第60話 プロポーズ予告

 あんまり那由他ちゃんが驚くから、ちょっと笑ってしまった。散々、結婚はするって当たり前みたいに言っていたのに。


「ごめん、急すぎたね。それに今の、まだプロポーズじゃないよ。だからそんなに姿勢正さなくていいから、楽に聞いてよ」

「ら、楽にって、な、なんですかそれ。今、いますごくびっくりしたのに」


 慌ててついてた肘をおろして膝の上に手を乗せだす那由他ちゃんに笑ってフォローすると、むくれられてしまった。うーん、言い方間違えたかな。

 あんまり那由他ちゃんが可愛くて、結婚したかったのでつい、ストレートに言ってしまった。そっとなだめるように那由他ちゃんの右手の甲をなで、力が緩んだのを見てからもちあげ、両手で握る。


 那由他ちゃんはまだちょっとだけ唇をとがらせているけど、そんなのはもう形だけだ。にこっと笑うと、那由他ちゃんもしょうがないな、って言うように小さく息をついて笑ってくれた。うん、可愛い。


「ごめんね、ちゃんと説明する。今までも、結婚したいって意志は伝えてたけど、ちゃんとするって宣言はしてなかったし、あいまいだったでしょ? だからちゃんと、予告しておこうかと思って。来年、一年以内に就職を決めて、卒業の目途もたったら、ちゃんとプロポーズするよ。それで那由他ちゃんがOKしてくれるなら、那由他ちゃんのご両親に許可もらって、婚約しよう」

「っ、はい! 楽しみに待ってますね!」


 那由他ちゃんは左手もつかってぎゅっと私の手を握り返しながら、大きく頷いてくれた。もはや、改めてプロポーズとかOKをもらうとか、それこそ形でしかないようなものだ。それでもやっぱり、空手形じゃなくてしっかり未来を見据えた確かなものでありたいから。だから今じゃない。


「うん。婚約したら、もう、那由他ちゃんがしたいこと駄目って言わないし、私も我慢しないからね」

「え……ほ、ほんとですか? え、ら、来年ですよね? 私まだ中学生ですけど、いいんですか?」

「婚約したらいい、と思う。多分。それに、私が学生じゃなくなれば、責任が取れるしね。私もしたいから、もうこの気持ちに嘘をつくのはやめるよ」

「千鶴さん……」


 ぶっちゃけた私に那由他ちゃんは顔を赤らめ、そっと顔をよせてくる。とっても可愛いし、このままキスをするとってもいい雰囲気なんだけど、そういう訳にはいかないよね。私はそっと手をほどいて、那由他ちゃんの唇にそっと人差し指をあてた。


「那由他ちゃん。ストップ。婚約するまで今度こそ、って、何回も言ってるから説得力ないように感じられるかもしれないけど、本当に今度こそ、親御さんに顔向けできないようなことはしないようにしよう」

「……そう、ですね。わかりました。じゃあ、口はそれまで我慢します」

「うん。あとね、ダーツも廃止しよう」


 しぶしぶながらも素直に諦めてひいてくれた那由他ちゃんに、私はいい子いい子と頭を撫でながらさりげなく追加事項も伝えておく。自分から始めておいてなんだけど、あのダーツは全然顔向けできない。清さが欠片もない。むしろ性に爛れてる。


「えっ!? え、まだいっぱい残ってますよ!?」

「それは……婚約してからのお楽しみと言うことで」


 那由他ちゃんは考えもしなかったのか、不満一杯な可愛い膨れっ面になっているけど、いや、冷静になろ? あれはどれを思い出してもアウトしかなかったよね? 大事に残してくれているのも申し訳ないし、せっかくつくったダーツを捨てるのももったいないので取っておくけどね。


「えー、口じゃないですし、挨拶に頬にキスするのは一応お父さんもお母さんも知っているし、いいんですよね? だったら口がないダーツはよくないですか?」


 子供が駄々をこねるみたいに那由他ちゃんはそう私の左手をひいてゆらして説得しようとしてくるけど、いやいや、口か口じゃないか、と言う問題ではないのだ。いや、この間までその理屈でやっていたので、すごい今更なのはわかってるけど。


「那由他ちゃん。目を閉じて、自分の胸に手を当ててみて」

「え? ……は、はい」


 私の突然の言葉に戸惑いながらも那由他ちゃんは手を離し、そっと右手を自分の胸にあてた。うん、素直。こういう子だから、我儘ぶられても怒れないんだよねぇ。


「この間、ダーツで私のお腹にキスして、お臍にキスマークを付けようと頑張ってたね。思い出して。その時、一切いやらしい気持ちにならなかった人だけ、手をあげてください」

