第61話 那由他ちゃん視点 春を待つ

 千鶴さんが私と婚約をするために頑張ってくれる、と約束をしてくれた。私はそれがすごく嬉しかった。ずっと一緒にいたくて、結婚しようって軽く言いあっているけど、本気でいつって決めていたわけじゃない。もちろん私はまだ年齢的に子供だし、決めようとしたって何年後なのって話だし、当たり前なんだけど。でもだからこそ、大真面目に結婚の約束をして、婚約者になろうって言ってくれたのは本当に嬉しい。

 そして、もう、待ちきれないからって言ってくれたのが、嬉しくてたまらない。だから千鶴さんの言うことを全部了承した。


 大人になるまで、考えられないくらい何年も待つことなんてできない。その間、千鶴さんも待っててくれるか、私には自信がなかったから。だけど一年なら、その間、千鶴さんがずっと私の為にも頑張ってくれると言うから。一年なら、どんなに焦る気持ちになっても、どんなに不安になっても、千鶴さんにもっとをお願いしなくても、一年くらいなら、耐えられるはずだ。

 とはいっても正直に言えば千鶴さんなら、なんだかんだ言って少しくらいキスをするくらいはあるのかなとは思っていた。


「千鶴さん……」

「那由他ちゃん。駄目だよ」


 ちょっと顔を寄せただけなのに、注意されてしまった。真面目な顔で、びしっと拒絶されてしまった。すごく、残念だ。がっかり。駄目なのはわかってるけど、ちょっと触れるくらい、いいと思うんだけど。

 でも、同時にどきどきしてしまう。


「……別に何にも言ってませんもん」

「拗ねないの。いい子いい子」

「……もっとなでなでしてください」


 千鶴さんが私の頭を撫でながら抱き寄せてくれて、自分の頭にくっつけながら撫でてくれる。ごつっと当たった頭越しに、千鶴さんの匂いがする。シャンプーかな。いつもいい匂い。でもぐっと鼻先を向けると、地肌の匂いとでもいうのか、千鶴さんの生の匂いが感じられて、何だかほわっとする。好き。


 私がお願いしたり迫ったりすると、困ったりしながら何だかんだ押されてしまう千鶴さんは、とっても優しいし葛藤しつつも私に応えてくれて欲望に負けちゃってる感じも可愛いし、大好き。


「はい、休憩おしまい。データ整理するから、大人しくしててね」

「はーい」


 だけどこうして、決めたからと真面目に、自分の意志を通そうとするその頑なさも、好き。格好いい。すげない対応をされても、その横顔は私と一緒になるために頑張ってくれているんだって思えるから、今は不安にならずにいられる。


 元々、私が好きになった千鶴さんは明るくて優しくて、でもはつらつと太陽みたいな強さがあるところだから。だから、仕方ない。私も我慢する。

 ノートパソコンをひろげる千鶴さんの横で、私は大人しくさっきまでやってたテキストの続きをすることにした。


 本当は、ちょっと物足りない気はする。一緒にいてどきどきするし、触れたいなって、気持ちいいことしたいなっとも思う。千鶴さんとキスをすると楽しいし、嬉しい。ドキドキが心地よくて、何だかふわふわして、気持ちいい。体を近づけると千鶴さんもドキドキしてるのがわかって、一緒なのがわかると何だか安心するし、千鶴さんの体が柔らかくていい匂いがして、小さくて可愛くて、触れているだけで気持ちいいって思う。

 それに千鶴さんを独り占めしてるみたいで、千鶴さんの反応も可愛くて、私に夢中になってくれているのがわかるし、とっても心が満たされる感じがする。


 だから今の距離感は物足りない。でも、千鶴さんのことを信じてるから。千鶴さんといられるだけでも嬉しいし、私のために一生懸命いま頑張ってくれてるのもわかるから。だから、我慢できる。


 でもちょっとだけ、寒いからを言い訳にくっつくのだけは許してほしかった。ホットカーペットにするのはずるいと思う。ちょっと足先をくっつけてすりすりするくらい、いいと思うんだけどなぁ。


 とちょっぴり拗ねながらも、私は私で頑張ることにした。千鶴さんが頑張ってるんだから、私だって手を抜くわけにはいかない。千鶴さんがどんなにすごいことをしたって、私がすごくなれるわけじゃない。

 私も千鶴さんの婚約者に認めてもらえるよう、できるだけのことをしないと。成績が下がったりして、千鶴さんと付き合ってるからだって言われたら困るもんね。


 そうして真面目にしている内に約束していたクリスマスがやってきた。キスとかはしないってことになったけど、恋人なのは変わらないし、ちゃんとクリスマスデートはすることになった。

 

 手を繋いでお出かけするのは、今月に入って初めてのことだ。12月に入ってすぐに千鶴さんが婚約宣言してくれたし、ずっと連絡とって千鶴さんのお家で会ってても外で会うのは久しぶりで、テンションがあがってしまう。


