第44話 1歳半編⑨

 ゴトゴト、ゴトゴト、僕は馬車に揺られています。馬車は全部で3台。雇い主のパパラテ商会の馬車が2台と、僕ら宵の明星の借りてる馬車が1台。

 もともとミモザへ行くために、道中でできそうな討伐系の依頼や採取系の依頼を受けるつもりで、僕もいるし、荷物も増えるから、パーティ用に馬車を借りてたんだけどね。

 今回は、特別依頼という形で護衛を受けたから、本当なら僕らの馬車は返しても良かったけどさ。どうもミモザへ行った後を考えると、次が借りられるか怪しい、てことで、荷物も積んでたし、そのまま借りておくことになったんだ。

 一応、表向きはそういうこと。でも、本音は、荷物移動が面倒くさい、だと、僕は思うな。


 出発は、お昼を食べた後、町の出入り口で集合。

 僕らだけなら、とっくに出れたけど、それなりの人と荷物がある依頼主さんは、そうはいかなくて、これでも、超特急の集合だったんだ。


 もちろん、護衛ということなので、僕らが固まって馬車に乗るわけにはいかない。僕をのぞいて(グスン)2人ずつ分乗することに。

 基本は、ママとアンナおばさん、ミランダさんとラッセイ君、ゴーダンのおっさんとヨシュアさんがペアになって、3つの馬車を順繰りに移動する。

 僕?僕は特別任務をリーダーから命じられた。ミンク嬢の護衛、という名のお守りです。ミンク嬢は、5歳。1歳半の僕がお守りするの?

 おーヨチヨチでちゅよー、とか、言われてこねくり回されてる僕。

 それを微笑ましく見守る大人たち。

 ママも、なんだか嬉しそうに見てる。

 ママが嬉しそうだからいいのかな?

 でも、なんだか人間の尊厳が崩れていく気がして切ない。

 コレも仕事、仕事と割り切って乗り切るんだ、僕!

 半分魂が抜けてるような僕へと、面白がってる奴、若干1名。

 ゴーダンのおっさん、絶対泣かせちゃる!

 そう、心を奮い立たせて、なんとか泣かずに頑張ってるよ。

 仕事って、本当にたいへんだ、と、しみじみ感じる今日このごろ・・・


 ミモザまでは、街道沿いに1週間ほどの道程なんだって。僕らだけなら、討伐とかしつつでも、そのぐらいの時間で行けるけど、商人の護衛しつつだと、街道をそれずに同じくらいはかかるらしい。速度も違うけど、何より休憩を多く取る必要があるから、とのこと。荷物も多いから、馬車を引くシューバも休ませなきゃならないし、そもそも一般人と冒険者じゃ基礎体力がちがう。

 え?僕、赤ん坊レベルでは体力あるけど、一般人の大人と比べると自信ないなぁ、ていうと、おまえぐらい担いで移動できるわ、だって。カウントされてないんだね、僕・・・

 ちなみにママは、アンナおばさんがうまく鍛えて、そこらへんの低ランク冒険者より、よっぽど体力つけてる、らしい。そりゃそうか。僕を抱いて、森を一人で抜けるんだもんね。かわいいだけじゃない、すごい人なのです。


 休憩は、街道沿いにいくつもポイントがあって、まさに前世の道の駅を彷彿とさせます。もしくは、ドライブイン?

 馬車止めがあって、井戸や水場もあったり、場所によっては、屋台みたいな簡易売店があるところも。

 街道といっても、広いところで、やっと馬車がすれ違える程度。街道を外れれば、即、森。なので、好き勝手に馬車を止めて休憩されると、他の旅人に迷惑。だもんで、止まってもOKなポイントが自然に決まり、そこが徐々に広げられていって、現在のような形になったんだって。

 もちろん、街道をハズれて、森を進むルートもあり。そうすると、好き勝手に移動できるけど、馬車は入れない。まぁゴーダンのおっさんや僕なら、土魔法で森の中に道を作りながら馬車でも進むことはできるだろうけど、さすがにそれをやると、各方面から怒られるだろうから、やらないよ、たぶん。


 こんな感じでノンビリ旅をしているんだけど、すごいことがありました。

 実は、さっきの休憩の時。

 僕は、ミンク嬢のハグを逃れて、シューバの所へ行ったんだ。馬車の中では、ずっとべったりされて、さすがに疲れてたし、とにかく、ミンク嬢から離れたかったんだ。

 何回かの休憩で、ミンク嬢はシューバを怖がってるのが分かって、シューバの側に行けば、ついて来ないことに気づいた僕は、休憩になるやいなや、安全地帯に逃げ込んだ、てこと。 

 僕?僕にとってシューバは勝手知ったる同居人。生まれたときから、ずっと同じ部屋にいたんだから、落ち着きこそすれ、怖い訳がない。

 「シューバさん、ここに匿ってね。」

 僕は、シューバを驚かせないように、言葉をかけながら、身体を休めているシューバのお腹にもたれかかったよ。

 その時

 「かわいい人間の坊や。お疲れさん。お腹の上で寝てもいいよ。」

 そんなような感情が、流れ込んできたんだ!

