第44話 恋に落ちていく

 那由他ちゃんが、小学生だった。信じられない。だけど、その言葉を解釈して脳にしみ込ませると、まるで自動的にパズルのピースがはまっていくようにしっくりきた。そうだ。高校の横を通りかかって感じる違和感は、制服が違ったんだ。あんなに真面目だったのに、中学一年生レベルの学力? そんなわけがない。ただ、優秀だっただけだ。

 ……いや、気づけよ私! 今まで何回高校の制服見てるんだよ! 今思い出したら、スカートもベストも色違うじゃん。私の目、節穴かよ!


 那由他ちゃんが泣いてしまうのを慰めつつ、私の内心はもはや嵐だった。婚約なんてとんでもない。小学生って、最高でも12歳じゃん。ていうか、誰か言ってよ。お母さんもわかってただろうし、おじさんも、そりゃあ未成年だからってしつこく言うよ。未成年どころじゃない。来年就活成功して婚約したとして、13歳? 13歳に手をだそうとしてた? ……いや、マジで私、犯罪者では?


 とりあえず、いつまでも神社に入られないので場所を変えようとした。那由他ちゃんは不安げに瞳を揺らしながら、汗臭い私にいい匂いだから離れたくないってぎゅっと抱き着いたまま歩き出す。


「……」


 いや、これが12歳の体って嘘でしょ。いやー、そんなん、下心持たないの不可能でしょ。……なんか、凹んできた。言われてみれば那由他ちゃん、中身ホント純粋無垢だったもんね。私、ロリコンだったのか。

 とにかく私の家に行って、一旦シャワーを浴びる。浴びながら冷静になる。冷たいシャワーが頭を冷やしてくれた。


「はあぁぁぁぁ」


 那由他ちゃんの前ではあまり落ち込んで見せられなかったので、大きくため息をついてうなだれる。

 那由他ちゃんは悪くないよって慰めて、泣かないようとにかく那由他ちゃんのことを考えてさっきまでは気持ちを整えたけど、やっぱ離れると、落ち込む。

 もちろん那由他ちゃんは悪くない。小学生とは言わなかったし、話もあわせてきた。でも、いや気づけよって話だ。うん。いくらでもヒントはあった。と言うか、制服一切隠されてないしね。むしろ頻繁に見てるし。塾のテキストも習熟度に合わせてるんだと思ってたけど、普通に中学生向きだったもんね。

 よく考えたらあのカバン、今日あったいじめっ子も背負ってたな。ランドセルじゃなくて四角い手持ち鞄でリュックになる形で、普通に大人も違和感ないから何とも思ってなかったけど、小学校の指定鞄だったのか。……いや、気づけよ私!


 あー、しかもその節穴っぷりで、那由他ちゃんに嘘ついて申し訳ないと思わせてたならそれこそ申し訳ない!


「……はぁ」


 そして、まあ今までのことは全部置いて置いたとして、問題はこれからだ。那由他ちゃんが小学生で、私は大学生の成人済み。どう考えても、恋人でいるべきではない。関係を全く切る必要はないにしても、もうちょっと適切な距離でいるべきだ。少なくとも昨日までの、いちゃいちゃラブラブカップルは不適切だ。恋人未満に戻るべきだ。


「……」


 ……いやー、いや、無理。那由他ちゃんと別れるとか、無理。恋人同士としてデートしたいし、手を握っていちゃいちゃしたい。

 うん。関係は今のままでしか無理。考えたらね、みんなは知っているうえで、私恋人なわけだしね。おじさんもそこはわかっててなわけだし? あ、でも、私が高校生と思い込んでるってことも気づいているから、那由他ちゃんの嘘を守るために黙ってる可能性もあるか。


 シャワーをとめる。ずっと浴びてたけどさすがに体が冷えてきた。鏡を見る。変哲のない私。どこにでもいる、女子大生。那由他ちゃんと釣り合うかと言うと、そりゃあ釣り合わないでしょ。でも今は、両思いなのだ。手を離してしまって、いつでも繋ぎなおせる保証なんかない。


