第39話 また明日

 那由他ちゃんのマンションのいつも停めてる駐車場についた。無事、一切の危機もなく到着した。うん、さすが私。このままなら次回更新はゴールド免許も夢じゃない。


「……」


 うんまぁ、あれっきり那由他ちゃんは無言なわけですがね! さすがにこのままバイバイはない。きっちりサイドブレーキを踏んでから、さて、とハンドルを軽くたたいて注意を引く。


「那由他ちゃん、怒ってる? 気持ち悪かった?」

「い、いえ……そんなこと、ないです」

「明日も会う約束してるけど、これそう? 疲れてるなら無理することないけど」

「いえ! 行きます!」


 ここでやっと那由他ちゃんは顔をあげた。頬は紅潮し、こわばっている。はぁ、可愛い。一度タガをはずしたからか、キスしたいなーと言う感情が湧き上がってきてしまう。


「そっか。明日も会えるなら、嬉しい。この二日、楽しいデートだったね」

「は、はい……。ジェットコースター、楽しかったです。遊園地、大好きになりました」

「うん。よかった」


 そっと頭を撫でる。那由他ちゃんは目を細め、嬉しそうにはにかんでくれる。可愛い。キュンっと胸が高鳴る。よし。唇はさすがに駄目だし、そもそも理性緩んじゃいそうだからあれだけど、挨拶のちゅー自体はいいよね?


「ね、さよならのちゅーしたいから、おでこだしてくれる?」

「あ、は、はい!」


 那由他ちゃんはいそいそと前髪をなでつけ、わざわざヘアピンを出して止めてくれた。可愛い。そして準備満タンでにこっと微笑んでから、そっと身をかがめて目を閉じてくれる。


「ん。さようなら、また明日ね」

「はい。また明日。じゃあ、次、あ」

「ん? あ゛っ……あー、ははは」


 奥ゆかしい笑みを浮かべた那由他ちゃんだけど、ちらっと私の向こうに何かを見て間の抜けた声をあげた。つられて後ろを振り向いて、サイドミラーの向こうのおじさんと目があった。

 空笑いで誤魔化しながら窓を開ける。おじさんはめちゃくちゃ冷たい目をしている。


「あー、どうも、おじさん。ただいま戻りましたー。無事、五体満更で那由他ちゃんをお返しに参りました」

「ふーん。無事かぁ。無事なんだね?」

「はい、もちろん! やだなぁ、おじさん。今、挨拶におでこにキスしてただけですよ。もしかして勘違いしてました?」

「いや、おでこだったのは見えていたよ」


 よし。まずそこはセーフ。でも相変わらずの冷えた目だ。う、うーん。どうしよ。挨拶すらアウトだったなんて! ……いやまあ、だからギリキレてはないし、そりゃ目の前にしたら気まずいよ、私もね。


「お父さん! 千鶴さんに怖い顔しないでよ!」

「う。いや、那由他、今は大人の話をしてるんだ」


 助手席から顔を出して怒鳴る那由他ちゃんに、あからさまにおじさんはひるんだ。と言うか、こんな風に怒ってる那由他ちゃん初めて見た。そもそも那由他ちゃんが怒ってるのも初めて見た。あ、車でのあれは怒ってるに入るのかな?


「私の話でしょ!? お父さんには関係ないじゃん!」

「か、関係はあるだろ? 親だぞ?」

「お父さんだってお母さんとよくちゅーしてるでしょ。私、知ってるんだからね」

「……そ、それはお前、結婚してるんだからいいだろう」

「じゃあ恋人の時はしてなかったの? それに私だって、千鶴さんと結婚するもん!」


 と、ぼんやり怒り顔の那由他ちゃんも可愛いなぁ。と思っているうちにどんどん話はすすんでしまって、おじさんの方がたじろいで一歩引いて幕を閉じたようだ。

 ちらっと見るとおじさんと目があい、気まずそうに笑顔をむけられた。


「……と、とりあえず、帰ろうか。荷物を持つよ。千鶴さん、ひとまず、ありがとう。楽しい旅行だったみたいだし、五体満足なことは本当に感謝してるよ。お疲れさま」

「あ、はい。じゃあ、那由他ちゃん」

「う……はい」


 ロックを解除して、後ろから荷物をおろす。お土産はこっちが那由他ちゃんだったよね。と仕分けして渡す。


「……あの、千鶴さん、その、す、すみません。勝手に、結婚するとか言って」

「ん? 全然いいよ。ていうかするしね。あ、ごめんね。プロポーズは社会人になってから改めてするね」

「あ、あ………は、はいっ」


 那由他ちゃんとの話の流れでは普通に一生一緒前提で、当然結婚してる体で話をしてるけど、そういうことはちゃんとするつもりだ。そのあたりは真面目にしたいし、思い出にも残してほしい。なのでそう宣言すると、那由他ちゃんは本当にうれしそうに笑ってくれた。