 ゴーダンのおっさんと話すときや、ママたちと精霊様として、話すときのような念話とは違い、むしろ、人の心が流れ込んできたりするときの感じに近いんだけど、それよりはもっと、僕とお話ししようとする意識が強い、て、感じ?

 僕は、びっくりして、その感情の出所=シューバを見つめた。

 「おや?言ってることが分かる?いつもは一方通行なんだけどね。坊や、私の言うこと分かるなら頷いてみて。」

 僕は、頷いた。

 「これはすごい。人間は鈍いから、話ができなくてイライラする事もあったけど、坊やは違うみたいで嬉しいよ。」

 「シューバさんは、人の言葉が分かるの?」

 「言葉?口から発してる音はわからないけどね。思ってることは、触れていれば、ある程度分かるよ。」

 「すごい!知らなかったよ、僕。あのねもシューバさん、馬車をひかせてごめんね。しんどくない?」

 「いや、楽しいよ。ひどい扱いをされてる仲間もいるけど、私は愛されてるからね。役に立ってると思えるのは幸せなことだよ。」

 「そっか~。良かったね。」

 「それより坊や、私のおなかの上で寝ないかい?すごく疲れてるみたいだよ。」

 「うん、じゃあお言葉に甘えて・・・」


 次に気が付くと、ママの腕の中だった。もう馬車は出発していて、僕は、パーティがレンタルした馬車の中で、ママに抱かれていた。


 「あ、ダー君起きた。」

  ママが笑った。この中はママと二人。久しぶりに二人っきりになれた気がする。ママとペアのアンナおばさんが御者をしてるのだろうか?

 そんな風に思っていたら、寝る前の事を思い出した。あれはもしかして夢?それにしてはリアルだった。本当だったら、僕、シューバと、いやもしかしたら色んな動物と、おしゃべりできるんじゃない?これってすごいよね?

 「ママ、どうちて、ここにいるの?」

 「ダー君、おねんねしてる間に馬車、出発したからね。お姉ちゃんの護衛、疲れたね。えらかったよ。」

 僕は、破顔する。ママに褒められた!


 「ダー、起きたのかい?もう少し寝かせておいた方がよくないかい?」

 御者台からアンナおばさんの声がした。

 僕は、声がした方へ、ママと一緒に身を乗り出した。

 「目が覚めちゃった。ねぇそっち行っていい?」

 「いいけど、気をつけな。」

 僕はゴソゴソと荷台から御者台に移った。ママもついて来る。御者台は大人が二人、ゆったりと座れるので、僕ら3人でも別に狭くない。今まで、ずっと依頼主さんの、人が乗る用の馬車にいたので、御者台から見る景色はサイコーだ。森の薫りも、隠れ家の所と同じで落ち着く。

 僕は、そんな風に思いながら、アレを試したいなぁ、と、アンナおばさんを盗み見た。

 「なんだい?」

 彼女は本当に勘がいい。僕が言い出すのをためらってることに、すぐ気付く。

 「あのね、シューバ、乗りたいな、て・・・」

 アンナおばさんの驚いた顔。同時に(驚いた!この子が何かやりたい、て言うのはじめてじゃないかい?)と、心の声が漏れ聞こえる。うん、これだ。シューバと話す感覚は、やっぱりコレに似ているんだ。

 アンナおばさんは、珍しく逡巡している。僕の望みを叶えたいという気持ちと危ないという気持ちがせめぎ合ってるみたい。

 「ミミが、いいっていったらね。」

 ダメ、というと思った?そんなわけないじゃない。ママは僕を否定しないよ?

 僕はママを見る。

 「いいよ。でも気をつけてね。」

 ほらね。

 アンナおばさん、ちょっと苦い顔をしたが、諦めたのか、僕をひょいと抱き上げ、優しくシューバの背に乗せてくれた。


 (こんにちは、シューバさん。)

 (お、来たね。坊やが、こっちの気持ちがわかるって聞いて、待ってたよ。)

 (本当?嬉しい!)