 よし。うだうだ考えても仕方ない。私は那由他ちゃんが好きだし、那由他ちゃんも私を好きなんだ。じゃあ恋人しかないでしょ。大人として正しくないとか関係ない。那由他ちゃんが許してくれるなら、悪い大人でいよう。


 そう開き直って、私は自室に戻った。もう大丈夫だ。那由他ちゃんに改めて向きなおろう。ちょっと考え事で長くシャワーを浴びてしまったので、髪も適当に戻ると、那由他ちゃんはいつになくしょんぼりして、三角座りで待っていた。


 すぐ謝って隣に座ると、那由他ちゃんは私に向かって深々と頭を下げて謝罪した。そんな、そんな必要はないんだ。

 頭をあげてもらって、そっと抱きしめる。今は下心じゃなくて、心から那由他ちゃんを笑顔にさせたい、それだけが胸をしめる。


「何にも変わらないよ、那由他ちゃんのことは大好きだし、私たちは恋人だよ」

「ちっ、づるさっ」


 まるでものすごい良いセリフを言ってるかのように言ってしまったけど、冷静に考えて小学生に言っていいことではない気がする。でも那由他ちゃんは喜んですんすん泣き出しているのでセーフ。

 ちょっとだけ泣く勢いがなくなってから、那由他ちゃんはどうして怒らないのか聞いてくるけど、逆にどうしてそんなに怒られると思っているのか。


 これが普通の友達だとして、お互いに仲良くなれば年齢なんてどうでもいい話だ。まして恋人になって、どうしようもない深い思いを抱いているのだ。年齢が違って、じゃあこの思いは間違いだったね、何て風に簡単に変わるわけがない。

 私はまだ泣きじゃくる那由他ちゃんに、肩を軽く撫でたり叩いたりして、背中もさすって何とか泣き止んでもらおうとしながらも、私の本音を伝える。


「関係ないくらい大好きになっちゃったから、恋人はやめたくないの。ごめんね、悪い大人で」


 本当は世間にしてみれば謝るべきなのは私で、責められるべきなのも私なのだろう。わかっている。対等な恋人なんておためごかしだ。それだけの年齢差が、間違いなく存在しているのだから。

 それでも私は、那由他ちゃんが好きな気持ちを抑えられない。那由他ちゃんが大人になるまで恋人の関係を待つなんて無理。例え後ろ指をさされるのだとしても、無理だ。この思いはもう、抑えるには限界を突破してしまっている。今更、友達になんて戻れない。


「千鶴さん……嬉しい、です」


 那由他ちゃんはそう見とれるくらい綺麗に微笑んで、また泣き出した。那由他ちゃんが喜んでくれるなら、十分だ。那由他ちゃんの為なら、私は何にだってなれる。那由他ちゃんがいいと言ってくれるなら、悪魔にだってなろう。


 私は那由他ちゃんの目じりに口づけた。吸い込まれる様に、自然に、何も考えずにしていた。それだけ、もう私たちの関係は深いのだ。今更離れるなんて、考えるだけでも辛いことできるわけない。


 那由他ちゃんは涙をとめてくれた。私と見つめ合う。その瞳を見ていると、ドキドキしてきて、そんな流れじゃないはずなのに。今日は那由他ちゃんの隠し事がはっきりして、思いを伝えあって小学生の那由他ちゃんと正式に恋人になれたと言う記念すべき日なのだ。

 恋人でいるのはとめられないけど、さすがに小学生なのは本当なのだ。来年に婚約だってできないし、下心がわいてくるのは控えなければならない。


「……千鶴さん、もう一回、してください」


 そう思ったけど、那由他ちゃんはそう思わなかったようで無邪気に誘惑してくる。う、したい! 私だってしたいよ! 昨日までいっぱいしてたもんね! 唇以外ならセーフ理論でしてたもんね!

