第9話 クズの所業

 帝都ソピアフォスの五重の城壁は、内側から第一第二となっていて、中央に行く程身分が高い貴族や金持ちが住んでいる。

 今回は、第三城壁の内側まで入り込み、中級貴族の家を狙っていた。お宝はそんなに無いだろうが、その分警備も手薄、この前の厄落としに狙うには丁度いい。

 とはいえ油断は出来ない。俺の塒にしている第五城壁と違い、この辺りは貴族が住むだけあって治安維持に力が入っている。警邏隊が頻繁に巡廻するだけで無く、不審な者が潜む闇を無くそうと街灯が設置されている。それもガスとか油じゃない電灯だ。歴史の時間に習った旧世代の魔力「電気」が帝都では復活され供給されているのだ。田舎の日の入りと共に闇に包まれる世界とは文明度の桁が違う。

 俺は慎重に月や街灯の死角の闇に溶け込み、警邏をやり過ごしつつ目指す家の塀に辿り着いた。

 塀の高さは俺の手を伸ばしたよりちょい高く中は窺えない程度、こんな伸ばした手よりちょっと高いくらいの塀など俺にとって無いも同然。ジャンプして指の先が塀に掛かれば後はあっさりと乗り越え敷地内に潜入する。

 素早く庭木の影に溶け込み、辺りの気配を探る。

 静かだった、犬の気配すら感じない。

 月明かりに照らし出される屋敷は石造り三階建て、大きさは中の上、中流貴族としては身分不相応な屋敷、情報通り帳簿操作の技術は一級らしい。

 まあ、平たく言えば横領と横流しだ。

 貯め込んだ現金も魅力的だが、物資の横流し先の情報も出来れば手に入れたい。告発して社会正義を成すなんて考えてないぜ。横領品もありがたく頂いてやろうって話だ。

 それにしても犬がいないのはありがたい。情報では三匹いるはずだが、表の方にいるのか? 犬対策はしてあるが、いないのなら気付かれないうちに動こう。

 一気に進入路に予定していた居間の窓に向かった。さっと壁に張り付き中の様子を伺う。

 明かりは消えている。物音もしない。

 左手首に仕込んでおいた人差し指のほどの長さのナイフを取り出した。ナイフと言っても柄の部分は細長い正方形でその先に爪ほどの刃が付いている武器としては非常に扱いにくい形状をしている。しかしそれを補って余りある鉄くらいなら簡単に切断出来る切れ味がある。魔王降臨戦争前の遺跡から発掘したもので超硬セラミック刃とか言うらしいが、俺にとって欠かすことの出来ない仕事の相棒である。

 手早くナイフを窓の留め金部に差し込みクンッと一気に引くと、キンと金属が断ち切れる音が響く。

 鍵を切り落とした窓を開け、窓枠を飛び越え一気に居間に潜入すると、べっとりと何かが足にこびりついた。

「ぐっ」 

 なんだと思ったが、直ぐにそれが血だと分かった。見えなくても分かる、嗅ぎ慣れた血臭が部屋中に充満している。

「これは」

「ようこそ」

 部屋が突然明るくなり、妖然と微笑む女が照らし出された。

 赤のビキニアーマーで退廃に誘う褐色のラインを晒し男の視線を奪い、男を惑わす垂れ気味の瞳で見詰め返してくる。

 歓楽街で声を掛けられれば、ぼったくりと分かっていても付いていってしまうフェロモンを放出しているが、首元ぐらいまで伸ばしたプラチナヘアーから伸びる2本の角が、男の甘い夢を覚まさせる。

 魔人だ。

 部屋が明るくなったのは天井付近に浮遊する光の玉のおかげらしいが、あの女の魔法か?

