第41話 1歳半編⑥
ここトレネーの領主はワーレン伯爵だ。一番偉いのが伯爵、という段階で国にとっては、まぁさほど重要な領地ではないというのはおわかりだろうか?
軍事的拠点だと辺境伯、経済的や地理的拠点なら侯爵、もっとおいしいところは公爵といった、もっと位の高いところを、領地としてもらうからね。
とは言っても、ワーレン伯爵は、温厚かつやり手だった。自然豊かで地産地消だったトレネーを、農産物やその加工品を名産とすることで、豊かにした。おかげで基本的には温厚で朴訥とした領民性とでもいうものが、形成されてる。
領地自体はほとんどが森。森に隠れる形で多くの村や町がつくられる。これらの町レベルの大きな集落には伯爵の部下が代官として勤める。この代官は基本的には、貴族がなる。主に子爵だが、その下の位の男爵が治める町もある。
代官というものの、実質的にその町の経営は、代官に丸投げなので、税も法も代官次第といえる。なので庶民が、お領主様というと、領都でもない限り、この代官を務める貴族を差す。
ちなみに、代官は規定の税を領主に納めなければならないし、領としての方針=領主命令は絶対である。領主の意向に反せば、当然お役ごめんとなる。
これのもう一つ上のフェーズが、国と領の関係といえるだろう。国王が、各地を領主に任せ、領主が代官に任せる。任命権は、任せた者にあるから、剥奪権も同様にある。
何を長々と説明したかというと、ミランダさんの情報収集について、理解を深めるためなんだけどね。
ミランダさんは、ある貴族のメイドとして、潜り込んでいた。その貴族は領の貴族の人事権を握る人物なんだって。ほら、町や村の数なんて限りがあるでしょ?基本的には代官は町に住んで近隣の村々も込みで統治するんだけど、この人代官に相応しくないな、と思ったら、人事異動もあるわけ。
貴族の人事だけど、一番偉いのは領主。そして領主の内政外政を補佐する人=大臣。次は前世でいうところの公務員の役割をする人。一応代官はこの下とみなされる。まあやりようによっては、代官の方がおいしいので、公務員より代官を狙う人も多いし、大臣と代官両方を兼ねて、一族で栄えてる貴族もいる。
ミランダさんは、そんな貴族の中でも人事の上の位の要職につく貴族のメイドさん。こういうところは、自分を売り込むために人の出入りも多いし、他人の悪口を言って足を引っ張ろうとする人も集まってくる。貴族の情報収集の強い味方=パーティをよく開き、自然と情報が集まりそうな貴族をチェックして潜り込んだらしいよ。
そうすると出るわ出るわ。
位の高い人も、低い人も、あることないこと噂はいっぱい。
誰と誰が浮気した、どこそこの子は優秀らしい。どこそこの娘は、ブサイクで頭デッカチ。○○子爵は△△男爵と手をむすんだ。なんてのはまだマシ。□□子爵の奥方は落としたハンカチで手を拭いた。◇◇男爵は犬好きだ。なんて、どうでもいい噂もいっぱい。
ミランダさんは、接客をしながら噂を聞き、また使用人ネットワークで、貴族の裏の顔を覗いてるんだ。
そこで集まったのは、評判の悪いワーストスリーの貴族がいるというのが大きいかな?
その名もザンギ子爵、ラザワンド子爵、ミサリタノボア子爵。うん。知った名が2つもあるね?
ザンギ子爵。この名が出る段階で、ヨシュアさん情報網のアナ発見!だね。
ヨシュアさん、自分がノーマークだから小物、みたいな扱いだけど、しっかり評判悪いビッグ3の一角をしめてる。
どんな人物か?簡単に表現すれば、ねちっこい男。逆恨み含め恨みは忘れない。計算高く、恨まれたら呪われそうというのがメイド評。
できればお近付きになりたくないタイプ。
次にラザワンド子爵。海に面した町の代官。横柄で粗暴。未だに代官やれるのは、海の魔物を討伐できるから、というのが、もっぱらの噂。
ミサリタノボア子爵。言わずとしれたご主人様。プライドの固まり。魔導師嫌い。
え?魔導師嫌い?いっぱい奴隷にしてたよ?
