第63話 那由他ちゃんの成長

 本気で那由他ちゃんとの距離を見直し、婚約を目指してから、早くも一つの季節が流れ、そして春がやってきた。

 那由他ちゃんが中学生になる春。今日はまだ入学式よりも前だけど、那由他ちゃんが制服姿を見せますね。と宣言していた一週間前から楽しみにしていた日なのだ。


 なのだけど、那由他ちゃんからは申し訳ないけど体調を崩したのでキャンセルしたいと前日に連絡が来た。それに気にしなくていいよ、ゆっくりしてね。と返事をしたはいいものの、気になって仕方ない。

 だって、那由他ちゃんは普段からちょっと風邪気味かも、くらいでは会うのをやめないのだ。熱が出て明確に体調不良になるまでは中々認めないのだ。そんな那由他ちゃんが自分から言ってくるなんて。

 いったいどれだけ苦しんでいるのだろう。とはいえ、病人本人に問い詰めるのは悪手だ。


 折角仲良くなれているので、那由他ちゃんのお母さんに聞いてみた。ちょっと焦りすぎて夜なのに電話になってしまったけど、おばさんは特に怒ったりすることはなかった。


「あー、まあ、寝込んでいると言えば寝込んでいるのだけど、別に心配することはないわよ。放っておけばそのうち治るから」

「? あの、できればお見舞いをしたいなと思うのですが」

「うーん……まあ、いいと思うわ。じゃあ、明日、10時前に来てくれる? 私が10時に家を出るからその前に来てくれたら玄関を開けるから」


 過保護なおばさんにしてはなんだか淡白な感じだ。もしかして風邪でもないのかな? 体調不良って申告なので勝手にそう思ったけど、足をねん挫してるとかなのかも? だとしたら来れないのもわかるし、私から行く分には大丈夫だろうし。


 と、首をかしげつつも翌日、私はお見舞いにしこんでおいたゼリーを手に那由他ちゃん家を訪ねた。


「お邪魔します。あの、これお見舞いにゼリーを、一応おばさんたちの分も作ったのですが」

「ああ、ありがとう。冷蔵庫にいれておいてね。じゃあ出るから、那由他のことよろしくね。1時までには帰るけど、お昼にパンを買って帰るつもりだから待っていてね」

「あ、あの、那由他ちゃんの詳しい症状とか」

「見たらわかるけど、大丈夫だから。ごめんなさいね。予約の時間があるから」

「あ、はい」


 おばさんはさらっと入れ替わるようにして出て行った。ううん。心配はいらないみたいだ。とりあえず鍵をかけて、言われたとおり冷蔵庫にゼリーをいれる。

 まずは那由他ちゃんの顔を見よう。部屋に向かい、まずはノックをする。


「那由他ちゃん……?」

「!? え!? ち、千鶴さん!? ど、どうしてここ、あ、ど、ドア開けないでくださいね!」

「え、ご、ごめん。おばさんに聞いて、お見舞いしてもいいってことだったから……あの、大丈夫?」


 思いのほか力強い拒絶に驚きつつ、何だか声音は元気そうで安心する。病気じゃなくて、やっぱり怪我ってことなのかな?


「き、聞いてな、あ、うう。その、し、心配かけてすみません。その、大丈夫ですから……」

「そっか。よかった。ドア、開けちゃ駄目なのはどうして? 声からして、風邪じゃあないんだよね?」

「う、んん。えっと、その……」

「ごめんごめん、別に無理強いはしないけど。えっと。お見舞いにゼリーつくってきたの冷蔵庫にいれてるよ。後で食べてね。とりあえず、まあ、元気そうでよかったよ。……じゃあ、今日は帰るね。いつ治りそう?」


 戸惑う那由他ちゃんの声にはっとする。そうだ。気持ちは元気なのに顔をあわせたくないってことは、もしかして外見的にってことじゃない? 普通の怪我なら顔をあわせるのにためらう必要はない。おたふく風邪的な感じだから顔をあわせたくない、みたいな? ん? それ風邪か。じゃあ虫歯治療とかかな?


「……あ、あの、その…………あ、会えないの、寂しいです」

「え? う、うん。私もだよ。会いたいな」

「……一か月は長いですもんね」

「うん……? え? 治るまで一か月かかるってこと? なにそれ。どういう状況なの? ほんとに心配だから、せめて説明してくれない?」


 ドアに手をついて何とか気持ちが伝わるように声をかける。一か月会えないって、普通に忙しくて会えないでも寂しいけど、本当に何が那由他ちゃんに起こってるのか不安だ。


「う、うう……は、はいってください」

「え? いいの? はいるよ?」


 いいの? と聞きつつも那由他ちゃんの気が変わらないうちに中に入る。

 ごそごそ物音がしていたけど、那由他ちゃんはベッドの上で布団を頭からかぶっていた。寝転がってはいなくて座っているのは形でわかるから、寝てないと駄目って感じではないのでやっぱり病気ではないんだろうけど。ほんとに何?