 そして落ち着いて照らされた部屋の床を見れば、使用人らしき男女が二人転がっている。

 ちっ。

 苛つく。苛つくが今は冷静になれ。

「お前も俺を殺しに来たのか」

 それにしても、シーラといいこうも盗み先を予想されるようでは怪盗は廃業かなと溜息混じりに思った。

「いいえ。私はジョゼ。あなたをスカウトに来たの」

 ジョゼは足下に死体が転がってなければ、抱きつきたくなる腰の媚態を作って誘う。スカウトと言うより娼婦の客引きかと勘違いしそうだ。

「スカウトだと」

 惑わされてはいけないとジョゼのエメラルドの瞳を睨み付けた。

「あなた、ヴィザナミ帝国に恨みがあるんでしょ」

「ああ」

 即答する。

 本当は駆け引きを考えて返答した方が良かったのかも知れないが、自明の理なので反射で答えてしまった。

「なら、自分の手で果たしてみたいと思わない」

 鋭い刃をとろけさす甘い声でジョゼは誘いを掛けてくる。

「俺の手で」

 思わなかったことなど無い。だが結局は何が出来ると諦め、気付けば腹いせの怪盗のようなことをしている毎日。

 秘めた力があると分かってもだ。

 俺一人でヴィザナミ帝国が潰せるなら、この間の脳筋魔人、さもなくば上司とか言う魔人がとっくにこの国を滅ぼしているだろ。覚悟を決めた人類はそんなに弱くない。弱ければ300年前に滅んでいる。

「魔王軍は、あなたを歓迎するわ」

 麻薬でトリップするより痺れる言葉だった。

 俺が一軍の将となりヴィザナミ帝国に戦いを挑む。

 男なら1度は夢見るね、憧れるね、シビれるね。

 確かにそれなら自分の手で復讐を果たせる。だが麻薬は下手に手を出すと、あっさり破滅する。

「人間である俺を迎え入れるというのか、俄には信じられないな」

「やっぱり、そうなんだ」

 断ったというのにジョゼは、豊満な胸を掴んで笑い出した。

「なにが、可笑しい?」

「嬉しくってさ。否定するのはそこなんだ。つまり身の安全が保証されれば、来てもいいって事よね」

 シーラ同様言葉尻を捕らえる女だ。忌々しい。

「折角これから面白いイベントが始まるんだ。魔王軍にほいほい行って殺されては見逃してしまうからな。

 俺は大人しく観客席から舞台を見させて貰うよ」

「こりゃ口説きがいがあるじゃない」

 ジョゼは真っ赤に蠢く舌で、唇を舐める。好物を前にした猫のようだぜ。

 しかし面白い、話を聞く気にはなる程度には。そんな気持ちが口を開かせる。

「口説いてみろよ」

「そんな女の話を聞く必要はありません」

 これから始まる甘い蜜ごとの時間を切断する声が轟いた。声の方を見れば浮気現場を捕らえたとばかりにシーラが乗り込んで来る。

 信じてたんじゃなかったのか?

