第47話 墓穴

「ん。はい。……千鶴さん、何だか可愛い手ですね」


 那由他ちゃんの手を離すと、今度は那由他ちゃんが私の左手をつかんだ。熱心になでなでと手の甲を撫でながら指先に移動していく那由他ちゃんはじっくり顔まで寄せて見てくれる。

 ちょっと恥ずかしいな。産毛の処理大丈夫だっけ?


「え? そう? 那由他ちゃんに比べるとちょっと骨ばってるかなって思うけど」

「う……どうせ、私の手はちょっと太ってますよ」

「どしたどした? 可愛いよ? てか那由他ちゃんに太ってる部位ないでしょ?」


 右手でつん、と那由他ちゃんの頬をつついて尋ねると、那由他ちゃんはちょっと頬を緩ませてから、むりやりむっと唇を突き出した。


「でも、千鶴さんより大きいのに、全体的にぷにってる感じがします」

「それは単に年齢的なものだよ。可愛くて好きだけど、多分成長するともっとすらっとすると思うな。ほら、指も長いし。私と手のひらの大きさ変わらないもんね。きっとピアニストみたいな手になるだろね」

「……えへへ。私、千鶴さんに褒められるの好きです」

「いくらでも褒め言葉がでちゃうよ。那由他ちゃん、褒めるところしかないもん。褒めてもらおうと、わざとちょっと自虐したこと言うところも、可愛い。小悪魔。愛されるために生まれてきたね。好き」

「んふふ、えへへ。ばれちゃいました? でも……ぷっくらしてる気がするのは本当です。千鶴さんのは綺麗だし、それでいてバランスがいいですし、こう、やっぱり可愛いです」


 目じりも下げてにこやかになっている那由他ちゃんは、きっと私ならだらしない顔になっているだろうに、可愛い。私の方がとろけそう。


「じゃあ私たち、お互いの手が大好きなんだね。相性がいいね」

「ん。……ぬふふ、えへ、そう、そうですね。えへへ……千鶴さん、いい加減なお返事だったの許してあげます」

「有り難き幸せ」

「へへ……ん。大好きですよ」


 ついついおどけて答えてしまう私に、那由他ちゃんは優しく微笑んでから、ふっと私の親指にキスをした。第一関節をはみ、そのままぬるり、と私の指を飲み込んだ。


「っ!?」


 思わず声が出てしまいそうになるのを、右手で自分の口を押えて耐えた。そんな私の動揺に、一度視線を合わせてにんまり目じりをさげてから、那由他ちゃんはちゅば、と音を立てて私の親指をしゃぶりだした。私の他の四指はまっすぐ伸ばしたところで離され、自然に那由他ちゃんの頬に触れ顎をつかむような形になる。

 収まった私の指を、べろり、と当たり前に口内にある親指の腹が舐められる。よだれが第一関節の下にたれていく。那由他ちゃんの口内の熱さに、舌の柔らかさに混乱する。


 え、なにこれ。


 ちゅう、ちゅぱ、と那由他ちゃんが吸い込むように唇を動かすから音が漏れる。


 え、えっ……!?


「な、な、那由他ちゃん、ちょ、ちょっとそれは、ちゅーの域、超えてるって」

「ん。でも、頬の時もこんな感じでしたよね?」

「んんん。そうだけど」


 でもあれは一周回って、可愛い子犬に顔を舐められている感に自分を誤魔化せないこともないこともないような気もしたけど。でもこれ、那由他ちゃんの可愛い顔が丸見えだし、口元も見えているし、誤魔化せない。100%那由他ちゃんで可愛い彼女が私の指しゃぶってるんだよ!? こんなの、こ、興奮するに決まってるじゃん。

 ていうかそもそも、頬を舐めるのも変だよ!? 唇のキスで舌をつかう練習でってことでしてたけど、よく考えなくてもその理屈もおかしい。何を言っているんだ。でもそれは今更言えない。唇に近いからセーフ、と言うことにしておこう。


「恥ずかしいよ。頬ならまだしも、指なんて、舐めるものじゃないでしょ。汚いよ」

「千鶴さんに汚いところなんてありませんよ。美味しいです。ちょっとしょっぱくて、それに、指紋の感覚もちょっとわかるのが、何だか千鶴さんも把握してない千鶴さんのことを知れるみたいで、ドキドキして嬉しいです」

「う……」


 や、やばい。やばいことしてる気がする。客観的に見て、小学生に指しゃぶらせてドキドキしてるのはやばすぎるでしょ。これ本当に健全か?

