第51話 ロリコン

「な、なにしてんだお前ら! しょ、小学生がそう言うことしちゃいけないんだぞ! お前ら犯罪だぞ! て、ご、ゴリラ女!?」


 振り向いてドアのところにいてこちらを驚愕の目で見ていたのは、よりにもよって声のでかい悪ガキ君だった。ずんずん近寄ってきてそう、悪を糾弾するかのように言ってから私の顔を見てめっちゃ驚いて一歩引いて、机にぶつかっている。

 気付いてなかったのか。てか誰がゴリラだ。鉄パイプ割ったパフォーマンス見せたから仕方ないけど。


「お前、里田に何してんだ! 離れろよ!」


 じりじりと私から距離をとりながら移動して、那由他ちゃんの側に立った悪ガキ君はそう怒鳴った。だからなんでそっちが正義側なんだよ。あってるけど。小学生に手を出す悪人だけど。

 兎に角落ち着け私。まずは誤魔化して、そしてこのことを風潮できないようにする。よし! こうしよう。


「たなっ」

「いやいや、何変に興奮してんの? 私はただ、大事な那由他ちゃんが参観日に頑張ってお勉強していたから、頑張ったねってご褒美のちゅーをほっぺにしてあげてただけだよ? 君は親御さんからそう言うご褒美もらわないの?」


 何か言おうとする那由他ちゃんは手でとめて、にこやかに何でもない顔でそう威嚇する少年に話しかける。背後にいた上、前方のドア付近にいたのだから限界まで距離のあった状態で見られたのだ。大丈夫。誤魔化せる!


「は? はあ? ご褒美の、そ、そんなのするわけねーだろ! 頭おかしいんじゃねぇの!? そんなのして喜んでんのは幼稚舎までだっつの」


 よし! 口だっただろ、とは言われなかった。まあ頬でもなんでだよ! と興奮しているけど、頬にできたのは大きい。ここでダメ押しだ! 他の誰かに、親にすら言えないよう、この子のプライドを、折る!

 私はすっと立ち上がり、びくっと肩を震わせながらも逃げずにファイティングポーズをとる少年に一歩近寄りながら朗らかに声をかける。


「えー、なんだ。可哀想に。ご褒美のちゅーの良さをしらないなんて。君も頑張ってたもんね。お姉さんがしてあげよっか?」

「はっ!? ば、何言ってんだてめぇ!?」

「まあまあ遠慮せず」


 がしっと肩をつかみ、私より下にある少年の顔に顔を寄せ、逃げようともがく少年の肩に腕を回して首の下を通して固定し、ぐっとさらに顔を寄せる。


「っ」


 観念したように少年が目を閉じ、私は勝利を確信して微笑んで、少年の鼻をつまんだ。


「!?」

「あれ、ほんとにされると思った? ざーんねんでしたー。女の子いじめる悪い子にはご褒美あげませーん。女の子からのご褒美のちゅーが欲しかったら、もっと優しい子になることだね!」


 目をカッと見開いた少年にそう言って思いっきり馬鹿にしながら解放してあげる。勢いよく机を倒しながら離れた少年は一気に真っ赤になって怒鳴った。


「ばっっか!!! 誰が、誰がゴリラのご褒美なんか!」

「あれ、女の子から、と言っただけで私からとは言ってないけど?」

「!? 死ね! ゴリラ死ね!」


 少年は語彙をなくしたかのように、死ねを連発しながら走り去っていった。

 勝った! 完全勝利! あれだけ言葉の上でひっかけて馬鹿にしたのだ、こんな屈辱的なこと、ただでさえ負けん気の強い男子小学生が言いふらしはしないだろう。むしろ死ぬまで言わないだろう。


「いやー、間一髪だったね、那由他ちゃん」

「……」

「あれ? ど、どうしたの?」

「……千鶴さんの、ロリコン」

「ぐふっ」


 倒れた机を戻しながら話しかけると、めちゃくちゃ冷たい声音で言われた。思わずそのまま膝をついてしまう。

 えっ、なに、いきなり。ろ、ロリコン? そりゃ、那由他ちゃんと付き合っている以上、仕方ない称号とは言え。な、那由他ちゃんが言う?


「ど、な、なに、突然。こ、怖い顔して」


 そのまま那由他ちゃんの机に手をかけて尋ねる。那由他ちゃんは机に頬杖をついて怖い顔をしている。


「……私、知ってます。小さな子供にだけ、恋する大人のことを言うんでしょう? 千鶴さんは、私だから選んでくれただけで、ロリコンじゃないって、思ってたのに……」

「も、もちろんそうだよ? そうに決まってるじゃない。なんでそんなひどいこと言うの? 早く大人になってほしいって思ってるのに」

「……田中君にキスしそうになってました。やっぱり、子供なら誰でもいいんじゃないですか」

「いやいや! 誤魔化すためのふりだってわかってるでしょ? ああ言う風にすれば、言いふらされないって」


 仮にロリコン扱いを仕方ないとしても、何故今のであの悪ガキ相手に認定されないといけないのか。ああ言う悪ガキ一番きらいなんですけど!? さすがにそれは受け入れられない!

 机に両手をひっかけてその上に顔をのせ、下から那由他ちゃんの顔を覗き込みながらそう弁解する私に、那由他ちゃんは嫌そうな顔を崩さない。どころか、見たことない位のしかめっ面で、まるで汚いゴミでも見ているような顔になっている。


「……そうだとしても、嫌です。あんなに、顔を寄せて。千鶴さんの、ロリコン」

「っ……」


 うっ……那由他ちゃんから、本気の罵倒として、ロリコンと上から言われた。ものすごい罪悪感と、ちょっとだけ、何だかドキドキしてきてしまう。他ならぬ那由他ちゃんから言われると、あぁ、私ってロリコンなんだって、すごい言い訳の余地なくわからされてしまうと言うか。

 いけないいけない。この感覚はあけてはいけない扉だ。それにそんなことより、那由他ちゃんを悲しませた方が大問題でしょ!