「な、那由他ちゃん?」

「その……座ってください」

「う、うん」


 布団の隙間の奥から促され、とりあえずベッドの前、正面から那由他ちゃんを向かい合うようにしながら床に座る。


「……その、急に変なことして、ごめんなさい。体調不良って言っちゃいましたけど、その、ほんとはそうじゃなくて……昨日、髪を切ってもらったんです。お母さんと一緒じゃなくて、一人で、その……今までと違う髪型に挑戦してみようかと思って」

「え? そうなんだ。何にでも挑戦するのはいいことだよ。と言うことは、あれかな? 髪型が気に入らない感じになっちゃったってこと?」

「……はい」


 重々しい那由他ちゃんの相槌とは逆に、私は肩の荷が下りるような気持ちで息をついて軽くベッドの淵をぽんぽん叩く。


「なーんだもぉ。あ、何だって言っちゃった。ごめんごめん、那由他ちゃんは本気だもんね。でもすごい、ものすごく体調悪いのかなって心配したからさ」

「う……す、すみません。その……千鶴さんに見られたくなくて。でも、伸びるまでずっと会わないのは、できないですもんね……。み、見せます。見せますけど……笑わないでくださいね」

「うんうん。大丈夫。どんな那由他ちゃんも可愛いよ」

「……し、信じますからね!」


 信じると言う言葉と裏腹にめちゃくちゃ疑ってそうな声音で、しかも時間をかけてすごい躊躇って布団がちょっと動いたりもぞもぞしている。


「……」

「……ぅぅ」


 急かしても仕方ないのでじっと待っていると、那由他ちゃんは小さく呻きながらゆっくりと布団をとった。かぶっていたせいでちょっと髪が乱れているけど、それでも髪型はちゃんとわかる。


「うん! 可愛いよ! 似合ってるって! めっちゃいいよ!」


 落ち込んでいるので全力で褒めようと決めていたけど、それ関係なく可愛い!

 那由他ちゃんはあんなに長かった前髪をばっさり眉のところでぱっつんにして、そして伸びてきていた全体も顎当たりで切りそろえたボブで、印象をパッというとおかっぱだ。


 めっちゃ似合う! どうしてもぱっつんは子供っぽいかんじするけど、那由他ちゃん小学生なんだし何だかんだ顔だちにあってるし、大きな可愛い目がはっきり見えるし、そろえられたショート感もめっちゃ可愛い!


「かわいいじゃーん。ちょっと隣行くね」

「あ、は、はい」


 立ち上がったベッドの上、那由他ちゃんの隣に腰かけてそのまま掛布団をひっぺがす。手を伸ばして那由他ちゃんの髪を軽くとかす。反射のように目を細めて受け入れる那由他ちゃん可愛い。

 てか、ピンで髪をとめてるので顔は見慣れていたけど、自然に前髪ある感じも可愛い。まじで、このおかっぱ可愛い。いやー、似合う。こう、猫っ可愛がりしたい可愛さ。


「かーわーいーいー。ほんとこの髪型可愛いし似合ってるよー、めっちゃいいよ」


 前髪をさらさら、と指先でゆらしたり、すっと旋毛から指をはわせて毛先まで滑らせ、その勢いで顎先を撫でる。頭まるーい、可愛い。那由他ちゃんは頭部も綺麗な丸さで可愛いんだけど、それも強調された感じで可愛さきゅんきゅんだよ。


「ん、くすぐったいですよ」

「こちょこちょこちょ」

「ふはは。も、もう。やめてくださいよ。……ほんとに、変じゃないです?」


 くすっと笑う那由他ちゃんのチャーミングさに、おもわず顎から喉までくすぐってしまった。首をそらして逃げてから、那由他ちゃんは右手の指先で自分の毛先をつまみながらそう尋ねてくる。


「もちろん。こんなに言ってるのに信じられない? すっごく可愛いよ。今までの那由他ちゃんも大好きだけど、今の那由他ちゃんも大好き。私、嘘言ってるように見える?」

「いいえ……見えないです。えへ。えへへ。はい。千鶴さんが気に入ってくれたなら、はい。えへへ。自信持ちます」

「うんうん。持って。あ、ちょっとまって。でも持ちすぎないで。那由他ちゃん美少女だし本当だけど、あんまり自信もたれて、遠くに行ってほしくないかも」

「ふふ。何ですか、遠くって。どこにも行きませんよ」


 にこにこ笑顔になってくれた那由他ちゃんに腕を組んで頷いてから、思わずそんな情けないことを言ってしまった。だって今までは顔を隠してたし小学生だったからあれだったけど。でもこうして美少女なのがパッと見てわかるようになってしまって、ちょっとお年頃になってきたらそれこそ老若男女問わず惚れちゃうじゃん?

