第19話、ズル

 赤い髪の奴。一応念の為、私以外に居るのか周囲を確認する。

 どうやら私しかいない様だ。そもそも指を差されてるので間違えようもない。

 ただ周りの人達が困った様な顔や、額に手を当ててる様子が目に入った。

 皆は急にどうしたのだろうと首を傾げていると、またさっきの人が指を差して叫んで来る。


「おい、聞いてんのかお前!」

「・・・きいて、ます」

『何なんだこの小僧は』


 ガライドの声が低い。物凄く機嫌が悪そうだ。

 出会ってまだ短いけど、こんなに低い声は初めて聞いた。

 ちょっと驚いてガライドを見ていると、叫んだ人がダッと駆けだすのが目の端に入る。


「て、てめえ! 何よそ見してやぎゃ!?」


 ただ走る事は叶わず、背後から現れたガンさんに殴られて倒れてしまった。

 ガンさんが人を殴った事に少し驚き、思わず目を見開いて固まってしまう。


 だってこの街に来る道中、何時だってガンさんは優しかった。

 段差があれば、それだけで手を差し伸べてくれる様な、そんな人だったから。

 後どれだけ二人に殴られても、けして殴り返しはしなかったし。


『ガン、よくやった』


 ガライドの声がとてもご機嫌になり、視界にぐっと握った手が見える。

 そんなにあの人の事が気に食わなかったんだろうか。あの短い時間で何でそこまで。

 倒れた人は頭を押さえながら起き上がり、訳が解らないという表情で後ろを振り返った。


「いづっ・・・! な、だれが・・・てめえ、ガン、何しやがる!!」

「るっせえ。そんなんだからお前は見習いなんだっつーの」

「ああ!? お前にだけは言われたくねえよ!」

「ギルマスに言われても突っ走った奴が何言ってやがる。もうちょっと物考えて言いやがれ」

「るせぇ! 俺は認めねえぞ! お前等なんて!!」

「あーもう、ほんとこのバカはどうにかなんねぇかな。つーかお前らも止めろよ」


 今度はガンさんに食って掛かり、けれどガンさんは呆れた様な表情で返している。

 そして周囲の人達を咎めると、皆申し訳なさそうに苦笑をしたり、すまないと口にする。

 その様子の何が気に食わなかったのか、彼は更にガンさんを睨んだ。


「てめえがあの人達に上の人間のツラすんじゃねえ!」

「アホか。してねえよ。当たり前の事言っただけだろうが」

「じゃあ口答えしてんじゃねえ!」

「お前本当に頭悪いな。口答えしてんのはお前だ。そもそも俺とアイツらは同格。つか基本傭兵なんて個人的な尊敬除けば皆同格なんだよ。上下なんて考えてる時点でおめーがアホなの」

「じゃあ俺だっててめえと同格だろうが!」

「見習いの時点で同格じゃねえなぁ。更に言えば俺はお前に敬意なんて欠片も無いし」

「俺だっててめえに敬意なんてねえよ!!」

『何だ何だ。グロリアに絡んだと思ったら、今度はガンにか。本当に何なんだあの小僧は』


 ガライドが今度は困惑した様子になり、当然彼が解らない事を私が解るはずもない。

 状況が理解出来ずにただ首を傾げ、ただ解る人の判断を待つしか出来ない。


「うるせえ! 魔道具使いが! ズルしやがって!」

「はぁ・・・ほんとコイツは」

『ガンが魔道具使い? いやだが、私と同じ反応は無いのだが・・・いや、あくまでこの時代、この世界で魔道具と呼ばれる物であって、私とは違う物と考えた方が良いか。それにしてもズルとはどういう事だ。魔道具を扱えると傭兵ギルドでは特別な扱いがあるのか?』


 魔道具。ガンさんは魔道具を持っている、という事なのかな。

 奴隷の首輪の様な物なんだろうか。それともガライドの様な不思議な物なのか。

 もしかしてガンさんも、私と同じ様に体のどこかを魔道具で補ってる?


