第14話 全てはお肉のために




「お肉食べたいッ!」


 カタカタ、と。

 いつものように静かで無機質だった朝食の時間に、ミリアの叫び声が響き渡った。

 勢いよく立ち上がった反動で、ガタンと椅子が大きな音を立てて倒れ込む。

 その余波で喉に物を詰まらせたレオンは恨みがましそうにミリアを睨んだ。


「ぎゅ、ぎゅうに大声出ずんじゃねえよ……」

「だ、大丈夫? レオン君」

「うっ、けほっ、けほっ」

「死ぬな! レオン!」

「っ! ……ふん!」

「えぇ……」


 どれだけ嫌っているんだ。

 苦しそうにしながらも顔をしかめてそっぽを向くレオンに、隠しきれないショックを受けたオウルが小さく肩を落とす。

 間に挟まれ、あたふたと慌て混乱するミーシャの目元には薄らと涙が出始めている。

 まさに、世は阿鼻叫喚時代。

 その時代に、終止符を打ったのは――他でもない『光の妖精達』のリーダーであるミリアだった。


「ねぇ、皆聞いて!」


 ダンッ、と叩かれたテーブルが大きな悲鳴で助けを求める。

 ミリアの声は妙に鋭さを持っており、瞳はギラギラと鈍く輝いている。

 小さく溜息を吐いたオウルは、ミーシャに目線だけでレオンの介抱を頼むとその目を呆れたモノに変えてからミリアに話しかけた。


「急にどうしたよ」

「お肉食べたい」

「……肉なら一週間前に食べたじゃん」

「一週間前しかお肉食べてないじゃん!」


 肉に飢えたミリアが、打てば響くように叫んで食いかかる。

 だが、語調の荒い反論を受けたオウルは、曲げた指先を顎の先端に添えると、どこか得心がいったような顔で小刻みに頷いた。


(一週間前しか肉を食べてない、か……)


 言われてみれば、そうかもしれない。

 よくよく思い返してみれば、近頃は肉を食べる機会が滅法なくなっていたことにオウルは気付いた。

 元々、この街の市場や店に並んでいる肉は、どれもこれも価格が高めであることがほとんどだ。

 ヒルグリフの近辺では動物を飼っているような村落が少なく、大体はヒルグリフに並ぶ八大都市が一つである商業都市『マ・ルッセル』から仕入れてきたモノで占められている。

 その上、ギルドの勧告によってマギラの森へ行けなくなったことで、動物や魔物を狩りに行くのも難しくなってしまった。

 それが恐らく、ミリアの爆発に繋がってしまったのだろう。

 オウルは遠い目をしながら、そう結論付けていた。


(だからと言って今すぐどうにかできるわけじゃあないんだけどなぁ)


 ふと視線を下ろした先に、すっかりと冷めた茹で野菜の皿。

 その内の一つであるキャベツへ、気怠そうにフォークを突き立てたオウルは、それを口の中へ押し込んでからクニャリと噛み締めた。


(んまぁ、ミリアにしてはよく我慢した方じゃないか?)


 噛めば噛むほど柔らかさを増す茹でキャベツは、ほんのりとした甘みが残っていて、優しく瑞々しい舌触りで口の中を滑っていく。

 大きかったそれをゆっくりと噛みちぎり、一つ一つを味わうように飲み込んでいく――ちょうどその時だった。




「そうだ! マギラの森に行こう!」

「っ!? ふぐっ、ぷぁあ!」

「オウルさん!?」




 不意にカッと目を開いたミリアは、「名案を思い付いた」と言わんばかりに手を叩いてそう言い放った。

 レオンの背中を擦っていた手を止め、目を白黒させながらミーシャが声を上げる。

 そんな少女達を横目に、辛そうな面持ちで咳き込んだオウルは、ポロポロと透明に近い黄色の破片を口から散らすようにこぼしていた。

 無論、落ちた先は全て手の上だったが。


「うわっ、オウル汚い!」

「おま、ぐっ、こほっ、誰のせいだと思ってんの!?」

「うっ、けほっ、や、やべぇ、喉が……けほっ、み、みず……」

「え、あ、えっと、えっと、えっと」


 おぞましいモノでも見たかのように顔を引きらせるミリアへ、嫌らしい笑みを浮かべて破片や何やらでベタベタに汚れた手を気持ち悪くうごめかせながら這いよるオウル。

 まるでおぼれた人がわらを掴むが如く、プルプルと震える手でコップを掴んだレオンは、顔を苦しみによって小さく歪めている。

 そんな突如として、魑魅魍魎ちみもうりょうが飛び交っているかのような空間に放り込まれてしまったミーシャは、困惑していた。


「いやっ、ちょ、来ないでよ! キモイキモイキモイキモイ!?」

「へっへっへ、覚悟するんだなァ。ミリアちゃんよォ」

(ど、どうしよう……)