「えへへへ」

「こうして出かけるの久しぶりだね。那由他ちゃん、今日の服、いつもとちょっと雰囲気違うけど似合ってて可愛いよ」

「あ、えへ、えへへ。お母さんがクリスマスデート用にって選んでくれました」

「そうなの? やっぱりさすがの見立てだね。今までもお母さんが選んでくれてたんだっけ」

「はい。この間一緒に買いに行った時、私が前より服に興味持って選んでたので、喜んでくれてました」


 お母さんはもう月に一回病院に行っているくらいで、ほとんど前と同じような生活に戻っている。前より表情も柔らかい感じになってる。前から優しかったけど、時々気まずそうな顔だったりしたから、今の方がずっといい。

 お父さんもお母さんがいない間は疲れた顔してたし、本当によかった。もうこれでほとんど元通りだ。血がつながってないって知った時は、どうなるのかなっていっぱい不安だったけど。でも、今はもう何にも怖くない。

 お父さんもお母さんもいてくれるし、私のこと変わらないで大好きでいてくれるのがわかったし、何より、千鶴さんもいてくれるから。あー、何だか幸せすぎて、春先のことを思い出すと嘘みたいだな。


「そっかそっか。仲良しでいいね」


 そう言って千鶴さんは自分のことみたいに嬉しそうに笑顔を見せてくれる。そう言う優しいところ、ほんとに大好き。

 千鶴さんの手は私より小さいけど、ちょっと固い。そのしっかりした感じが、頼もしいようにも感じられて好き。千鶴さんは私より背が低いから、隣を歩くとどうしても顔が見えにくくて、千鶴さんが前を向くと頭ばかり見える。

 千鶴さんのつむじが見えるのは、千鶴さんも知らない場所を見てるんだなって思うと何となく楽しい。


 部屋に座ってるともう少し距離が近くて、もちろんそれは嬉しいけど、それはそれとしてやっぱりたまにこうしてお外でデートするのも楽しいなぁ。


「那由他ちゃん、寒くない? 最近急に気温下がったよね」

「あ、はい。大丈夫です。千鶴さんの手、あったかいので」

「そっか。よかった。でも私、ちょっと寒いかな。もうちょっと、近寄ってもいい?」

「あっ、は、はい! もちろん」


 普通に答えてしまった。千鶴さんはちょっとだけ悪戯っぽく微笑んで、私に寄り添って繋いでる手を一度離して腕を組むように絡めてから手を繋ぎなおした。


「こうしてると、もっとあったかくない?」

「はい。あったかいです」

「そうでしょ、ふふ」


 千鶴さんは満足げに微笑む。可愛いなぁ。それに自然に体が触れ合ってる。もちろん厚着しているから感触なんかないけど、ぎゅっと腕が触れていてお互いの動きがちょっとだけ影響しあってる感じが嬉しくなってしまう。


「イルミネーションの時間までそろそろだね。ほんとは夕食も一緒にってできたら格好もつくんだけど、こればっかりは仕方ないよね」

「来年まで我慢ですよね」

「うーん、そうだね。クリスマス当日は無理でも、来年は一日デートできたらいいね」


 来年になって、婚約できたら。そうしたらいろんなことが変わるんだろうな。楽しみだなぁ。えへへ。

 千鶴さんといっしょにずっといられるんだ。あ、ずっとは無理か。ずっと一緒にいられたらいいけど、私はまだ中学生だし。一緒に暮らすとかは無理だもんね。


 あ、でも、もし一緒に暮らすってなった時の為に、お料理以外の練習もしたほうがいいのかな。家事も全部千鶴さんにやってもらう訳にいかないもんね。そう考えると、結構色々、やらなきゃいけないことって多いのかな。

 それに中学に入るのも、ちょっと不安はある。他の小学校からも結構人が入ってくるから、もしかしてまた友達ができるかもしれないけど。でも、できないかもしれない。また私のこと噂になるかもしれない。避けられてるだけならいいけど、いじめとかされたらいやだなって思うし。

 来年はまだしも、再来年に社会人になった千鶴さんとは、今まで通りの頻度で会えないだろうし。色々考えたら、先のことってちょっと怖かったりもする。


 でも、千鶴さんと婚約できるんだって思うと、やっぱり楽しみで、早く時間がたってほしいとも思う。時間をスキップして、大人になって結婚したいような、でも、ちょっともったいないような。不思議な気分。


「あ、那由他ちゃん。点灯はじまったね」

「わ! すごいですね」


 イルミネーションが始まった。今か今かと他の人たちも待っていたので、始まった瞬間小さく歓声もあがった。一斉に点灯する様子はまるでスクリーンに映ったみたいに一気に変わって、何だかちょっと夢うつつみたいだ。