 むしろ悪化しているような。ダーツ制度で唇から離れたはずが、むしろエロい……? 体でもない指先でこれって。え、じゃあ部位書き込むマス目が多すぎて調子に乗って背中やお腹もかいてるのに、これ、え? やばいのでは? 普通に唇触れるだけならセーフでしょってしてしまったが、アウトでは? どう見てもアウトでは?


「あ、あの、那由他ちゃん」

「千鶴さん、次、人差し指、いいですか?」

「……うん」


 小指まで舐められた。手のひらまで濡れてしまった。疲れた様子で息を吐いた那由他ちゃんは、だけど満足げににっこり笑う。


「えへへ、ちょっと、疲れちゃいました。意外と舐めるのって疲れますね」

「そう、なんだ…………、あの、今度は私、もっかい、いいかな?」

「え? あ、は、はい……っ」


 キスの回数は決めていなかった、と言うのを明文化されたので、何回してもいい。お互いの合意がある限り、指定した場所内なら何回でもいい。それがルール。そうしてしまったのは、間違いだった。少なくとも、順番にしたら一回ずつにするべきだった。

 だって、そうじゃないから、とめられない。那由他ちゃんの舌に触れて、心臓がうるさくて、那由他ちゃんが嬉しそうで、好奇心が抑えられない。


 そっと那由他ちゃんの手をつかむ。涎でべたべたしている手なのをつかんだ感触で再確認させられる。那由他ちゃんの涎がそれだけつけられているのだ。

心臓が嫌な音をたてるくらい忙しい。


 でもこんなの、仕方なくない?

 ちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱ、那由多ちゃんの唇からいやらしい音きかされる続けるだけでもいけない気持ちになるのに、私の指で、ぬめぬめ熱くて、時々目をつぶってる艶やかな顔を見せられ、漏れる声音はどう聞いてもいけないことしてる声で、こんなの、頭おかしくなるでしょ!?

 大丈夫。一本だけ。ちょっと舐めるだけ。そう。指紋まで感じるのが本当か、知的好奇心を満たすためだけだから。大丈夫。私はまだ戻れる。


 ゆっくり顔を寄せると、那由他ちゃんは蕩けた表情から少しだけ緊張したように、指先に力をこめて固くなっていく。さっきまでまるで気負うことなく無邪気に私の指をなめていたのに、いざ私からとなると、急にそんな風になっちゃうなんて。

 感情が高まって、もうかぶりつきたくなってしまうのを抑えて、私は那由他ちゃんの人差し指を含んだ。


 那由他ちゃんの指、ほんの少し塩味が確かにあるけど、どこか甘い匂いがする。那由他ちゃん特有の香り。舌で舐めると爪はつるつるで、端は固いのが舌に食い込むのがどこかイタ気持ちいい。舌の先端でちろちろ舐めると、確かに指の腹が凸凹しているのがわかる。


「あ……これ、何だか、へ、変な感じしますね」

「ん」


 そんなつもりはなかったけど、那由他ちゃんが恥じらうように姿勢をかえて指をわずかに動かしたのでちょっと水音がでてしまった。自分でたてるとさっきまでとまた別の恥ずかしさを感じると共に、もっと那由他ちゃんを恥ずかしがらせたくて、那由他ちゃんが動くのを押さえたくて、ほとんど反射的に私は歯を閉じていた。


「んっ」

「あ、ごめん、大丈夫?」


 とっさに口を離す。那由他ちゃんの指から私の口にかけて唾が橋をかけた。ぬめついた那由他ちゃんの指先に少しだけ歯形がついていて、ゆっくりと回復していく。

 その様子に、心臓が鷲掴みされたように痛くなる。那由他ちゃんの体に、私の跡がついたその様は、どうしようもなくもっと、もっと跡をつけたいと言う欲求が湧き上がってくる。


「大丈夫です。一瞬びっくりしましたけど、甘噛みくらいですし」

「そっか……あの、今日、指だけってことだけど、さ。あの、腕、一回だけ、いいかな? 見えないところにつけてもいい?」

「え……い、いい、ですよ。千鶴さんがしたいなら。何回でも」

「ごめん。ありがと」


 お互いべたべたの手は握り合っておろし、那由他ちゃんの左腕の袖を少しめくる。ちょっとだけ顔を寄せると、胸元に近くてちょっと別のよこしまさが出てしまいそうなのを堪えて、那由他ちゃんの顔を見上げる。


