月の時代 盞から溢れたもの

 その夜、俺達は飲んで飲んで、げらげらと笑っていた。

「風彦はさ、遅いんだよ。僕がこんなに老い耄れになるまで待たせるなんてさ」

「なんでだよ!華蝶は綺麗だろ」

「まーたー」

 恥ずかしそうに笑う華蝶は子供の頃の顔をしていた。あのはにかんだ少年の頃を思い出して、俺は懐かしい気分になったものだ。

 文学の語り合いもした。「最近の文壇は詰まらないから、二人で新風を巻き起こすんだ」とか豪語して、それからまた飲んで、ふらふらになって華蝶の家に着いて飲んでいた。

「華蝶、俺さ、追い付いたよ。お前に」

「……うん」

「昔みたいにさ、お前と俺とは仲良く出来ると思う」

 俺は、はは、と笑いながら酒精で赤くなった顔で肩を組んで揺さぶる。

 華蝶は俺の肩に凭れ掛かっていた。

「小説は僕達の子供だからさ。沢山産もうね」

「勿論。これから沢山産もう。俺達の小説を」

「……でも、風彦」

「うん?」

 たっぷりとした間を置いて、華蝶が俯いて言った。

「僕達は、結婚出来ないんだよ」

「……当たり前だろ?」

「うん。男同士だからね。華蝶と風彦は結婚出来ないんだよ。婚約破棄だ」

「……嗚呼、子供の頃の遊びか。そんな約束したな」

 華蝶は笑って眼鏡の位置を直し、「ところで、最近の文壇についてだけれど」と話を戻した。

 風の暖かさが気持ち悪く、夜露に濡れた花がしなりとして馨っていた香りを消して、ただの酒気を帯びた熱が満ちていく。そんな夜が更けていくのだった。

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