第30話 勇気

「ところで那由他ちゃん、さっきの質問なんだけどさ。那由他ちゃんとおじさんが血がつながってないって話。聞いてもいい? もちろん嫌ならいいんだけど、那由他ちゃんのこと、ちょっとでも悩みがあるなら、知っておきたいかなってさ」


 セーフなイチャイチャをして、一通り気持ちも落ち着いたのでおててを繋いだまま肩がぶつからない距離で横並びで座りなおし、私は先ほどの会話に話を戻した。今のところ、那由他ちゃんの状況が割と謎だしね。

 あえて明るくかるーい声音で尋ねる私に、那由他ちゃんは繋いでいる指先を揺らしながら、んーとぉ、とちょっと間延びした声をだした。


「はい、やっぱり、私のことってわかりますよね。と言っても、基本的には前に千鶴さんに言った通りです。春休み、急にお母さんがどうしてって言いながら泣き出してしまって、それからお父さんと出て行ってから戻ってきてないんです。お父さんはお母さんは疲れているからお休みしていて、元気になったら戻るから二人で頑張ろうって言うだけで、それで……でも、親戚のおばさんが、その、私とお父さんは血がつながってないって、わざわざ教えにきたんです」


 なるほど。那由他ちゃん的にもそのおばさんを悪く思っているのがひしひし伝わってくる言い方だ。普通に第三者視点からでも余計な口出しが過ぎる。普通そう言うのをわざわざ言いにきて子供に言うって性格悪すぎでしょ。


「じゃあおじさんから言われたわけじゃないんだよね? そのおばさんが嘘をついてるってことはないの?」

「……そう、思いたいですけど、でも、お母さんが出て行ってから、お父さん、私を前みたいに抱っこしたり頭をなでたりしてくれなくなりましたし。それに、嘘を言う意味がわからないですし」


 那由他ちゃんはちょっぴりしょんぼりした声音になりつつ、さっきみたいに泣きそうな感じではなく、私ではなく前を向いたまま伸ばしている足先を左右に振りながら続ける。


「仲良くはないですけど、おばさん、いつもとれた野菜とかくれにわざわざ来る人で、血がつながってないのも、大変ね、これから頑張って、って、こう、同情する感じで言っていたので。その、おばさんの勘違いの可能性もあるんだって、思ってます。お母さん、お父さんのこと大好きですから。でも、やっぱり、お父さんと気まずい感じで、ほんとかもとも感じますし」

「そっか……聞いているだけじゃ、それが嘘か本当か、正直判断できないよ」


 今の情報だけでは、何を言うべきか、どういえば那由他ちゃんがなぐさめられるのか、全くわからない。まあすべてを知ったからわかるとも限らないけど。だから私に言えるのはこれくらいだ。


「だけど、ただ私は那由他ちゃんのこと大好きだし、いつでも傍にいるし、ずっと味方だから、それだけは忘れないでね」

「……はい、ありがとうございます。千鶴さん」


 結局私に言えるのはこんな、月並みでありきたりな言葉だけだ。聞いておいて、無責任なくらいの言葉。だけど那由他ちゃんは嬉しそうに笑顔になって、ぎゅっと私の手を握った。

 その仕草に、私は胸が苦しくなるくらい那由他ちゃんが愛おしくて、彼女をのことを世界一幸せにしてあげたいと思った。そしてそれはきっと、同時に私も世界一幸せになれるんだろうなって、なんの根拠もなく確信できた。


「うん。それでね、那由他ちゃん、詳しい事情はわからないけど、もしよかったら、今週はお盆でおじさんもお休みなんだし、どこか遊びに行こうって那由他ちゃんから誘うのもいいかもしれないね」

「え? 私から、ですか?」

「うん。昔みたいに仲良くなりたいなら、だけど。赤の他人だってゆっくり一緒にいてくだらないことでもお話ししていけば、仲良くなれたりするんだからさ。たまには、那由他ちゃんが大人になって声をかけるのもありじゃないかな」