「内側、いいかな? 見えにくいし、一瞬だからそんなに痛くないから」

「あ、はい」


 那由他ちゃんがキスしやすいよう、少し腕をあげてくれる。袖より上になるように唇をつけて、吸い付いた。


「んっ、ち、千鶴、さん?」

「ん……うん、できた」

「え?」


 勢いよく吸い付き、唇を離して出来栄えを確認する。うまく赤くなったそれに、私は征服感に満足して背筋が震えるほど気持ちよくて、一度ぺろっとその跡を舐めた。

 てか、那由他ちゃんはどこもかしこも柔らかいんだけど、二の腕も一瞬だけどめちゃくちゃふわふわしてて気持ちよかったなー。これ、普通に腕にキスするのも全然ありだわ。


「ひゃ、くすぐった、あ、て、あれ? え、こんな風になるんですか?」

「うん。あ、ごめん。全然伝わってなかった?」


 驚いたようにぴくっと体を震わせた那由他ちゃんは、自分の二の腕を見てきょとんとしている。噛み跡が付いたのを見た瞬間、那由他ちゃんに私のものだって印をつけたくなって勢いでしてしまった。

 普通に許可取ったつもりだったけど、那由他ちゃんに伝わってなかったのか。しまった。先走りすぎてしまった。


「ごめん。痛かった? 勝手にしてごめん」

「いえ。一瞬なので、痛いってことはないです。でも、これ、あ、これがキスマークですか?」

「う、うん」


 不思議そうな那由他ちゃんは、はっと気が付いたようで嬉しそうに聞いてきた。その姿が、ものすごい純粋で微笑ましさすらあって、罪悪感で胸がつぶれそうで興奮が冷めてきた。

 う。やばい。明らかにやりすぎだ。那由他ちゃんが小学生なのに、普通にキスマークつけるのは頭おかしでしょ、私。でも、だって。歯形ついて健気にはにかむ那由他ちゃん見たら、こう、興奮するでしょ! あのまま首元に行かずにちゃんとルール守って腕にして、なんなら胸に顔をうずめるのも我慢したし!

 ……いや、何のフォローにもなってなさすぎる。理性なさすぎるでしょ。うう。小学生にまたえっちなことを教えてしまった。


「あ、あの、ごめんね。つい、その、那由他ちゃんに、私のものだって印をつけたくなって。あ、ものっていうのは、変な意味じゃないんだけど、こう。あんまり公に言えないからこそ、こっそり恋人アピールしたいというか……」


 いや、これもやっぱフォローになってないな。普通にストレートに欲望を言っているな。


「え、どうして謝るんですか? やめてください。私、そんな風に思ってもらえて嬉しいですし、我慢できなくなって今私に夢中でキスしてくれた千鶴さん、可愛かったですよ」

「う……」


 いや、那由他ちゃんの器大きすぎる。てか甘やかしすぎだよ。もうちょっと怒ってもいいところじゃない? 言っても勝手に跡つけて、多少とはいえ心の準備ないと痛く感じただろうし。


「それに、いいですね。この印。えへへ。私も千鶴さんにつけたいです。どうやってるんですか?」

「う、うん……えー……これ、教えても大丈夫なやつ?」

「え? 駄目なんですか? 舌はつかってないですし、さっきのよりはえっちじゃないですよね?」

「そ、そう……だよね?」


 言われて見ればそう、かな? これだけならそんな、いやらしくない、かな? だいたい本番とセットのイメージなのでエッチに感じちゃってるだけかな?

 と教えてみたけど、私の腕にキスする那由他ちゃん、なんかこう、抱きしめてしまいたくなる。


「ん……うまく、綺麗にならないですね。むぅ。千鶴さん、前、私が初めてだって言ってましたけど、ほんとは誰かと練習してません?」

「誰ともしてないよ」


 いや、友達と映画見た流れでキスマークってどうすんだろ、うまくできる? みたいなのでそれぞれが自分の腕にキスマークつけて競い合うと言う馬鹿みたいなことはしたので、練習はしてるけど。誰かと、ではなく自分なのでセーフ。


「うーん。じゃあ……やっぱり千鶴さんが器用だからなんでしょうか。難しいです。あ、角度の問題かもしれません。ちょっと寝転がってもらえますか?」

「う、うん。いいけど」


 綺麗な形にならないと納得できないのは、真面目で完璧主義な那由他ちゃんらしいし、微笑ましい。でも、あの、普通にどんどん跡自体はできているし、袖におさまってないんですけど……。

 とは、自分からやりだした罪悪感と、小学生に見える場所にキスマークつけられている背徳感から言い出せなかった。


 最終的に那由他ちゃんは私の両腕の二の腕にキスマークを量産し、満足して帰って行ったけど、自制するためのダーツ制度初日からさらに足を踏み外してしまっている気がして、明日が不安でぞくぞくしてしまった。

 こわい。いつまで私の理性もつかな。いやこれ、もってるのか? 

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