第45話、襲撃者

「じゃあねー、グロリアー!」

「またねー!」

「ばいばーい!」

「うん、ばいばい、また、遊ぼう、ね」


 手を振って去って行く子供達に私も手を振り返す。

 皆笑顔で家路に付き、それを眺める私も少し笑っている気がする。

 最近の私は良く笑うようになった。と自分では思っている。


 でも何故か皆『グロリアは食べている時以外は余り笑わない』と言うので不思議だ。


 もしかして私は笑っている様に見えないんだろうか。

 首を傾げながら頬をグニグニしつつ、私も領主館へ帰ろうと歩を進める。

 するとガライドが私の前に移動して声をかけて来た。


『グロリア。付けて来ているぞ』

「みたい、です、ね」


 最初は些細な違和感だった。何時もと違う視線を感じる気がした程度。

 ただその時は特に気にしてなかったけれど、段々とその違和感が強くなった。

 子供達と遊んでいる間、余り気持ち良いとは言えないものを感じて。


『グロリアを捕らえようとしている連中が居る』


 そしてその違和感は正しかったらしく、ガライドはそう言った。

 どうも領主館を出る前から、私をずっと見張っていた人が居ると。

 ガライドは訓練の時から気が付いていて、ただその時は確信が無かったらしい。


 どうも『集音』出来る距離の外に居て、けれど私が屋敷を出て近付いて来たとか。

 そこでやっと声を拾って、その人達の目的を聞く事が出来たらしい。

 だから確信出来るまでは、怪しいと思いつつも置いておいたと言っていた。


『出て来たぞ。あれだよな?』

『紅い髪に紅い目、紅いドレスと紅尽くしの格好に近くに浮かぶ魔道具。間違いねえな』

『だがガキ共と一緒か。面倒だな・・・全員殺しちまうか?』

『やめておけ。消えた人数が多いと事が大きくなるし、追っ手の手配が早くなりかねん』

『確かにそれもそうか・・・一人になるのを待って攫った方が良いか』

『それに魔道具を使えるだけで、本人はただの孤児だ。たとえ行方が知れずとも、お貴族様はそこまで必死にはならんだろうさ。とはいえ回復が使える魔道具となると実際は解らんがな』

『なあ、他の国に売っぱらうのもアリなんじゃないか? 絶対高く売れるだろ?』

『その結果顔を真っ赤にした大貴族様の追手が付いても良いならアリだろうな。下手をすれば自分を棚に上げて、国を挙げて保護しなければいけない娘だ、何て言い出しかねないぞ』

『うへぇ・・・これだからお貴族様は。悪党だと自覚してる俺達の方がマシじゃねえの?』

『はっ、どっちも同じ悪党だよ』


 という会話を、子供達と遊んでいる間に聞いた。

 勿論私の耳に届いていた訳じゃなくて、ガライドが聞かせてくれたのだけれど。

 ガライドの『まっぷ』にも彼らは表示されている。私が魔獣と間違わない様に黄色い光で。


『連中が潜んでいた位置からは屋敷の庭は見えておらず、下調べもしない連中なのだろう。おそらくグロリアの実力を理解していない。ただの小娘を攫うのと変わらない、と思っているな。全く解り易いまでに典型的な使えん悪党共で苦笑もおきん』