「ぐっ、こほっ、悪い、水もらうぞ、けほっ」

「え? あ、うん……」


 なんだか、仲間外れにされているような気がする。

 むさぼるように水を飲むレオンは必死だし、追い詰められたミリアはオウルの顔面へ容赦のない一撃をぶち込んでいる。

 その光景を見て、妙な孤独感を抱いたミーシャは、ただ一人。

 ヒルグリフの隅に住んでいるとは思えない騒がし過ぎる雰囲気の中で、黒くどんよりとしたオーラと共にガックリと肩を落とした。




 ☆☆☆




「よし、じゃあマギラの森に行くわよ!」


 何とか無事に朝食を済ませ、皿洗いまでも終わらせた『光の妖精達』のメンバー達に向かって、ミリアが声高らかに宣言した。


「それ、冗談じゃなかったのか」


 足を組み、頬杖を突きながら水を飲んでいたオウルが呆れた声色で呟く。

 しかし、その呟きを聞き取ったミリアは、すかさずにオウルのことを睨みつけた。


「当ったり前でしょーが! 私は今すぐにでもお肉をいっぱい食べたいの!」

「でも、ミリアちゃん。今はまだマギラの森には入れないって……」

「えっ」

「えっ?」


 恐る恐るといった調子で述べられたミーシャの意見に、ミリアが素っ頓狂な声を出した。

 ミリアとミーシャが顔を見合わせる。

 一瞬にして訪れた沈黙は、部屋中の空気を少しばかり支配して。


「そういえばそうだった!」

「あ、こいつアホの子だ」

「どらっせい!」

「あばっしゃあ!?」


 余計な言葉を滑らせたオウルの腹へ、手加減のない鉄拳が叩き込まれた。

 腹の中心と脇腹の間を打ち抜かれ、悲鳴を上げたオウルが痛みに悶えて地べたを転がる。

 しかし、その姿にフンと鼻を鳴らしたミリアは、すぐさま強気だった目尻を落とすと、すがりつくようにミーシャへ向き直った。


「ど、どうしよう!?」

「わ、私に聞かれても……」

「レオン!」

「俺!? 俺だって知らねーよ!」


 ミーシャは戸惑い、突然話を振られたレオンが声を荒げる。

 困惑気味の表情から一転。

 即答される、とは微塵みじんにも考えていなかったミリアは、不満そうに頬を膨らませて口をくちばしのように突き出した。


「もう、何よ。みんなお肉食べたくないの?」

「私もお肉が食べれるなら食べたいけど……」

「……最近狩りに行く時間もねえからしょうがないだろ。明日だってまた依頼の仕事があるし」

「そうだけどさぁ……」


 不満そうな表情のままに、ミリアが口ごもる。

 いつもミリア達が肉の入手元としていたのは他でもない、マギラの森だった。

 深い場所には魔物しかいないが、比較的外側に近い場所であればウサギや猪といった動物が出没する。

 収入の少ない低クラスのクランとして活動している『光の妖精達』。

 そのメンバーであるミリア達が肉に手を出せていたのは、そこで狩りをしていたからだった。


「うーん……」


 珍しく、首を傾げたミリアは頭いっぱいに思考を巡らす。


「……みんなのお金を使えばお肉買えるかな?」

「……え゛?」


 考えに考えが重なる。

 あまりにも働き過ぎたせいなのか、勢いよく蒸気が噴き出ているかのように頭が熱い。

 と、そこまでミリアは頭脳を酷使して、


「まあ、待て。もちつけ」

「んえ?」


 待ったを掛けられ、思考を止めたミリアが声のした方を見る。

 そこには、片手を突き出しつつおもむろに立ち上がるオウルの姿があった。

 オウルは突き出した手をテーブルの上に乗せ、残った片手で腹部を抑えながら立つと、フッと目を丸くしたミリアへ笑いかけた。


「そんなにマギラの森に行きたいなら俺に良い考えがある」

「えっ!?」

「ホント!?」

「……大丈夫なのか、それ」

「大丈夫だ。問題ない」

「っ、ふん!」

「えぇ……」


 まさか、反応されるとは思っていなかったらしい。

 少し丸くなった素振りはあったものの、取って付けたように顔を背けたレオンは、やはりどこか不満そうにも見えた。


(さてさて、その意地っ張りはどこまで持つかねぇ)


 呆れを通り越し、感心したオウルの口から思わず「へぇ」という言葉がこぼれる。

 そうしていつまでも案を切り出さないオウルに、業を煮やしたミリアがグイっと近づいた。


「ねえ、オウルオウル。早く教えてよ」

「わかったわかった。わかったから少し離れような?」


 迫ったミリアを押し返し、溜息を吐く。

 不安げに見つめるミーシャと、胡散臭いものでも見るかのような目をしたレオンの姿が横目に映った。

 だからこそ、瞳を無駄にキラキラと期待に輝かせているミリアへ見せつける形で、オウルはピンッと人差し指を立てるのだった。



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