第11話 毒と薬

「どうした、さっさと言えよ」

 紳士失格としか言いようのない態度のシチハ。叱りつけたいところだが、挑発に乗ってはいけない。感情のままに話しても鼻で笑われるだけ。

 シーラは暫し思案し、多少まどろっこしくなるが根本原因から話そうと思った。話が長くなろうとも、聞いてくれると言った以上、殺してでも最後まで聞かせる、聞いて貰う。

「あなたが知っているように、この国は今病んでいます。ですが、そうなってしまった原因は支配欲から始まったのでなく、復活する魔王に対抗するためだったのです。

 強大な魔王の脅威に対抗するには人類側が一つになる必要があるとヴィザナミ帝国上層部は思い至り、統合戦争を起こしたのです」

 シチハは、自分の国が焼かれる原因となった侵略戦争の動機を知った。知ったが、憎しみが薄れるわけでもない。

 課程がどうあれ、踏みにじられた結果は変わらないのだ。

「魔王に対抗する強力な軍を組織するため、支配地域の植民地化を進め、富の集中を計りました」

「ヴィザナミ人以外は、犠牲にしてもいいってことか。それとも、人類にヴィザナミ人以外は含まれないって事か」

 大義名分を掲げたあまりに自分勝手な理屈に、シチハは黙って聞いていられなくなった。

「それについては、いい訳が出来ません。

 富の集中は格差社会を拡大させ、貴族は傲り、当初の理念すら失い掛けていく始末。

 こんな国が正しいと私だって思ってません。ですが、もう止められないのです。魔王の脅威という大義名分がある限り、恐怖がある限り、人々は走り続けます。もはや魔王と戦い、生き残った後でなければ変えることが出来ないのです」

「勝ったら、却って調子づくだけだ」

 シチハの言っていることは正しい、シーラにはよく分かる。

 勝って考えを改める奴はいない、負けて初めて考え直すのが人だ。

 それは国も同じ。

 勝てば今の制度が正しかったとこにお墨付きを与えることになってしまい、制度を続けさせてしまう。でも負けてしまえば考え直すチャンスすら無くなるのだ。これは魔王と人類の戦争、負ければ人類に明日はない。