「るっせえなぁ。ガン、早く黙らせろよ」

「ギルマスが早く来ねえのが悪いんだろうが。こいつが俺の事毛嫌いしてんの知ってんだろ」

「ったく、面倒くせえ。何でうちの支部はこう面倒くせえ奴が多いんだ」

「後で職員のねーさん方にちくっとこ」

「いやー、うちの支部は優秀な人間が多くて何時も助かるなぁー!!」


 そこでギルマスさんが気怠そうにやって来たけど、ガンさんの言葉で背を伸ばした。

 面倒なのか優秀なのかどっちなんだろう。取り敢えず私はちょっと陰に隠れよう。

 ギルマスさんは偉い人らしいから、出来るだけ見つからない様に。


「んで、おい見習い小僧。俺は言ったよな。あの嬢ちゃんに絶対絡むなって」

「いや、でも、それは・・・!」

「それはも何もねえんだよ。てめえは黙ったよな。俺がつっかかって行くなよって行った時」

「だ、だって・・・」

「言い訳してんじゃねえ! 文句が有るならあそこで黙らずに俺に言いやがれ! ガンの言う通りだろうが! そんなんだから見習いなんだよ!」

「うっ、ぐ、くそっ・・・! ガンのクソ野郎!!」

「だから、何でそこで俺なんだよ・・・はぁ」


 ギルマスさんに部屋が震えるほどの大声で怒鳴られ、彼は涙目になって走り去っていった。

 ガンさんは何故か最後に文句を言われ、疲れた顔で溜息を吐いている。


「ガンがガキの頃から傭兵なのが気に食わねえんだろうが・・・ったく、あいつは」

「まー俺、実際本来の『傭兵』としての実力の低さは理解してるけどな」

「ガンが傭兵として基準満たしてなかったら、他の連中も大半満たしてねえよ」

「お褒めの言葉どーも・・・あれ、グロリア。グロリアー? 何処いったー?」


 こそこそと陰に隠れていると、ガンさんに呼ばれてしまった。

 どうしよう。出て行かないといけないと思う。けどギルマスさんに見つかりたくない。


『どうしたグロリア。行かないのか?』

「ギルマスさんが、居なくなったら、出て行き、ます」

『・・・ギルマスが怖いのか? 今更?』

「怖くは、ない、です。ただ、偉い人には、会いたくない、です」

『あー・・・グロリアの身の上を考えれば、そう考えても仕方ないか。だがギルマスは偉いかもしれないが、おそらくグロリアの思う『偉い』とは別の意味だと思うぞ。出て大丈夫だ』


 そう、なんだ。偉いにも別の意味が有るんだ。そっか。

 ガライドがそう言うなら、多分大丈夫なんだろう。

 そう思いながらも、恐る恐る顔を出す。


「あ、居た。どうしたグロリア、何で受付の陰に隠れてんだよ。ああいう奴は苦手だったか? ごめんな、止めに来るの遅くて。全部ギルマスのせいだから許してくれ」

「おいガン。さらっと全部俺のせいにするな」

「・・・あの人は、別に何とも、思ってない、です。ギルマスさん、から、隠れて、ました」

「俺!? 何で!? 俺なんかしたか!?」

「ギルマスはちょっと気遣いが足りねー所が在るからなー。会うの嫌にもなるよなぁー」


 ギルマスさんが何かをした訳じゃない。嫌な事はされてない。

 ただ嫌な事をされるのが嫌で、私が勝手に逃げただけだ。


「ち、ちが、ちがい、ます。ギルマス、さんは、偉い人、だから」

「ん? まあ、ギルマスは一応偉い人だけど・・・」

「他人に『一応』ってつけられると若干不快だな。だが何故偉いと隠れるんだ?」

「・・・偉い人、は、私を、殴り、ます。蹴り、ます。首を絞め、ます」

「「「「「っ!?」」」」」


 何故か部屋の音が消えた。さっきまでそれなりにざわざわしてたのに。

 その変化に思わずキョロキョロしてしまい、説明が途中で止まってしまった。

 いけないと思い慌てて口を開いて説明を続ける。


「・・・それに、首に―――――」


 言いかけて、奴隷の事は黙っておくようにと、ガライドに言われていた事を思い出す。

 奴隷の首輪の事は話せない。危ない。でもなんて説明しよう。困って思わず視線を彷徨わせる。


「――――え、ええと」

「もう良い。すまん、もう良い。今は良い。聞いた俺が悪かった。もう、良いんだ」

「そう、ですか」

「ああ。嫌な事を話させて、悪かったな。この通りだ」

「大丈夫、です。気にしてない、です」

「そうか・・・ありがとう」


 どうしようと悩んでいたら、ギルマスさんが頭を下げて止めて来た。

 別にギルマスさんは何も悪くないと思う。私が言う事が出来ないだけだし。

 でもガライドの言う通りだった。ギルマスさんは偉いけど偉い人じゃないんだ。


『・・・帝国の話を聞いた時は不安だったが、この土地は私の常識が通じそうな人間達が住んでいて良かった。それにしてもあの小僧め。どうしてくれようか・・・』

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