 うん、どうやら、あのキスで好感度がさがったりはしてないらしい。多少引いたかもだけど、持ち直してくれているみたいだし、セーフセーフ。


 にっこり笑顔の私たちに、おじさんは渋い顔をしながらも、形状は丁寧にねぎらってくれた。そう言うとこほんと真面目だし、那由他ちゃん似なんだよなぁ。だから余計、後ろめたい。ちょっとだけ、約束を破ってしまった気がする。

 うーん、でもまぁ、あれだよ。高校生だしね。一線は超えてないし。まあ、ぎりぎり、まだ清いお付き合いと言えるのではないでしょうか……?


 それは無理か。まあ、でも、ね? 犯罪ではないでしょ。16歳なんだし、なんなら婚約してしまえば。うーん、でも那由他ちゃんが未成年はともかく、私がまだ学生なのにプロポーズは、婚約と言えど早いよねぇ。


 と、なんとか少しでも早く那由他ちゃんと合法の関係を築きたいなぁ。と下心ましましで考えながら、私は自宅へ帰った。









 そして翌日、約束通り那由他ちゃんは我が家にやってきた。夏休みも残り少し。勉強会でたてた目標まであと少しだ。

 那由他ちゃんのお母さんは来月中には一度家に戻ってこられるそうなので、それまでに手料理の一つも振る舞えるようになりたいと言うことで、今後の週末はその練習もすることになった。それもあり、目標は高めに設定している。


「発表します! ドロドロドロドロ……ででん! 合格!」

「やった」

「おめでとう那由他ちゃん! やりきったね」


 なんとこの度、夏休み最終日を待たずに、那由他ちゃんは中学一年生の総復習をやり切ったのだ! もちろん全教科全頁びっちり勉強までいかなくて、那由他ちゃんの得意な分野はざっと流したり、点の取れそうなところを重点的にしたりしたけど、一年生総復習確認テストで合格点をとれたのは間違いないのだ。

 これで次は二年生からだ。中一は新しいことが多いけど、中二はその発展だからそこまで時間かからないだろう。大本をしっかり押さえたのは大きい。元々一回は習ってるんだし、この調子なら那由他ちゃんが二年生になる前に三年間の総復習も夢ではない。

 そうなれば高校二年生の段階で高校一年生レベルが習得できていないのは、ちょっとした遅れレベルだ。まだまだ余裕で追いつける。もちろん範囲とかも増えるけど、二年生は学校の授業も並行して勉強すれば三年生になるころには追いつけているだろう。

 今が復習とは言え、中学一年生相当をしっかり高レベルで習得できているのだから、三年生開始時点で学校の成績もそこそこ上位レベルにはなるのではないだろうか。もちろん皮算用だけど、那由他ちゃんは努力家だし、勉強に対する発想もいい。公式の覚え方とかよくコツをつかんでくれた。

 うん。実力で大学入学は可能だ!


「頑張ったね。もちろんこれからも続くけど、夏休みはあと二日だけだし、ちょっとお休みして、学校が始まってから二年生にとりかかろうか」

「はい! ……えへへ、じゃあ、今から、恋人モードですね」

「う、うん。そうだね」


 今日は勉強会、と言うことで、朝一会った時から那由他ちゃんの唇を思い出してしまいそうなのを堪え、冷静にいつも通りの真面目な空気を出していた。だけど終わった途端、そうほんの少し目を細めて小さな声で微笑みかけてきた那由他ちゃんは妖艶さすら感じられて、普通にドキッとしてしまった。

 確かにお休みっていったし、そう言うことなんだけど、でもその、本当に単純に、ずっとお勉強ばっかりじゃ疲れるし、夏休みなんだからノルマ関係ないのびのびした日も少しくらいあった方が逆に気持ちよくいいスタートをきれるよね。と言う気遣いで、下心はなかったのだ。


 なかったのだけど、今急に出てきてしまった。いや待て、落ち着け私。どっちにしろ、昨日みたいなのは禁止だし、できて挨拶のちゅーだから。あ、ていうかおじさんとはどう話したのかな?