 ヴィザナミ帝国は、いつの間にかゴールのないロッククライミングを始めてしまった。辞めれば落下してしまい、続けても苦しみしかない。

「そんなことはさせません。させてはならないのです。

 その為にも私はあなたを勇者として迎え魔王戦争を勝ち、その功績で皇帝にならなければならないのです」

 自分が皇帝になってゴールを示してやるしかない。シーラは、唯一の希望にシチハの力を貸して欲しいのだ。

「本音が出たな。偽善を並べたって、結局お前も皇帝になりたいだけなんだよっ」

「勘違いしないで下さい。皇帝になるのが目的じゃありません。目的を達成するための手段として皇帝になるのです」

 何と言われようとシーラは其処だけは取り違えて欲しくなかった。

「屁理屈を述べやがって。皇帝に成らなければ出来ない? そんなのやってみなければ、分からねえじゃねえか。

 仮にも十二皇子だろ、権力あるんだろ。理屈を言う前に、行動してみやがれっ」

 言葉だけでシチハの心を動かせるとは思ってなかった。それでも、これだけは見せたくなかった。

 でも、この人は私に心の傷を十分見せてくれた。シーラの首は自分を絞めたシチハの感触を覚えている。

 傷の舐め合いに成るかもしれない、でも心を開いてくるなら、其処から這い上がっていけばいい。

 シーラは覚悟を決めた。

「しました」

 シーラも心の蓋を開いてしまった。もう止まれない。

「なにっ!?」

 今までの静かで理知的な口調と打って変わったシーラの感情的な吐露にシチハは戸惑う。

「私も一度国の改革を唱え戦いました。その結果がこれです」

 シーラは軍服を掴んだかと思うと、一気に胸をはだけさせた。

「お前」

 顕わになる張りのある左乳房の下辺りに、黒く蠢き盛り上がる傷跡があった。なまじ肌が大理石のように白く滑らかなだけに一層に浮き立つ。

「それは?」

「魔術による狙撃です。でも私は生きているだけ運がいいのです。咄嗟に私の盾になってくれたフィアンセは即死しました」

 シーラはまるで自分も一緒に死にたかったように傷を見ている。

「この一撃が、夢見る夢想家だった私をリアリストにしてくれました。

 この国を変えるのは、どんな手を使っても私が皇帝になるしかないのです。

 シチハ、私に力を貸しなさい」

 シーラは自分の全てを曝け出した。後はシチハがどう受け止め、どう答えを出すかのみ。

 シチハのシーラの傷跡を見る目には、憎しみ意外の感情が交じりだしていた。

 シチハは、ただ憎めばいいだけの存在の変貌に戸惑っている。

 分からない。

 黙って座っていればいい生活が出来るお姫様が、どうしてここまでして国を変えようとする。

 善の心を持つお姫様がいるなんて、あるわけない。

 シチハは、7年間描き続けた憎むべき偶像崩壊に右脳と左脳が入れ替わりそうだった。

「それとも、こんな醜い女はお嫌ですか」

 仮面を抜いたシーラは、自分と同じ顔をしていた。

 果たせない復讐。こいつも復讐心で生きている。切っ掛けは貴族のお嬢様の気まぐれだったかもしれないが、今は恋人を奪った帝国に復讐する為に国を変えようとしている。

 同じ復讐というエネルギーを燃やし生きる同類。でも、それを未来に繋げられるシーラと過去に縛られることにしか使えない俺とでは、精製の違う毒と薬。元は同じでも、一方は人の役に立ち、一方は殺すことしかできない。

 シチハは、少しだけシーラを眩しく感じた。

「そんなことはない」

 今まで聞いたことが無いような優しい口調でシチハは囁き、シーラに歩み寄りだした。

「えっ」

 シーラは一瞬シチハが言っている意味が分からなかった。

「お前は俺が見てきたどんな女より綺麗だ。特にここが」

 シチハは、シーラの傷跡を手で優しくさすった。

「ホントですか」

「ヴィザナミ人に、お世辞なんか言わない」

 シチハは開けたシーラの軍服を着せ直していく。

「ありがとう」

 嬉しそうに微笑むシーラの目元は月明かりに輝いていた。

「俺は、お前の進む道を認めるよ。だが、それが俺の進むべき道だとは思えない」

 正直に気持ちを伝えるとシチハは、シーラの頬を拭い一人で歩き出した。

「焦りません。私は、あなたが選んだ道を楽しみにしてます」

「修羅の道を選ぶかもしれないぜ」

「いいえ、あなたがそんな道を選ばないと信じてます」

「何を信じる。俺は、ただ毎日を精一杯刹那的に生きてるだけだぜ」

「いいえ、あなただって今の社会を変えたいと思っているはずです。だから貴族から奪った富を、貧困に喘ぐ人達に配っているのでしょう」

 勇者の力だけじゃ無い。その心根を知りシーラはシチハに懸けたくなったのだ。

「昔憧れた勇者を少し気取っただけだ。国を変えられるなんて思ったことはない」

「大丈夫、いざとなったら私が駆け寄ります。二人で迷えば、いい道に出られますわ」

「信じてねえじゃん」

「待つだけが、信じてることじゃありませんわ。

 さあ、家に帰りましょう、あなた」

 シーラは、走り出しシチハの腕を取った。

「離せコラ、調子に乗るなっ」

 シチハは腕にまとわりつく、シーラを払おうとした。

「あらっ妻なんだから、これくらいは当たり前です」

 シーラは、ただ無性にシチハに甘えたかっただけ。演技のつもりが、少しだけ本気になりかけているのかもしれない。

「妻じゃねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」

 シチハの叫びが帝都の夜に響いていく。

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