズ」


 ただ私の言葉を「何でも良いから食べたい」と受け取ったんだろう。

 リズさんが食事の用意に動こうとして、リーディッドさんがそれを止めた。


「貴女の仕事は何ですか。解っていて惚けるつもりですか」

「――――申し訳、ありません」

「今回は彼女を心配してでしょうから不問にします。ですが次は有りませんよ」

「はい・・・誠に申し訳ありませんでした、グロリアお嬢様」

「え、えっと・・・?」

『彼女はグロリアが『魔獣を狩りに行きたい』と言ったのだと解って、わざと惚けたのだろう。ただし悪意が有った訳ではなく、グロリアに休んで欲しかったのだろうな』


 ああ、そういう事なんだ。急にリーディッドさんが険しい顔になったからびっくりした。

 なら別に、そんなに強く言わなくても良いんだけどな。私を想ってなら嬉しいし。


「気に、しないで、下さい」

「・・・はい。寛大な御言葉、感謝いたします」


 本当に気にしないで欲しいんだけど、リズさんは沈痛な面持ちでそう返して来た。

 何て言えば伝わるんだろう。どうしたら解って貰えるんだろう。


「リズ、グロリアさんの準備を手伝いなさい」

「はい。畏まりました。グロリアお嬢様、こちらへ」

「え、は、はい・・・」


 ただリーディッドさんが指示を出すと、彼女はすぐに普段通りの様子に戻った。

 その変化に驚いていると、落ち着く前に部屋への移動を促される。

 部屋に着くとあっという間に着替えさせられ、何時も通りの紅いドレス姿になっていた。


「グロリアさん・・・いえ、ガライド、貴方に言っておいた方が良いのかもしれませんね」

『む、私に? 一体何だ』


 そこでリーディッドさんがガライドに声をかけ、彼も不思議そうな声音で訊ね返す。

 でも声は聞こえてないのかな。単純に疑問の独り言かも。


「私は貴方達の強さを知っていますし、彼女が何故山に向かうのかの理由も解っています。回復の為には一番だと判断している事も。ですが・・・無理をせず帰って来て下さいね」

『解っているさ。流石にそうそう短期間に何度も失敗をして堪るものか』

「それと、あの女との話し合いの場に一緒に居て欲しいんですよ。なので今日中には帰って来て下さい。グロリアさんが倒れていたので後回しにしていましたが、早めに終わらせたいので」

『・・・そういえばそうだったな。了承したと答えて貰えないか、グロリア』

「了承した、って、言ってます」

「ありがとうございます。では、また後で」


 ガライドが要望に応えた事を伝えると、彼女は手を振って去って行った。

 あの女のとは一体誰の事だろうか。私が気を失っている間の話なのかな。

 ガライドは何か知っている風だったから、私は要らないのかもしれない。


「あんな女、殺してやれば良いのに・・・」


 ただそんな思考はキャスさんの言葉にかき消され、びっくりして彼女へ目を向ける。

 リーディッドさんを見送るキャスさんの目と声が、初めて見る程に冷たい。

 ど、どうしたんだろう。いつも仲のいい二人なのに。なんで。


「キャス様、私は何も聞きませんでしたから」

「・・・迂闊な発言でした。ごめんなさい。リーディッドだって腹立ってるのに、って思っちゃって・・・そんなのみんな一緒だよね。あー、私は何時までも子供だなぁ」

「何も聞いていませんから問題ありませんよ。お気になさらず」

「ありがと。んじゃグロリアちゃん、門までお見送りしましょー。それ以上は邪魔だしね」

「は、はい・・・」


 キャスさんはすぐに何時も通りに戻ったけれど、それが余計に戸惑いを隠せない。

 けれど何か聞いて不機嫌にさせるのも少し怖くて、何も言えないままに屋敷を出る。

 そして森へと走って向かい、森で魔獣を一体倒して食べ始めた所でガライドが喋り出した。


『グロリア・・・ああ、食べながらで良い。おそらく先程の事が気になっていると思うで、軽く説明をしておこう。でないと戻った時に、更に戸惑うだろうからな』


 ガライドの言う通り食べるのを止めず、けれど頷いて返す。


『彼女達の言う『あの女』とは、君を襲撃した女の事だ』


 けれどその内容を聞いて食べる手が止まった。

 思わずガライドに目を向け、話の続きを真剣に聞く。


『すまない。せめて一体は食べ終えてから話すべきだったな』

「かまい、ません。続きを、お願い、します」

『ああ・・・とはいえ私もそこまで詳しい事は現段階では解っていない。ただ君の回復の為に色々と動いている間に知り得た範囲だ。それでも大体の全容は予測できるがな』


 私が倒れている間の話。その点だけは予測が当たっていた。

 とはいえその内容は全く想像出来ないけど。


『グロリアが難しくない様に伝えると、あの女は『偉い人の娘』らしい。いや『偉い一族の娘』の方が正しいかな。君が帝国で出あった様な、あまり楽しくない人種だ』

「えらい・・・ひと・・・主人の、ような」

『そうだ。かつての君の主人のような者達の娘だ。そして彼女は古代魔道具が使え、国はそんな彼女を重宝している。つまり彼女を安易に殺せば、君やこの街の者に都合が悪い事が起きる』

「っ!」


 あぶな、かった。ガンさんが割って入ってくれなかったら、とんでもない事になっていた。


『だが彼女がこの街で暴れた事は事実だ。故に彼女に罪を問う・・・と言うよりも、彼女の家に対する訴えになるのだろうな。その場に私達も居て欲しい、という事だ』

「そう、ですか・・・でも、ガライドは兎も角、私は、役に立たないと、思い、ます」

『役に立つさ。君は『古代魔道具使い』なのだからな』

「・・・わかり、ました」


 どう役に立つのかは全く解らないけれど、ガライドがそう言うのなら正しいのだろう。

 そういう事なら早く魔獣を沢山倒して、お腹いっぱいにして帰らないと。

 もし彼女がまた暴れたら、今の魔力量じゃ勝てるかどうか怪しい。


「あの女の人に、次も負けない程度に、食べて、帰ります・・・!」

『ああ、言い忘れていた。そこに関しては問題無いぞ、グロリア』

「・・・え?」

『あの女はもう、今まで通りの古代魔道具使いとしては生きられん。くくっ』


 ガライドが何だか凄く意地の悪い笑い方をした気がする。気のせいかな。

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