「……」

「……ふふっ」


 那由他ちゃんは何も言わず、手も上げなかった。ちらっと片目だけ開けて私を見る。その怒られるのを待ってるみたいな仕草に、思わず笑ってしまった。


「うんうん。素直ないい子は好きだよ。うん、そう言うことだから、ダーツもお預けね」

「……うぅ。納得いきません。いきませんけど……でも、わかりました。千鶴さんが本気で私のことを考えてくれて、一年以内にって、頑張ってくれますから。だから、わかりました。私も協力します」

「ありがとう」


 ぽん、と那由他ちゃんのお膝を叩いてから立ち上がり、早々にダーツをドアから外す。本棚の上にでも移動させておこう。面だけ見るとそこそこの大きさだしね。

 思った以上に素直に那由他ちゃんも了承してくれて、話がすすんでよかった。もう12月だし、あんまりのんびりしてられないよね。一応下調べくらいはしてるけど、まだ本命を決めてもいないんだし。こないだ先輩が話してた会社見学の件も詳しく聞いておかないと。


「ところで千鶴さん、確認なんですけど」

「ん? なに?」

「ダーツをしまってる間も、一日一本とかは発生するんですか?」

「……いや、いらないでしょ。すでにためてるのに」


 そもそも、婚約できたらもうキスする場所なんてダーツで決める必要すらなくなるのだけど。わかってるのかな?

 隣に戻って座るなりにっこり微笑んで確認されたけど、普通にすげなく否定してしまった。あんまりそっけないし、むしろちょっと呆れていたけど、那由他ちゃんはめげることなく不満顔になった。


「……千鶴さん、就職活動、きっと大変なんだろうなって思います。私には想像するしかできないですけど」

「ん? うん。まあ、人生かかってるし、簡単ではないよ?」

「はい。でも……私だって、大好きな千鶴さんといままでできてたこと、全部我慢するの、それも一年もって……思うだけで憂鬱です。なのに、急に、今日決めて、今日からで……ちょっと、厳しくないですか?」

「う……た、確かに。まあ、それはそうだね。私も今日決めたばかりなのであれだけど、急なのは確かだね」


 心の準備もいるだろうし。でも、じゃあ明日からにしよっか。と言うのは別に簡単だ。だけどそれってなんか、こう、グダグダだなぁっていうか。また今まで通りなあなあになってしまいそうな気がする。

 折角決めたのだ。そして決めたそのこと自体には、内容にも那由他ちゃんも同意してくれたのだ。なのに、急だから延期ねって言うのは違うと思う。


「約束に同意したのは事実ですから、私も今日はダーツさせてと言うつもりはありませんけど……ちょっとくらい、終わった後のご褒美を用意してくれててもいいと思います」


 ……いや、言いたいこと、わからないでもないよ。でも、私と婚約して色々解禁される未来はご褒美にならないんだ。いや、まあ、それは私の望みでもあるし、お互いにってことだから、言いだした私が急に言われた那由他ちゃんに何かもう一つって言う理屈、わからなくもないよね。でも一応言っておこう。


「那由他ちゃん、私と婚約できることはご褒美だと思ってくれないんだね……」

「え!? い、いえもちろんそれは嬉しいですし、人生のご褒美ですよ!? でもですね、言っちゃえば別に、今まで通りとか、なんならそれ以上のことをしたとして、千鶴さんが就職して何食わぬ顔で言えばわからないですし、そう言う選択肢もありますよね?」

「いやないけど!?」

「真面目な千鶴さんの為にも、そう言う選択肢を選ばないと言うことです。私は千鶴さんの意志を尊重します。なのでご褒美が欲しいです。千本ダーツとか、毎日キスするとか、そう言うのが欲しいです」


 何をとんでもないことを言っているのか、と私は思わず全力で突っ込んでしまったけど、那由他ちゃんは大真面目な顔でそう続けた。いつの間にそんなに強気に……。と言うか、姑息だよね。二人の未来のことで、主に頑張るの私なのに。

 いやこれから中学になるっているのも、それはそれで色々変わるし大変だけどさ。勉強だって、私と婚約して成績落ちたとか言われるわけにはいかないからこれからもがんばってもらわないといけないけどさ。

 それはそれとして、私はこの一年が正念場だよね。それだってもちろん私もだけど、那由他ちゃんが待てないって言って誘惑もやめないし、だから私も我慢できなくて早くするためにの一年なのに。まだご褒美を請求するって。


 まあまあひどい話だよね。那由他ちゃんからしたらどのくらい大変なのか、私以上にわからないだろうし、大人になったら自然に中学生になる、くらいに自然に社会人になるって思ってるだろうし。私もそんな感じだったし、簡単に考えてしまうのは仕方ないけどね。