「ごめん、那由他ちゃん。那由他ちゃんの言う通りだね」


 確かに、私が軽率だった。逆の立場で那由他ちゃんがあの悪ガキにキス顔見せるくらい顔寄せるとか、確かに嫌だ。理由があるとしても生理的に嫌だ。

 とっさのことで、何とかあの悪ガキが告げ口しにくいように巻き込んでしまおうとしか考えてなかった。結果として目論見は成功したとして、他に落ち着いて考えて方法がなかったかと言われると困る。


「とにかく、ことを内々に収めようと思って、なりふり構ってなかった。那由他ちゃんの気持ちまで慮ってなかったね。本当にごめんね。反省している。ロリコンなのも否定はしない。でも、那由他ちゃんだからなの。那由他ちゃんだけだよ。これは本当だから、これだけは信じて」

「……」


 心から反省して目をあわせて謝罪すると、那由他ちゃんはしばし見つめ合ってからそっと目線を卓上に向けた。


「……わかって、ます。頭では。でも、不安です。私にはあんなに時間をかけてためらってたのに。あんなに簡単に」

「そうだね。しないって決めていて、何にも思っていない相手だからとはいえ、横から見てたらわからないもんね。ごめんね。でも、那由他ちゃんだからこそ、簡単にできないんだってことはわかってほしいな」


 机の上で自分の手を握りしめて苦しそうにしてる那由他ちゃんに、そっと手を重ねて気持ちを伝える。那由他ちゃんはゆっくりと私に目をやった。その瞳はうるんでいて、今にも泣きだしそうだ。

 わかってる。私が全部わるい。しかもその都合を、小学生の那由他ちゃんに押し付けてわかってくれなんて、勝手なことばかり言っている。


 でもこの気持ちだけはわかってほしい。那由他ちゃんを、那由他ちゃんだけを愛してる。そこにはもう、他の何かが入り込む余地なんて全くないのだ。だからそこに不安に思うことはない。

 傷つけたのは私のせいだし、もうこんなことがないようにはする。不快にだって感じないようにする。気を付ける。でも、私の気持ちは疑わないでほしい。小学生だからとかじゃなくて、思いあう恋人だと思っているからこそ、那由他ちゃんもそこは信じてほしい。


「……じゃあ、わからせてください。私が、千鶴さんの、特別だって。絶対、他の人なんて興味もないって」

「……」


 一瞬だけ、迷った。今ここで? 那由他ちゃんが特別であることを、ここで証明する?


「……目、閉じて」

「……」


 立ち上がってそう促すと那由他ちゃんは何も言わず目を閉じた。たまった涙が一筋流れて、私は那由他ちゃんを泣かした事実に胸が痛み、そっと那由他ちゃんの頬に触れてぬぐって腰を折って高さをあわせて唇をあわせた。


「ん……」


 震える那由他ちゃんの唇にちゅっと吸い付く。ぷりっとした唇はどこまでも柔らかく、私の方が吸い込まれそうなくらいだ。

 ふいにぴくっと那由他ちゃんの下唇が下がる。力が抜けたかのようなその素直な動きに、まるで私の口づけに安心したかのような反応に、思わずそっと舌を差し込んでしまった。上唇を舐めるけど、口内との境目がわからないくらい、全体的に柔らかい。

 前回は夢中で、乱暴にしてしまった。だけど相手は小学生なのだ。優しくしないと。と思ってから、はっとしてしまう。しょ、小学生に、舌入れてしまってる!


「ぷは……ごめん、ちょっとやりすぎたよね。つい」


 慌ててキスを終わらせる。あああ、ただキスするだけのつもりだったのに、また欲望に負けてしまった。そもそも那由他ちゃんを慰めるためだったのに、何を自分の欲を優先させてるんだ。だからやっぱり、唇にキスなんてするべきじゃないんだ。しかもここ、小学校だし。めっちゃじっくりしてしまった。

 ちらっと後ろを振り向くけど誰もいない。はぁ。セーフセーフ。今更緊張してきてしまう。


 那由他ちゃんに視線を戻すと、赤くなって大きな瞳も三分の二ほどに閉じられ、ぼんやりしたような表情のまま小さく首を横に振っている。


「……い、いえ…………も、もっと、してください」

「あ、う……い、今ので、気持ちわかってくれたでしょ?」

「わ、わかりません」


 もう悲しみの涙はないのが見え見えなのに、那由他ちゃんは真っ赤な顔でもじもじしながらそう催促してくる。

 う、ううああ、か、可愛い。可愛すぎる。この、こんなの、もう。


 私は内なる衝動を堪えるように那由他ちゃんの頬から手を離し、そのまま両手でがっしり那由他ちゃんの肩をつかんだ。


「な、那由他ちゃん……ここ、学校だから、続きは、今度で」


 今度って、いつなの。今すぐしたい。でもキスだけじゃなくてもっとしたいし、こんなところでそんなわけには。あ、いや、そんなことできるわけないし。あ、あああ。と、とりあえず、後回しだ!


「今度って、いつですか?」


 それは私が聞きたい!


「それはその……とにかく、ここでは無理」

「じゃあ、明日。明日です。約束してくれなきゃ、駄目です。許さないです」

「あ、あ………………はい」


 私は不満げに迫る那由他ちゃんに、頷くことしかできなかった。

 ……あ、明日の私に、頑張ってもらおう。うん。


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