九日目


九日目


 この世界、人間よりオークの方が文明人なのでは?


 異世界生活九日目……たぶん。


 たぶんというのは、あれからどれだけ時間が経ったのか、ちょっと自分でもわからないからだ。

 時計もスマホも壊れてしまったからね。


 ええっと、結果から言うとオーク……いやオークさんは私を食べるどころか助けてくれた。


 今にも死にそうな私がよほど哀れに見えたのか、自分の住処というか集落に連れ帰って寝床と温かい食べ物をわけてくれたんだ。


 もしかしたら奴隷かペットみたいな感覚なのかもしれないが、今のところ拘束はされていない。

 まあ、まだ逃げるような体力もないんだけれど。


 意外と言ったら失礼なんだろうけれど、オークさんの集落には簡素だけど建物が並んでいた。

 床は土間だけど壁や屋根は木製で、隙間風もほとんど入ってこない。


 これはつまり彼らには測量の知識があるということだ。

 長さを揃えて木材を加工する技術があって、それを組み立てる精密さも兼ね備えている。文字らしきものは見当たらないけど、少なくとも数の概念は持っているはずだ。


 それと、出してもらえた食べ物はおかゆみたいなスープだった。

 入ってるのは穀物じゃなくて長芋みたいなものかな? 外の様子はちらっとしか見えなかったけど、オークさんたちは焼いた肉を食べてるようだった。

 つまり、このおかゆみたいなものは私のためにわざわざ用意してくれたものみたいだ。


 どろっとしてて味もよくわからなかったけど、この世界に来て初めて温かいものを口にした。


 ひと口食べたら、なんだかよくわからないけど涙が出てきて、しばらく声を上げてわんわん泣いてた。

 よく考えたら酷い目にばかり遭っていたのに私一度も泣いてなかったんだ。これを読んでいる君、どうか褒めておくれ。


 オークさんはそんな私を嫌がるでもなく、黙って傍にいてくれた。


 怖がってごめんなさい。


 集落には他にもオークさんがいた。数はそんなに多くなさそう。

 せいぜい二、三十人くらいじゃないかな。小さい子供オークとかが不思議そうにこっちを覗き込んできたりしてた。あいにくとまだメガネも使えそうにないんで、人相とかは見分けが付かないけれども。


 たぶん今もひどい臭いがしてるんだろうけど、もう鼻が麻痺してるのか臭いは気にならなくなっていたよ。

 でなければご飯なんて食べてられなかっただろう。


 私を助けてくれたオークさんは、隻眼であちこち古傷だらけの個体だった。

 歴戦の勇士というか、集落のオークたちからも頼りにされているように見えた。壁には大きな肩当てや胸当てみたいな鎧が掛けてあって、どうやらここのオークさんが身に着けるもののようだ。


 ちなみにオークさんはオス……いや男の人? ちょっとどういう表現が適切なのかわからないけれど、男性型のオークさんだ。


 よし、このオークさんはオークのアニキ――オークニキと呼ぼう。


 それと、オークさんにはオークさんの言葉があるみたいだった。

 もちろん私には理解できないけれど、ジェスチャーである程度はコミュニケーションが取れることがわかった。


 食べ物を出されたときは口を開けて掻き込むような仕草をしたし、あと手の平を突き出してきたのは「ここから出るな」ってことなんだと思う。

 頷くは肯定。首を横に振るのは否定。この辺りも国によっては逆の意味だったりするって話だから、ここで通じたのはすごくありがたい。


 否定と肯定の意思表示が伝わるだけで人間扱いしてもらえてる実感がすごかった。

 まあ、変な虫とか草とかすりつぶした得たいの知れないもの(たぶん薬)を食べさせられたときは全力で嫌がっても聞いてもらえなかったけれど。


 そうそう。夜になったら集落の広場で火が焚かれていたよ。


 建物の中にいても温かいのが伝わってきたし、灯りのある夜はなんだか凄く安心できた。


 異世界生活九日目。これからどうなるのかわからないけれど、私はもう少しだけ生きていられそうだ。

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