 イルミネーションされ、光が泳ぐように点滅が動き、色んな色が飛び回るようだ。前はあんまり、こういうのに興味がなかった。テレビで見た方が部屋があったかいとすら思ってた。でも、大切な人と一緒に同じ時間を過ごすって、こんなに特別な時間に感じて、幸せな気分になるんだ。

 千鶴さんと、もっともっといろんなことを経験したい。だからやっぱり、時間をスキップするのはもったいないよね。


 イルミネーションの中を歩いていき、一通り満足してからの帰り道。今日は電車できたから、ずっと手を繋いでいられる。私のマンションに送ってくれて、体が冷えたでしょって言って、ちょっとだけあがってもらった。


「千鶴さん、さっきプレゼントしたの、今、見てみたいです。お願いできますか?」

「え、い、今か。いいけど、ちょっと恥ずかしいから、こっち見ないでよ?」

「えぇ……はい」


 千鶴さんにあげたのは、私がお父さんに買ってもらって着心地がいいし、可愛くて気に入ったのでお揃いで着るのを見てみたいと思って同じルームウェアにしたのだ。

 渡したときはありがとう、今度着て見せるって約束してくれたけど、何だか今は、ちょっと気が進まなそうな感じだ。もしかして、好みじゃなかったかな?


 千鶴さんがプレゼントしてくれたのは小さなぬいぐるみのキーホルダーだった。お揃いで、これなら学校にもつけていけるでしょ。と言ってもらえてすごく嬉しかった。お揃いと言うのもすごくテンションがあがった。

 それに比べて私は千鶴さんの使い勝手とか、あんまり考えてなかったなってちょっと反省した。千鶴さんは大人だし、私からプレゼントって滅多にできないから、千鶴さんに合法的に物をあげられる! と思ってちょっと自分勝手に選んでしまったかもしれない。


 とちょっと反省しながらドアを向いて待つけど、背後で千鶴さんが着替えてる音がするの、何だかドキドキしちゃうな。


「あ、いいよ」

「あ、はい。! うん、凄く可愛いです!」

「あ、ありがとう。那由他ちゃん」


 うさ耳ワンピースタイプの部屋着で、たれ耳なのが凄く可愛いんだけど、思った通り千鶴さんにもすごく似合ってる!

 振り向いてすぐに可愛すぎるので両手を握りこぶしにして力を込めて褒めてしまった。千鶴さんはちょっと身を引きながら照れくさそうにはにかんでる。可愛い。


「その、思ったよりもこもこで着心地もいいね。デザインもすごく可愛いし。うん、その、気に入ったよ」

「ほんとですか? よかったです。その、あんまり気のりされてないかなって、一瞬不安だったので」

「え、ああ。いや、那由他ちゃん家で着るのはちょっと、緊張するよ。可愛いけど、那由他ちゃんのご両親も家にいるから、もし見られたら恥ずかしいし。そもそも部屋着って、部屋で着るやつだからちょっと無防備なとこあるし。もう、着替えてもいい?」


 あ! た、確かに。こんなに可愛い千鶴さんをお父さんとかに見せたくない。それにあんまり千鶴さんを私の部屋に招くことってないし、考えたら慣れない部屋で着替えるってだけでもちょっと抵抗あったのかも。この部屋は鍵もないし。小学校でも、いつも更衣室だけど一回工事で使えないから空き教室で着替えってなった時、なんか緊張したし、そんな感じだよね。


「す、すみません。深く考えてなくて。はい、じゃあ。もう着替えてもらって」

「那由他ー? 外は暗いんだからあんまり千鶴さんに無理を言って引き留めたら駄目よー?」

「あ! お、お母さん!? わ、わかってるから! ドア開けないでよ!」

「え? 何してるの? ちょっと開けるわよ!」


 ちょっと遠めにかけられた声が、勢いよく近寄ってきて開けられた。千鶴さんは恥ずかしそうにワンピースの裾をひっぱっていて、お母さんは一瞬驚いた顔をしてから部屋を見渡し、私が朝持ってたプレゼントの包装紙が広がっているのを見て頷き、ドアを閉めた。


「突然ごめんなさいね。何も見てないから、ゆっくりしていってちょうだい」


 わかりやすく足音が遠ざかったのを確認してから、千鶴さんは私にジト目を向けた。


「……那由他ちゃん、わざとだよね?」

「……すみません。わざとではないです。でもプレゼントの為にお揃いの部屋着を買ったこと自体はお母さんも知ってたし、その、誤解はされてないと思うので許してください」

「今度、うちに泊まりにきて一緒の部屋着で寝るまで許さない」

「……はい。えへへ。千鶴さん大好きです」


 優しい。だから大好き。そうしたくてプレゼントしたので、ほんとにうれしい。

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