 事態の悪化に頭が痛くなってきた俺は、テラス側から侵入してきたシーラとジョゼの間に挟まれた形となっていた。

 何この修羅場感? 別に俺はどっちの女とも恋人でもなんでもないのに。恋人との甘い関係を経験することなく何で一気に修羅場を経験しなくてはならないんだ。

 チラッと見るシーラは、白地に青のラインが施された軍服にバトルスピナーを構え、話し合いで済ます気が、さらさらないのが伺える。

「おやおや、小娘が何の用だい。成長過程が大人の会話に割り込んでくるんじゃないよ」

 ジョゼが見せつけるように自分の胸を揉みしだく。

「甘いですわ。殿方は、青い果実の方が好みでしてよ」

 おい、それって俺のことか。俺はどちらかと言えば大人の方が好きだと、自然と視線がジョゼの胸に吸い寄せられていく。

「見るなっ」

 シーラが青筋立てて怒鳴ってきた。

「おやおや、小娘のヒステリーかい」

「泥棒猫には、帰って貰います」

 シーラは既にキューブがセットされたバトルスピナーをジョゼに突き付けた。

「正妻を気取ってんじゃないよ。シチハは、あたしがこれから口説くんだよ」

「いいえ、私が家に連れ帰ってゆっくりと夫婦で語り合います」

 一歩も引く気なく睨み合うシーラとジョゼ。

「そうか、ふはははははははっは」

 男として修羅場の光景に一計を思い付き、あまりの妙案に思わず高笑いが漏れた。

 なんだ此奴と女二人の不可解な視線を浴びてしまうが、まあいい。

「いいぜやれよ。勝った方の話を聞いてやるよ」

 自分を巡る女二人の戦いを止めるどころか、煽り立ててやった。

 クズ男の所行だが、別に俺から口説いたわけじゃない。

「その言葉忘れんじゃないよ」

「シチハ!」

 ジョゼは楽しそうに笑い。シーラは問いかけるような視線を俺に向けてきた。たが俺は両者均等に目線を返した。

「味方とすら思われてないのですね」

 シーラは悲しそうに呟いたが、直ぐにそんな気配吹き飛ばした。

「ならば、認めて貰うまでです。

 スピグネイション」

 シーラは、宣戦布告とばかりに魔術の開始を告げる言葉を唱えた。

「面白いじゃない。魔人に魔術で挑む気かい」

 ジョゼの角が黄金に輝きだした。

 セーラのキューブは速くも球体になっている。僅か数秒、シーラが一流の魔術士であることを示している。

 ほう、お飾りのお姫様って訳でもないのか。

「ん! ちょっと待てよ」

 傍観者を決め込んでいたが、女二人に挟まれた俺が一番危険な位置にいることに、やっと気付いた。

「リワールド」

 シーラは俺の焦りなど無視して、空に見事な光の魔法陣を描いた。後はシーラがイメージを集約した言葉を放てば術は発動する。

 一方ジョゼの方も角の輝きがピークに達していた。

 二人の視線が絡み合ったのを見て、俺は慌てて逃げ出した。

「ファイヤーランス」

「ファルゴ」

 炎の矢と迸る雷光が、ぶつかり合った。

 なんとか廊下に逃げられた俺の背中がちりちりと熱い。

「危なかった。あのまま傍観者を続けていたら、巻き添えを食うところだったぜ」

 キャットファイトを見ようなんて悪趣味なこと考えるもんじゃないな。金持ちのマネをしてみた自分に反省した。

「さて」

 勝った方が勝手に会いに来るだろうと思い、勝負を見届ける気が失せた俺はまじめに仕事を済まそうと階段に向かった。

「せめて情報料ぐらいは取り返さないとな」

 俺は二階の寝室を目指した。依然勤めていたメイドの情報では、そこのベットの下に隠し金庫があるらしい。

 2階に上がり、情報通りの位置にあるドアを何気なく開けた。開かれたドアからは、詰め込まれていた血臭が出口を見つけたとばかりに俺の方に溢れ出してきた。

 天窓から入る月明かりが見せてくる。夫婦と年端もいかない子供がベットで仲良く並んで、首をねじ切られている光景。

 そんなもの、見たくもなかった。

「はっは、死んでやンの、ヴィザナミ人が死んでるぜ」

 嬉しい光景じゃないか、これが見たいんだろ。高笑いをして部屋に入っていくどころか、ガクガク膝を振るわせ後退りしてしまう。

 後退りは、廊下の壁に当たってやっと止まった。

「ちきしょう。ヴィザナミ人が死んだんだ、喜べ喜ぶんだよシチハ」

 俺は喜ばないといけないんだ。でないと、あの日死んだみんなに申し訳が立たないじゃないか。笑うのは俺の義務なんだ。なのにベットで死んでいた子供の顔がこびり付いて、どうしても口が笑ってくれない。

「くそっ」

 八つ当たり気味に窓を叩き割っていた。散乱するガラス破片が落下する先、シーラとジョゼが庭で戦いを繰り広げているのが見えた。

 二人の戦いは、魔術戦から格闘戦に移行していた。

 シーラはバトルスピナーを薙刀のように扱い、圧倒的パワーで攻めるジョゼの猛攻を凌いでいる。

「へえ~あの姫さん、結構やるもんだ」

 お姫様にしてはよくやる。下手な騎士よりは強いだろうが、所詮はその程度だ。

 もはや勝負の結果は見えていた。長期戦になった時点でシーラに勝ち目はない、遠からず体力が尽きて捕まり、惨めに殺される。

 それが分かっていて、俺は傍観を続ける。

 十二皇子が死ぬんだ、これほど嬉しいことはない。

 そのイベントを見逃していけないと念じて、身を乗り出して凝視した。


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