第72話 お酒を一緒に

 那由他ちゃんが高校を卒業し、私と那由他ちゃんは長い婚約を経てようやく正式に結ばれた。那由他ちゃんは今、山下那由他としてうちから大学に通っている。学生で時間があるからと、ほとんどの家事をになってくれていてますます頭が上がらなくなってたりするけど、相変わらず仲良くやっている。

 結婚してから一年と少し。那由他ちゃんは20歳になった。今日は誕生日祝いを兼ねて、那由他ちゃん初めての飲酒日となる。


「改めて、誕生日おめでとう、那由他ちゃん。さ、好きなのを飲んでよ」

「ありがとうございます。なんだかちょっと、ドキドキしますね。これがお酒ですか……」


 何が那由他ちゃんの口に合うかわからないので、缶チューハイ、缶ビール、梅酒、日本酒を用意した。那由他ちゃんが飲んでみて駄目だってなった時に後始末で私が飲めるよう、とりあえず最悪全種類でも飲めるよう種類と数を押さえている。

 いただきますをして、多少前菜を口にしたところで早速お酒をすすめてみる。


「最初は缶チューハイが一番飲みやすいんじゃないかな。あー、でも最初はビールって人も多いし。どうする? 飲んで駄目なら残り飲むから、遠慮せずどうぞ」

「えーっと、じゃあ、ビールでお願いします。サークルの食事会とかで、先輩がよく飲まれていて気になってたので」


 と言うわけでまずはビール。おつまみも色々とばらばらに用意したけど、枝豆もあるのでちょうどいいよね。冷やしておいたグラスに上に泡がのるようにそそいで、と完璧。ちなみに銘柄は飲みやすいプレミアムなやつ。


「ではいただきます。……ん。うーん。ちょっと、苦いですね。フルーツっぽい風味もあることはありますけど」

「かなり飲みやすい方だと思うけど、あわないひとはあわないからね。無理することはないよ」

「そう……ですね。じゃあ、お願いできますか?」

「よろこんで」


 口にしたものの微妙みたいなので那由他ちゃんからグラスを受け取る。冷たいグラスは汗をかいていて、思わず喉がなる。新年会以来の久しぶりのお酒だ。ぐっと一気に飲む。喉を流れていく喉越し! きんっきんで! 美味い!


「ぷはー」


 そして枝豆。最近の冷凍食品の進化ってすごいよね。枝豆美味しい。まあそもそも生の枝豆食べる事ほぼないけど。


「……」

「あれ、どしたの那由他ちゃん? あ、私のことは気にせず、次のに挑戦して。さすがに一気飲みは体に悪いし、食べながら飲ませてもらうけど」


 那由他ちゃんが驚いたように瞬いて私を見ていたのでそう言って促すと、那由他ちゃんはレモン缶チューハイに手を伸ばしながら視線をそらした。


「そ、それは全然、と言いますか。一気に半分も飲んでますし、意外といいますか。お酒、あまり飲まれない印象だったので、強いと思ってませんでした」

「そんな強いって程じゃないけどね。まあ、那由他ちゃんの前では飲んでなかったけど、割と好きだよ。那由他ちゃんと住むまではまあまあ飲んでたよ」

「あ、そ、そうだったんですね。私が未成年だったからですよね。気を使わせてすみません。これからは気にせず飲んでもらって、全然いいので」


 はっとしたように那由他ちゃんはそう謝りながら、別のコップに中身を注ぐ。レモンのいい匂いがはじける音と共にひろがる。


「ん? いや、違うよ? お酒自体は美味しいけど、那由他ちゃんがいるのにお酒飲んで酔っ払うの馬鹿らしいから飲まないだけ。那由他ちゃんがいる時は、いわば那由他ちゃんに酔ってるからね」

「……もう酔ってます?」

「あー、くさかった? まだ酔ってないと思うけど」

「いえ……そんな千鶴さんも、素敵です。ん……これ、美味しいです。甘いですけど、爽やかで」


 那由他ちゃんは微笑みながら口をつけて、嬉しそうにそう言った。普段そんなに炭酸飲まない那由他ちゃんだけど、嫌いじゃないって言ってたもんね。


「ほんと? 一つでも気に入ったならよかった。じゃあ次、日本酒行ってみよう」

「え? も、もう次ですか?」

「ていうか私が飲み切ったからね。私のを一口飲む形で試してみたらいいんじゃないかな」

「あ、いつの間に……」


 かまぼこが美味しいので、日本酒が飲みたくなってしまったんだよね。いつも那由他ちゃんがお料理してくれるけど、今日はね、私がおつまみに相応しいものを選んだから、こう、つい。かまぼこ単品ってこういう機会がないと食べないけど、たまに食べると美味しいんだよね。

