幼少期 将来の夢

 小学校の卒業文集で、将来の夢を書く所がある。

 俺はそこに『小説家』と書いた。

 華蝶は『天文学者』と書いていたが、俺の将来の夢を見て、不思議そうにしていた。

「風彦ちゃん、なんで小説家なの? 風彦ちゃんは野球もサッカーも上手だし、スポーツ選手になれるよ?」

「俺は作文で花丸をよく取るから、なんでも出来るんだ。華蝶こそ、なんで天文学者なんだ?」

 俺と言ったら、その程度の自信で小説家になる、と豪語していた。確かに図書室には出入りしていたし、本も沢山読んでいた。だが、そのどれもが児童文学なのは気が付かない程度に子供だった。

 華蝶は照れた笑顔を見せて、背伸びして耳元で囁いた。

「新しい星を見付けたいんだよ。新しい星を見付けた人の自由に名前が付けられるんだって。だから、僕は新しい星に風彦ちゃんの名前を付けるの」

「俺の名前? 華蝶の名前で良いじゃないか」

「ううん。風彦ちゃんの名前。だって、僕は赤ちゃん作れないから。新しい星が僕達の赤ちゃんなんだよ」

 でも、と華蝶は卒業文集に色鮮やかなペンで落書きしながら 、こう言った。

「小説も、僕達の赤ちゃんになるかな。僕は風彦ちゃんと同じ事したいな」

 ぞわ、と背筋が粟立った事を覚えている。何故かは知らない。華蝶がなんでも俺の真似をする事は知っていたが、その時ばかりは何故か知らぬ怖気がした。

「華蝶は……小説家になったら駄目だよ」

「なんで?」

「なんでも」

 ふーん、と相槌を打って、華蝶はピンクの水性ペンで蝶を描いて、櫻月華蝶とサインをしていた。

「僕が小説家になったら、価値が出るよ。取っておいてね」

 俺の否定を気にも止めず、華蝶は莞爾と笑ったのだった。それは小説家になる、と決めた意思表示だった。

 どんな時でも俺の言う事を聞く華蝶。

 それが、崩れ始めたのはこれが切欠だったのかもしれない。

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