 もちろん私と言う人がいるし浮気は疑わないとはいえ、悪女的にもてあそんじゃう感じにならないとは限らないからね。なんせ、最近の那由他ちゃんはますます小悪魔じみてきてるし。


 那由他ちゃんはくすくす笑ってそっと私の手をとった。


「どこにも行きませんけど、ずーっと、私のこと、手放さないでくださいよ? ずっと、見ていてくださいね?」

「うん。もちろん。ずーっと、那由他ちゃんのこと抱きしめて、一番近くで見てるからね。……え、えーっと」


 にっこり蕩けそうな微笑が素敵すぎて普通に見とれてしまったし、あんまりいい雰囲気なのでちょっとキスしたくなってきてしまった。ずっと自制できてたのに、那由他ちゃんがバレンタインデーに寸止めするから、それから時々めっちゃムラムラするようになってしまった。まじで悪魔。

 誤魔化すために視線をそらすと、クローゼットにかかった真新しい見慣れない制服に思い出す。


「あ、そうだ。制服。病気でも怪我でもないなら、約束してた制服姿みたいな。見せてよ」

「ん、そうですね」

「よし。部屋でてるから着替えたら呼んでね」

「え? 別に、見ててくれてもいいですよ?」


 一瞬きょとんとしてから、那由他ちゃんはにぃっと口の端をあげて悪戯っぽく、ちょっとだけ襟にてをかけて引っ張って見せてくる。すでにちょっときてるのに、こんな誘惑するなんて!


「那由他ちゃん、めっ!」

「いたっ……はーい」


 さすがに見逃せないので、でこぴんをして注意する。那由他ちゃんはおでこを押さえて、一瞬不満そうに唇を尖らせてから素直に頷きつつ立ち上がった。私もベッドから降りてそのまま部屋をでる。そして待つことわずか。すぐに那由他ちゃんから声がかかり、すぐに中に入る。


「じゃ、じゃーん……なんて、えへへ」


 当たり前だけど、そこには中学の制服を着た那由他ちゃんがいた。元々高校生と勘違いするくらい、デザインはシンプルなものだった。だけど中学の制服は紺色になってまた落ち着いた色合いで、最近ようやく年相応に子供っぽいところをちゃんと認識できていたはずの那由他ちゃんが大人びて見えた。最近の小悪魔っぷりに拍車がかかっているのもあって、ますます夢中になってしまいそうだった。


「に、似合いますか?」

「似合う……似合う過ぎてやばいよ、那由他ちゃん」

「え? や、やばいってなんですか」

「今すぐ抱きしめたくなっちゃうやばさだよ」

「え、と……抱きしめたら制服が見えなくなっちゃいますけど、その、私としては、抱きしめてもらいたいです、よ? わ」

「那由他ちゃん! 好き!」


 遠慮なく抱きしめることにした。立ったまま抱きしめると首元からでちょっと下を向くとどうしても胸元よりになってしまうので、そこは頑張って顔をあげて意識しないことにする。さっきまで布団にこもってたからか、那由他ちゃんからふわっと那由他ちゃんの匂いと、ちょっとだけ新品特有の匂いがする。


「ふふ。私も大好きです。ありがとうございます。その、ちょっと、髪型失敗して落ち込んでたのですけど。元気が出ました。中学生になってからも、頑張りますね」

「うん。元気でたならよかった。ていうかこんなに可愛いのに、この髪型見れないどころか一か月も会えないとか、罰ゲームすぎるからね」


 抱きしめあうのをやめて、那由他ちゃんの頬をつつきながら言うと困ったようにへにゃっと眉尻を下げて那由他ちゃんは笑って誤魔化しにかかる。


「えへ。すみません。許してください」

「うーん、可愛いから許す。じゃあ……どうしよ。お見舞いのつもりだから、今日は何にも持ってきてないんだよね。13時までにおばさんが帰ってくるし、お昼買ってきてくれるみたいだからそれまではお話ししてたまにはゆっくりしよっか」


 那由他ちゃんの手を引いてそのままベッド脇に座ってそう言うと、那由他ちゃんは両手で私の手を握りなおして肩を寄せてくる。


「それはいいアイデアですね。ついでに、今日一日ゆっくりするのはどうでしょう」

「うーん……今日はやめておこうかな」


 にっこり笑って誘惑してくれるけど、新鮮な中学の制服可愛いから、うん。もうちょい慣れるまで、今日のところはいいかな。ていうか、小学校の時よりスカート短くない? お姉さん心配だな。


「えぇー……私はいつでも、約束破ってくれてもいいですよ? お母さんたちには、口裏を合わせますから」

「……悪魔」


 ちらっとスカートの裾を見ただけなのに、察して裾をぴらぴら指先で動かすのはやめなさい。まじで、ここまで来たらあとちょっとなんだからさぁ。私の理性は今日も頑張った。

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