 でも……いや、さすがにまずいでしょ。どっちも未成年だけど、高校生でその気になれば結婚だってできる年齢なのと、どうあがいても違法な年齢は、違うでしょ。と言うか、私が暴走した時のまずさが段違いだし。


「あー、その、ごめん、思わずしちゃったけど、これからはもう、挨拶のちゅーもしないようにしよう。今度こそ、那由他ちゃんが大きくなるまで清い関係でいよう」

「……」


 これはさすがに、守るべき最後の一線の壁の高さがめちゃくちゃ高くなったからね? その前段階から引き締めないと、今のところ小学生とわかっても私の思いは何の変化もないし私の理性に不安しかないしね?


「千鶴さん、私の為に、悪い大人でいてくれるんじゃないんですか?」

「うっ……そ、それは言ったけど」


 悪い大人でいる覚悟はできたけど、元々最後の一線は合法まで待つつもりだったんだよ? だけどあと六年って、今までのままじゃあ、絶対待てないでしょ。もうそれは悪い大人じゃなくて、犯罪者だよ。悪魔じゃなくて、極悪人だよ。


「だったらもっと、私と一緒に、悪い子になってください。大好きです」

「……」


 那由他ちゃんはゆっくり私の顔を包み込んだ。大きな手、少し震えるその手を、揺れる瞳を、どうして拒否できるだろう。


 どうして恋に落ちるって言うのか。浮き上がるでもいいのに。なんて馬鹿げたことを考えたことがある。だけどわかった。いやでもわかってしまう。

 恋に落ちると言うのは、自力ではもう、戻れないからだ。落ちてしまえば、もう、落ち続けるしかないからだ。


 私は、那由他ちゃんに恋に落ちた。落ち続けていく。戻る気なんてなかった。だけどそうじゃない。戻ることはもうできないんだ。


 私は目を閉じて受け入れる。那由他ちゃんの柔らかな唇に、那由他ちゃんの背中に手を回して応えた。ぐっと押し付けるだけで、幸せな気分になってしまう。それでももっと、もっとと心が求める。

 それが絶対に許されない犯罪だとはっきりしたことが、逆に私の気持ちを燃え上がらせているようで、体が熱い。


 それでも最後の理性が、ぎゅっと私の唇を閉じたままにさせた。


 苦しいほどのキスを終えた。顔を離すと那由他ちゃんはまた涙を流していた。少しはれぼったくなっている那由他ちゃんの瞼に、そっとキスをする。


 那由他ちゃんが笑うまで、私は那由他ちゃんの顔にキスをふらせた。

 それから、那由他ちゃんと手を握って、じっと身を寄せ合って過ごした。離れたくなかったから。純粋にそれだけ。


 那由他ちゃんから、六年生で、いじめっ子のこともきいた。一応遊びに誘ってくる形だけど迷惑に思ってることも聞いた。私のことは顔見知り程度に言って、怪しい人じゃないと言うことは弁解してもらえるようお願いしておく。

 クラスメイトとなれば、私もまた会うこともあるかもしれないしね。あ、ていうか鉄パイプの回収忘れたな。……まあ、何とかなるでしょ。あの反応でも多分、私と那由他ちゃんが知り合いなのはばれてるだろうし、通報はしてないと思いたい。そもそもいじめをやめろって注意だし、自分だって詳しく言いたくないでしょ。

 小学生としての那由他ちゃんの話を聞いていると、すぐに夕方になってしまった。那由他ちゃんを家に来るまで送る。駐車場で別れる時、急になんだか恥ずかしくなってしまって格好つけて窓から挨拶する。


「那由他ちゃん、また明日。それと、改めてこれからもよろしくね」

「はい、千鶴さん。こちらこそ、よろしくお願いします。また、明日」


 そして別れて、ふわふわした心地よさと同時に罪悪感もありつつ、地に足をつけた幸福感に包まれたまま私は那由他ちゃんが小学生である現実を受け入れた。

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