 (お願いあるんだけど、いいかな?)

 (なあに?)

 (ごはんなんだけどね。パサパサで食欲出ないんだ。私はお婆さんだからね、パサパサの草は飲み込みにくくてねぇ。)

 (そうだったんだ。なんとかならないか聞いてみる。)

 (ありがたい。坊やもお願いあれば、言いなね。)

 (わかった。ねぇ、他のシューバさんも、パサパサはイヤなのかな?)

 (どうだろね。味にもよるだろうけど、ね。私も若いうちは、全然気にならなかったし。)

 (そっか~)


 僕じゃ、エサの種類とかわからないしなぁ。どうしよう。シューバのエサやったことある人・・・て、そこにいるじゃん。

 僕は振り返った。ママはにっこり微笑んでくれる。アンナおばさんは、僕を再びヒョイと抱き上げると、ママの膝の上に乗せた。


 「楽しかった?」

 優しくママが聞く。

 うん、と、僕。

 「ねえ、シューバのごはん、何か知ってる?」

 「ごはん?」

 「うん。一緒に住んでたとき、違うごはんだったね。」

 「覚えてるの?」

 「うん。」

 「ダー君は賢いね~。」

 ママは、頭を撫でてくれる。

 そんな様子を見て、アンナおばさんが聞いてきた。

 「シューバの飼料に問題あるのかい?」

 うーん、本当のこと言う?これって常識内?

 逡巡してる僕を思慮深い目で見るアンナ。

 と、視線を外して、前の馬車に声をかけた。


 「ゴーダン!ちょいとこっちへ来れるかい?」

 

 聞いたおっさん。横にいたヨシュアさんに何事か指示を出し、ひらりと前の馬車の荷台から、こっちの御者台を飛び越え、後ろの荷台に移る。

 アンナと何かアイコンタクト。

 おっさんは、あろうことか、ママの頭越しに手を伸ばすと、僕の襟首を掴んで引っ張り上げた。そのまま、荷台にあぐらをかいて座り、ママがお乳をくれるときみたいな態勢に僕を半分寝かせた。


 そのまま、すぐに念話で話しかけてきたおっさん。

 (今度は何やらかした?)

 失礼な!僕がいつやらかした?

 (わかるか?今は護衛、仕事中だ。やって良いことと悪いことがあるぞ。)

 (だから、何もやってないって!)

 (だったら何で俺はアンナに呼ばれた?その直前、垂れ流してた魔力はなんだ?)

 げ、バレるレベルの魔力出てた?接触した念話なら、魔力漏れなくなってたんだけど・・・

 (バレると思ってなかったってか?おまえなぁ、いい加減、自分の魔力ダダ漏れだって気付け。で?なんか問題起こったのか?怒らんから言ってみ。)

 いや、もう怒ってるじゃん。でも、まぁ問題解決にはおっさんに頼むしかないか。

 (問題、ていうか、シューバのごはんなんだけど・・・)

 (はあ?)

 (アレって、変えられるの?)

 (何言ってんだ?さすがに追っ付かないぞ。)

 (この馬車引いてる子がね、自分はお婆さんだから、パサパサのごはんじゃ、食欲出ないんだって。)

 (・・・誰がそんなこと言ってた?)

 (本人?本シューバ?だけど?)

 (・・・シューバと話せるのか?)

 (念話とちょっと違うみたいだけどね。なんか触ると、お互い気持ちが通じるというか?)

 ゴーダン、なぜか、コメカミを押さえてる。そのまま天を仰いで、しばらく固まった。

 「そうだな、そうだ。ダーだからな。そういうのも有りだな。いまさら、だしな。うん。受け入れよう。受け入れるぞ俺は。」

 ブツブツと、なんか失礼な事を、声を出してつぶやいてる。

 ひとしきりつぶやくと、大きな手で僕の頭を覆う。その手を乱暴に動かし(本人は撫でてるつもり)、僕の頭はグルングルンと揺すられる。

 だから、それ、痛いんだって!


 「飼料は考える。お前は、餌のことは口にするな、いいな。それと、シューバと話せる話、絶対に他にするなよ。パーティメンバーには俺から言う。わかったな!」

 ひぇー怖いって。動物と話せるのは、この世界でも常識じゃない、了解、理解した!だから、そんな怖い顔しないでよ。僕、泣いちゃうよ。

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