 そしてその上で、要求する内容がダーツとか、毎日キスって。しょぼい! いや、もちろん今ならね、今の私たちにしたら高いグレードなんだけど。婚約するって言ってるじゃん? 私が言い出したってだけでそれに付け込んで要求をのませよう、なんて随分悪い子になってしまったようでいて、内容がしょぼい。


 怒るとかじゃなくて、もう呆れてしまうし、一周回って、笑えてきてしまう。


「もう……、那由他ちゃんホント欲しがりすぎ。それに、わかってないなぁ。ふふ」

「え? な、何がですか? あれ、お、怒るかな。とはちょっと思ったんですが、笑われるとは思ってなかったです。私、変なこといいました?」

「もちろん変なこと言ってるけど。と言うか、怒ったらどうするつもりだったの?」

「本気で怒ったなら謝りますし、反省しますけど。でもその、千鶴さんもなんだかんだで喜んでくれるかなーと言う可能性も考えてました」

「うーん」


 まあ、ご褒美を請求って言っても、キスとかね、普通に私嫌なわけないし、いままで那由他ちゃんに誘惑されて困ったけど、困った分普通にキスとかイチャイチャを楽しんではいたし喜んでもいたわけだしね。那由他ちゃんがそんな認識になってしまうのは……仕方ないかな?


「まあそれはそれとして、那由他ちゃん、そう言うご褒美、意味ないんだよね。わからないかなぁ」

「え? どういうことですか? 意味ないって。私と毎日キスするのは、千鶴さんにとってご褒美じゃないってことでしょうか……」


 戸惑う那由他ちゃんに笑いながら聞くと、しょんぼりしながら見当違いのことを言われた。なぜそうなるのか。自信があって強気になったかと思えば、急にそんな。もう、可愛いなぁ。

 私は那由他ちゃんの手を取って撫でながら笑いかける。


「そうじゃなくてさ。婚約者になれたら、そんなのご褒美の名目にしなくたって、何の言い訳もしなくたって、毎日できるってことだよ」

「!? ……え、えっ、そ、そんな、いいんですか!?」


 目をあわせて言うと、那由他ちゃんはかっと目を見開き、意味もなくきょろきょろ周りを目線だけで見渡してから、ぎゅっと私の手を握って前傾姿勢で私につめよるように聞き返してきた。


「もちろんだよ。だからこそ、那由他ちゃんと婚約者になるために頑張るんだ。応援してくれるよね?」

「は、はい! あ、えと、そ、そう言うのじゃなくてももちろん、最初から、応援はするつもりでしたけど。あの、えっと、お、応援します!」


 その食いつきの良さに驚きつつ、前かがみの那由他ちゃんのおでこに私もおでこをぶつけて宥めながらそうお願いする。那由他ちゃんはぐりぐりそのまま私に頬ずりするようにして元気に頷いてから、はっとしたように体を戻してそう誤魔化すようにしてから答えてくれた。


「うん、わかってる。さっきも我慢するのに頷いてはくれたもんね。と言うか、婚約したら我慢しないって言ったのに、どうして毎日キスできないって思ったの?」

「え、そ、それはその……わ、私がしてほしいこと、してくれるって言うのはその、い、一回する、って言うことで、そう言う、あの、あれかなって。その、ずっといいってこととは、思わなかったと言いますか」


 うーん、要は、一回えっちなこと解禁してくれるって風に思ってて、あくまで婚約した瞬間が特別なだけで普段はそう変わらないと思ってたってことなのかな? うんうん、そんなわけないよね。


「那由他ちゃん、とめるなら今のうちだからね?」

「え?」

「婚約しちゃったら、那由他ちゃんが嫌って言っても、いつだってキスだって、それ以上だってしちゃえるってことなんだからね? 私、毎日だって那由他ちゃんのこと大好きだし、一回こっきりなんてこと全然ないけど、大丈夫?」


 さっきと逆に、今度は私から顔を寄せる。きょとんとする那由他ちゃんに、そう最後通告をする。さっき言ったつもりだったけど、伝わっていなかったみたいなので丁寧に。これで勘違いで、婚約したけどそんなずっといちゃいちゃするのはちょっと、みたいに言われたら辛いからね。


「っ……は、は、はい。えと、あの……心の準備、は、あの、しておきます」


 那由他ちゃんは真っ赤になってあわあわしながらも、そうゆっくり頷いてくれた。ちょっと期待するような微笑んだ口元と目元に、困ったみたいに下がった眉。そんな那由他ちゃんが可愛すぎて、これから一年が長すぎるなぁ、と私は未来を思った。

 とりあえずキスしちゃいそうな雰囲気だったので、誤魔化すために空気を換えてから改めて勉強時間に戻すのだった。


 よーし、明るい未来の為に、頑張るぞ!


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