 彼らは悪い人らしい。人を攫おうとしているからそれはきっと間違いない。

 何よりも、彼らの言葉は、私の心をざわつかせた。

 思い返すとまた胸が気持ち悪くなる。こんな感覚は初めてだ。


 自分の初めての感覚に戸惑いながら、のんびりと歩いて行く。

 日が暮れ始め、皆が自分の家に帰り始め、段々と人気が無くなる道をのんびりと。

 全く居ない訳じゃないけれど、それでも昼間に比べると大分少ない。


『近付いて来たな。グロリア、奴ら動くつもりだぞ』


 ガライドに言われて『まっぷ』を見ると、黄色い光がかなり近づいて来ていた。

 彼らの声も『集音』しているから良く聞こえる。

 警戒の薄い馬鹿な小娘だと、仕事が早く片付いて助かると、さっさと攫って帰ろうと。


 攫う前に私で少し楽しみたい、とは何の事なのかは良く解らなかったけれど。


『・・・グロリアには少々早い話だ。もうちょっと大きくなったら教えよう』


 ガライドに訊ねてもそう言われてしまったので、良く解らないままで良いらしい。

 でも大きくなったら教えてくれるって事は、何時か知る必要が有る事なんだろう。

 まあ、良いか。うん、別に、良い。今はそれよりも、大事な事が有る。


『ここで問うのもどうかと思うが・・・本当にやるんだな、グロリア』

「はい」

『・・・解った。君が望むのであれば、私は全力で手を貸そう』


 ガライドの確認に対し、すぐに頷いて返した。すると彼は溜め息を吐いた気がする。

 我が儘で申し訳ないと思う。けどそんな私の願いを彼は聞いてくれた。


『この辺りが良いだろう。ここなら誰にも見つからない』

「わかり、ました」


 視界にガライドの手が出て来て、マップを指さして教えてくれた。

 人気のない所を。襲いやすい所を。彼らが私を攫いやすい場所を。

 指示通り道を外れ、人目に付きにくい所へと足を踏み入れる。

 人気が無いどころか、道から外れた林の中へ。


 ただでさえこの時間は人が少ない。なのに道を外れたらもう誰も見ていない。

 そうなれば彼らは動く。とガライドは断言してくれた。

 だから何の不安も無い。何の疑問も無い。だってその言葉通りなのだから。

 ガライドは何時だって私を正しく誘導してくれる。


『来るぞ』


 黄色い光の動きが早くなった。もうちょっとで私の傍に来る。

 近付いて来ていても足音が殆ど無い。こうやって今までも誰かの事を攫ったんだろうか。

 陰から現れた彼らの一人が、ガライドごと私に袋を被せて持ち上げようとして来た。


「よし、とっとずらがっ!?」

「おい、どうした、何やってんだ」

「こいつ、殴ってきやがった。くっそ、ガキの威力じゃねぇ・・・いってぇ・・・!」


 なので袋越しに軽く殴ると、男は呻きながら袋から手を放した。

 生きているから加減は上手く出来たらしい。

 思い切り殴ったらきっと死んでしまう。それはきっと駄目な事だ。


「少し痛めつけて自分の状況解らせてやれ。そうすりゃ抵抗もしねだろ」

「俺にやらせろ。大人に逆らったらどうなるか小娘に教えてやる」

「はっ、んなの関係無く痛めつけるのが好きなくせに」

『ゲス共が・・・』


 ガライドが怒っている。ガライドは優しいから、私を傷つける事に怒っているんだろう。

 私としてはその点に関して、ただ『痛いのは嫌だなぁ』ぐらいの感覚だ。

 何度も何度も主人に痛めつけられたから、それ以外の感情は余り浮かんでこない。

 うん、自分に対してなら、特にそこまでの感情は無い。





 ――――――――ただそれでも、私は怒っている。きっと、今、凄く。





「――――――っ!」


 紅い光が迸る。私の感情に応える様に、両手両足が紅く光り輝く。

 そして拳を上に振り抜くと、私を覆っていた袋を吹き飛ばした。

 紅い光はそのまま突き抜け、一筋の光が空へ昇って行く。


「なっ、なんだ、なんだこの紅い光は!」

「しらねえ! こんなの聞いてねぞ!」

「おい、コイツの魔道具って攻撃能力あんのか・・・!?」

「ちっ、下がれ、下手に近付くな! クソッタレめ、情報はきっちり寄こせってんだ・・・!」


 男達が騒いでいる。この紅い光の事は知らなかったらしい。

 でも関係ない。知った事じゃない。そんな事はどうでも良い。


「友達を、傷つける人は、逃さない」


 彼らは子供達を殺す相談をしていた。私の友達を殺す相談をしていた。

 それを聞いてからこの胸に気持ち悪い感情が渦巻いている。

 きっとこれが怒りなんだ。これが怒るって事なんだ。私は怒っているんだ・・・!

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