 一応夜にも連絡してたけど、大丈夫です、お父さん叱っておきました。で終わってたし。


「おじさんは、挨拶のちゅーはセーフって言ってくれたの?」

「えっと、直接は言いませんできたけど。でも、千鶴さんに怒った顔してたのは謝ってくれました」

「うーん」


 那由他ちゃんには謝ったけど、全然許してなさそう。でも那由他ちゃんの表情は挨拶セーフっぽい感じだ。……よし。セーフってことにしておこう。


「そっかぁ。じゃああとで、さよならのちゅーができるね」

「は、はいっ。ふへ、えへへ」

「ね、手、繋ごうか」

「はいっ」


 ぎゅっと手を握る。それだけでとくとく、と心臓が少しだけ元気になる。恋人になる前は二、三日に一回会う頻度だったけど、今は勉強も関係なく可能な限り毎日会いたい。なので明日はバイトをいれているけど、午後からなので午前だけでも会う予定になっている。


「明日は時間短いし、どっか駅で会おうか。そしたら私もぎりぎりまで一緒にいれるし。お昼も食べよ」


 そうして明日の予定について話しながら、時々手をぎゅっとしたり、緩めて親指で那由他ちゃんの指を撫でたり、持ち上げて軽く振ったりして、その度に見つめ合ったりして健全にいちゃいちゃな空気を楽しんだ。

 これぞ、ザ、健全だよねぇ。もちろん昨日みたいなキスもしたいって欲はあるけど、那由他ちゃんが笑顔でいてくれるなら十分だし、那由他ちゃんと触れ合って見つめ合ってるとめちゃくちゃ満たされるんだよね。はー、幸せ。


「あ、もうこんな時間だね。送るよ」

「あ、はい。……名残惜しいですけど、じゃあ、あの、私からしたいので、目、閉じてもらってもいいですか?」

「う、うん。了解」


 ふいに時計を見るともう夕方。那由他ちゃんはお家で晩御飯を食べる日なので、そろそろ送っていかないと。那由他ちゃんは時計を見て残念そうにしつつ、恥ずかしそうにそう言って促した。

 おかえりのちゅーをするのは当然だとして、那由他ちゃんからで、まして目を閉じろって、何だか本格的でドキドキしちゃうなぁ。てか那由他ちゃんからもう二回も唇奪われてるし、もしかしてまた口にされたりして。なーんて。昨日あれだけビビらせてそれはないよね。


 と自分に言い聞かせつつ、それでもつい期待で心臓を高鳴らせながら私は言われるまま目を閉じた。

 那由他ちゃんと握ったままの手はさらに強く握られ、左肩に那由他ちゃんの手が乗せられる。那由他ちゃんの気配が近づいてくるのを感じ、わくわくしながらその時を待つ。


 と言うか頬かな? 額かな? 目を閉じさせたなら、顔以外ってことはないだろうけど、変化球で鼻とかもあるかも。今度しよ。


「ん」

「ん!?」


 そんな気持ちで構えていたので、普通に唇に柔らかいものがあてられて思わず目を見開いた。那由他ちゃんの長いまつげが揺れているのを見ながらその感触にひたる間もなく、那由他ちゃんの唇が動いて、私の唇の表面をペロッと舐められた。


「んひゅっ!?」

「ん。んふ、ふふふ。えへへ」


 期待しつつ、いやまあないよねーと諦めていたキスをされて、さらに想定外過ぎる那由他ちゃんの舌の熱さに飛び上がらんばかりに驚いて変な声が出てしまった。舐めてすぐに顔を離した那由他ちゃんは真っ赤な顔で笑っている。

 とっさに口元を隠すように覆いつつ、そっと自分の唇をなめる。濡れていて、間違いなく、今の熱は那由他ちゃんの舌だ。


「……な、那由他ちゃん、今の」

「えへへ。ごめんなさい。昨日、千鶴さんに言われたように、私、まだ子供でした。……でも、私だって、いつまでも子供じゃないですから。早く大人になれるように、頑張りますから。だから、待っててくださいね」

「う、うん……待ってる」


 待ってるよ。待ってるけど、そんな焦ってならなくても、もっとゆっくりでいいのに。

 そう思いつつ、私はどきどきが止まらなくて、今すぐタイムマシン開発されないかな。何て馬鹿なことを考えていた。


「えっと、その、い、今のは決意表明と言いますか……その、さよならのちゅー、改めてしてもいいですか?」

「もう、可愛すぎか」


 こんな大胆なことをさらっとしておきながら、次にまた挨拶のちゅーで戸惑う那由他ちゃんの可愛さに負けて、私は那由他ちゃんのおでこ、頬、鼻先までちゅーをしてじっくり、さよなら、大好き、また明日、と三回分の挨拶をしてしまった。

 大好きはもはや挨拶ではないけど、まあ、いいよね!

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