そこがミソらしい。
もともとは辺境伯の生まれだったけど、生まれつき魔力が低く、そうそうに後継ぎ戦線から離脱。ミサリタノボア家に養子となり現在に至る。子どもの頃から周りに魔導師を侍らせ、護衛とするも、魔法が使えたって、自分より格下じゃん?と、矜持を保つためだろうと、もっぱらの噂。特に魔導師の奴隷を好み、奴隷契約の内容として、魔法は、自分の命令したときに、命令した内容のみを使えるという枷をかけるんだって。完全な道具。そうすることで、魔法を上手く使えないという劣等感をごまかすようなひねくれ者。
この噂、本当なんだって。従業員はみんな知ってたから、ゴーダンはタイムリミットを意識してて、急に早まった時は、マジ焦ったみたい。
僕もママも、ブルッとなったよ。
ミランダさんが集めた13年前の噂によると、このワーストスリー筆頭ザンギ子爵の代官、お金の問題で、代官をクビにされそうだったんだって。
ダンシュタ自体はそんなに大きくないし、ついでに治める僕らのいた村やその周辺も貧乏村だ。だから求められる税だって、多くない。にもかかわらず、本人の散財で、その税も納めることができなくなりそうだから。
「貧乏な領地の代官がコロコロ替わるのは普通のこと。そんなところにまわされる代官は、質がよくないのも普通のこと。ザンギ子爵に目がいかないのもやむをえない。」
とは、ヨシュアさんの弁。
いや、責めてないけど、ザンギ子爵のことノーマークだったの、悔しかったんだね。
「13年前の事件の後、溜まっていた税をまとめて納め、その上、惨殺事件のため価値が下がってたナッタジ商会トレネー支店を購入。本人は、その後ほぼこちらで生活しています。よほど田舎暮らしがイヤだったのでしょう。パーティは好きで、しょっちゅうあちこちのパーティに参加していますから、噂にことはかきません。」
ミランダさん、やめたげて!ヨシュアさん、涙目になってるよ。
「領地ダンシュタは、領民の自治に委ねるという形をとっていますが、ナッタジ商会が一番の大店。当然、ここに睨まれたら商売できない、と、実質、カバヤがやりたい放題。商人ギルドとしても、かなり問題視されています。カバヤの商才にも問題あることから、ナッタジ商会自体の評判も下落、と同時にダンシュタ自体も寂れつつある、というのがギルドでの評価です。」
負けじとヨシュアさん、ぶっこむ。
「ミサリタノボア子爵が今望んでるのが代官職。つまりは領地が欲しい。一番の狙い目が、ダンシュタとラザワンド子爵の領地ミモザ。社交界でも、ミサリタノボア子爵の願いが近々叶えられるのでは、と、言われていたらしいのですが、ここ最近、それも否定的になってきました。原因は先日の襲撃事件です。」
「ダーたちがさらわれそうになった事件か。」
いや、おっさん。メインはママでしょ。まあどっちでもいいけど。
どっかの悪い大人に、いたいけな赤ちゃんが囮にされたし?しかも、武器にされたし?
普通の魔力を通す訓練法を知って、僕、ちょっと、てかだいぶ怒ってます。下手したら死んでたよ?痛かったし、気分も最悪だった。一生責めてやる!
「はい。あの事件は未だに社交界の良いネタです。バックのない将来性バツグンの魔導師候補を手に入れられるなら、誰でも欲しいでしょうしね。今は、脱走して所有権もなくしていると、本人は隠していますが、バレてますし。いろんな貴族が血眼になって二人を探していますよ。中には養子にしてもいい、と言ってる、少なくとも表面的には好条件の方もいますが・・・」
もしもしミランダさん?今サラッと怖い情報、挟みませんでした?
僕の顔が青くなったのだろう、隣に座ってた、ゴーダンが、でっかい手で僕の頭をパフパフした。
「心配しなくても、そのための見習い登録だ。この3日で、この町の冒険者には、おまえたちの存在が浸透してる。目ざとい貴族なら、ちゃんと情報渡ってるだろう。誰も、上級冒険者のものにわざわざ手を出さん。」
イシシ、と、ゴーダン。
こういうの見越してたのか?まったくムカつくおっさんだ。いや、感謝はしてるんだけどね?
「しかし、それに同情票ではなく、ミサリタノボア失速の噂か?てことはやっぱり?」
「はい、団長の懸念どおりかと。」
何?まだあるの?
「襲撃事件の依頼者は複数。ワーストスリーは全員その中に入ってます。」
え?ミサリタノボア子爵も?
「やはり、な。14年も待てんわな。」
へ?僕のせい?
「そんな顔するな。ご馳走を前にそんだけのお預けがもつわけないのは、端っから想定してたさ。ホントはミミの成人と同時に二人とも奴隷契約すると踏んでたんだが、予想よりこらえ性なかったてだけだ。それより、しばらく、派手に動くぞ。」
?
「おまえらは、上級冒険者の庇護下にあるって、大々的に宣伝するため、パーティで依頼を受けまくる。ついでに証を見つける。俺としては、これ一択だな。」
ゴーダンの宣言に、大人組は大きく頷いた。
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