 と言うわけでサクサク飲み干したので日本酒もあける。缶にはまだビール残ってるけど、それはまたあとで美味しくいただくと言うことで。


 日本酒は小瓶だ。180しか入ってない分、ちょっとお高めのを購入した。キャップを開けてコップに、那由他ちゃんが気にいった時の為に、半分だけ注ぐ。


「うん。わさびがいい感じ。ささ、どうぞ那由他様」

「あ、ありがとうございます。でも絶対酔ってますよね」

「こういう時は積極的に酔った方が楽しいからね」


 酔わなくても空気で酔って、普段よりテンション高めで行くのが楽しいのだ。と力説すると、那由他ちゃんは愛想笑いしながら私からコップを受け取って飲んだ。


「うっ……これは、駄目です。なんだか、お酒の匂いがするとは思ったのですが、駄目です」

「あ、ほんとに。結構フルーティなやつなんだけど。ごめんね、チューハイで口直しして」

「あ、はい。でも、このおつまみ美味しいですね。なんていう料理でしたっけ」

「これはね」


 那由他ちゃんとあれこれ飲み比べて食べていく。いつも一緒に食べてるし、たまには私が料理をする時もあるとはいえ、おつまみに全振りしたのは初めてで、那由他ちゃんも新鮮に思ってくれたみたいでよかった。

 缶チューハイの中でも甘みの強い系が美味しいと言ってくれてよかった。度数が強いとアルコール感が嫌ってなるみたいだ。


「うーん、でも、あんまり酔った感じはわからないですね」

「そうなの? まあ那由他ちゃん体大きいもんね」


 すでにそれなりに口にしているけど、初めてにしては普通に平然としている。これはディスとかではなく、純粋に事実だ。体が大きい方が同じ量のんでも回りにくいのは当然だ。だけど那由他ちゃんはそう思わなかったのか、ちょっとだけ嫌そうな顔になった。


「大きいって言わないでくださいって」

「あれ、最近長身コンプレックスなくなってきたのかと思ったけど、そうでもないの?」


 那由他ちゃんは色々大きいのがいいところなので、胸をはってもらって全然いい。高校後半くらいからみんな成長期を終えて、背が高いことは高いけど小学生時代ほどの身長さではなくなった。ファッションも楽しむようになっていたし、前ほど気にしてないように感じていたけど。

 純粋に疑問で質問すると、那由他ちゃんは苦笑して誤魔化すように頭をかいた。


「まあ、千鶴さん以外からも、その、褒めてもらえることもありますし、前ほどではないです。背が高いから変、じゃなくて、かっこいいとか、友達にも言ってもらえたりしますし」

「うんうん。那由他ちゃんは可愛くてカッコよくて素敵だもんね。ところで友達にも、ってことは、友達じゃない人にも褒められるってこと? なにそれナンパ?」


 ちょっと言葉濁されたけど、見逃す私ではない。私は笑いながらも那由他ちゃんにずいっと身を寄せる。


「え、あー……ナンパってわけじゃ、ないですけど。その、こ、告白されたりとか、あるので」

「ぐぬぬぬ」

「えへへ。すみません。嫉妬してますよね」

「してるけど、そんないい笑顔できくことではないよ」


 照れ顔で言われたのでめっちゃ悔しい。那由他ちゃんは結婚してるんだぞ! 私の嫁だぞ!

 そりゃあ、那由他ちゃんは最高の女の子だ。頭もよくて気遣いができて優しくてビジュアルも最高レベル。誰が見ても特上の女の子。そりゃあ誰だってちょっとでも那由他ちゃんと接したら惚れる。それは仕方ない。那由他ちゃんが惚れられるのは仕方ない。那由他ちゃんに悪いところはない。


 でも、那由他ちゃんと同年代で一緒に学んだり過ごすだけでも悔しいのに、好きになるくらい那由他ちゃんと会話して那由他ちゃんに告白ってそれ呼び出して二人きりになってるんじゃないだろうな。


 と言う気持ちを、わりと酔いが回ってるのもあって素直に尋問すると、那由他ちゃんは呆れたように半笑いになった。


「そう言う感じの嫉妬なんですか? と言うか、普段はまあ冗談っぽくですけど、そんな真顔、と言うか怒り気味にべた褒めされると、照れますね」

「うぅ、だって可愛いんだもん。はあ、と言うか、那由他ちゃんちゃんと結婚指輪もしてくれてるのに告白してくるって何なの?」

「あー、まあ、学校で千鶴さんと会うことないですし、遠距離かなにかだと勘違いされてるみたいで、寂しい思いをさせないから、みたいに言われたことはあります」

「は? なんなのその勘違い野郎」


 なんか腹立ってきたので、ちょっと腰をあげて那由他ちゃんにキスをする。那由他ちゃんの口に残ってるガーリック風味が美味しい。これはお酒がほしくなる。


「んん。きゅ、急ですね」

「那由他ちゃんは私のだってこと、わからせておきたくて」

「もう十分わかってます。そもそも、全然知らない人から告白されたりするから、友達とかと違って嘘をついて褒める理由がないので、客観的にも変じゃないかなって言う理由付けになるってだけで、別にそれが嬉しいとかはないですからね?」

「でも今、私が嫉妬してるのは嬉しそうだったけど?」

「それは当たり前じゃないですか? 普段あまりそう言う機会ないので、なおさら嬉しいです」


 まあそれは、私だって那由他ちゃんが私の交友関係に嫉妬したら嬉しいけど。でも告白はさぁ、一方的とはいえ恋慕の情を向けられてるし、ちょっとマジに嫌な気持ちになるよね。

 ……私、心狭いな。那由他ちゃんは私しか見てないってわかってるし、そんな気のある素振りだって隙だってみせてないってわかってて、それでも嫌な気持ちになるって。もうこれどうしようもないでしょ。


「ふふ。でも、そこまで嫌そうな顔されると思ってませんでした。もちろん、逆の立場なら私も嫌なので、あえて言うつもりなかったですけど、千鶴さんが突っ込むからですよ?」

「わかってるよ、わかってるけど、知らないままなのも嫌だから。よし。話し変えよ。お酒、どれが一番よかった?」


 自分で聞いて自分で不機嫌になるんだから、相当めんどくさいだろう。自覚はしているので、このあたりにしておくことにした。那由他ちゃんも素直にのってくれて相槌をうちながら指先でカップの口を撫でた。


「そうですねぇ。缶チューハイが一番ジュースっぽくて飲みやすいです。でも梅酒のソーダ割も、お酒っぽい感じで、トロっとしておいしいですね。ビールと日本酒はごめんなさいですね」

「そっか。じゃあ、また今度それ買っておこうか。那由他ちゃんもたまには飲みたい気分の時あるでしょ」

「美味しいですけど、でも別になくてもいいですよ」

「う、うーん。でも、こうして飲むの、ちょっと楽しくない? 今までは那由他ちゃんが素面だったし、いいかなって思ってたけど。那由他ちゃんと一緒なら、お酒も今までより美味しいしさ」


 那由他ちゃんはあっさり、別に今後家飲みはいいかな、なテンションなのでちょっと言いにくいながらもそう提案する。久しぶりのお酒は美味しかったし、那由他ちゃんといて私だけお酒を飲むと言うのは発想すらなかったけど、一緒に楽しめるなら飲みたい気持ちはある。と言うかちょっと、お酒解禁の今日を楽しみにしてたし。


「そうですか? じゃあ、そうですね。これから、千鶴さんの飲みたい気分の時はお付き合いしますよ。その代り、会社での飲み会で飲みすぎないようにしてくださいね。前、ちょっと足取り危ないときありましたよね」

「え? そんなことあったっけ?」


 今までそれなりにお酒を飲んできたけど、酔いつぶれたり、一人で帰れなかったことはない。那由他ちゃんと結婚してからも飲むことはあったけど、ちゃんと帰ってきているので足取り危ないとか言われても。

 と思ったけど、どうやら私的に普通の状態でも、よって若干ふらついている時点で内心心配してくれていたらしい。


「わかったわかった。じゃあ、那由他ちゃんの前以外でお酒は極力飲まないよ。その代り那由他ちゃんも、酔っ払ってきたなって思ったらそれ以上飲まないようにしてね? サークルの飲み会とか今まで以上に誘われるだろうけど、那由他ちゃんみたいな可愛い子が酔いつぶれたら危ないなんてものじゃないんだからね」


 これから家で定期的に飲むなら、たまの飲み会でお酒の美味しさに羽目を外すことはないだろうし、気を付けていれば大丈夫だろう。なのでついでに那由他ちゃんにもお願いしておく。

 お酒に強いことがはっきりしたけど、だからってそれで自信を持って無茶な飲み方したりしたら大変だもんね。那由他ちゃん賢いし滅多なことはないだろうけど、空気読んじゃうとこあるしね。一応注意くらいはしておかないとね。


「はぁ、現時点で全然酔ってる感じないですし、千鶴さん以外の前でそこまで飲みたくはならないと思いますけど。わかりました。気を付けます」

「うんうん。よしよし。はー……好き。結婚しよ」


 私の念押しに那由他ちゃんは苦笑してからにっこりと微笑んでそう言ってくれたので、何だか嬉しくて頭を撫でながら軽く抱き着く。


「もうしてますよ。ふふ。酔ってます?」

「ちょっとだけ。那由他ちゃんが可愛くてだーい好きだから、那由他ちゃんに酔ってるかも」

「じゃあ……もっと、私に酔ってください」


 そう言って那由他ちゃんはお酒を少しだけ口に含んで、私に口移ししながら深く口づけた。それに私はすごく酔ってしまって、そのまま那由他ちゃんにも酔ってしまうのだった。

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