 なゆたちゃんのおじさんは温厚で理知的な、いかにもな大人だけど、だからっていつでも完璧なわけじゃない。誰だって完璧な人なんていない。おじさんも那由他ちゃんと一緒で春に急に血がつながってないって知って、おんなじように困って距離ができてるだけかもしれない。だったら、子供の那由他ちゃんが、たまには大人になってもいいだろう。

 これは間違いかも知れない。那由他ちゃんに勇気を出させ、那由他ちゃん側に負担を持たせる提案だ。だけど少なくとも、何かが変わるだろう。那由他ちゃんは春から今まで、ずっと独りで抱え込んでこれた。それだけ強い子だ。

 他ならぬ那由他ちゃん自身が、父親とまた仲良くしたい、改善したいと考えているなら、もう一歩踏み出すべきだ。いくら私が心配しても人間同士の関係を変えることは、結局本人にしかできないのだから。


 突然話を、となるときっと気まずさが邪魔するだろう。でも遊びに行くなら、その目的の何かについて話すことができる。以前は仲が良かったなら、無理にでも一緒にいれば話すことくらいはできるだろうし。


「……」

「もし、用事があったり、疲れてるからって断られたら、代わりになれないけど、私が一緒にいるからさ。那由他ちゃんが傷つかない程度に、軽く提案くらいしてみても、いいんじゃないかな」

「……はい。そう、ですね。そうですよね。そっか。そうですね。そうしてみます」


 表情を伺いながらそう提案すると、那由他ちゃんは前を向いたまま頷き、段々表情を柔らかくしながら何度も頷いてそう言った。


「あ、うん。もちろん無理しなくていいよ? あくまで、そう言うのもありかなって言う提案だからさ」

「はい。わかります。でも、今聞いて、なんていうか、あ、アハ体験! です。いっつも、お出かけとか私から言い出すことってなかったので。なんていうか、そう言うのもありなのか。って、ちょっとびっくりしましたけど、しっくりきました。私、お父さんに言ってみます」

「うん、頑張って。いつでも応援してる」


 それをアハ体験と言うのかはちょっとわからないけど、どうやら那由他ちゃん的には前向きにありな提案だったようでほっとする。那由他ちゃんは人見知りだけど、けして臆病で行動できない子じゃない。勇気のある女の子だ。


「はい。大丈夫です。さっき、元気をもらいましたから。……あ、あの、その、げ、元気もらえたんですけど、その、ゆ、勇気の分も、もらえたら、嬉しいな、なんて、今、思ったのですが……」

「あ……そ、そう、だね」


 何その可愛すぎるおねだり。誰でもうんって言うでしょ。


「じゃあ。目、閉じてくれる?」

「は、はい……」


 体を斜めにむけて握った手に体重をかけて身を乗り出し目を閉じた那由他ちゃんに、今度は瞼にそっと唇をおとした。言われる前に、両方に。ゆっくりと。


「……ぅえへへ。勇気、でそう、です」

「それはよかった。那由他ちゃんの力になれて、光栄だよ」


 目をあけた那由他ちゃんと顔をあわせて微笑みあいながら、私は私で、動いてみようと決めた。那由他ちゃんが勇気を出すなら、私もまたそうあるべきだ。


 そう心の中で誓いを立てた。









 その日、那由他ちゃんのおじさんは比較的早く帰るので普通に晩御飯を作ってくれる日だ。なので私は那由他ちゃんを夕飯前にお家に来るまで送り届ける。家で勉強会をするときは車での送迎が定番だ。車の方が時間もかからないし、わざわざ電車賃使わせるのも申し訳ないしね。

 最初こそ申し訳なさそうにしていた那由他ちゃんだったけど、ドライブ感覚だしギリギリまで一緒にいたいからと伝えて、今では普通に受け入れてくれている。


 なので今日も那由他ちゃんを家に送り、そしておじさんが帰ってくるまで残っても違和感はないはずだ。家に帰ってきたのを那由他ちゃんと一緒に、私は荷物を持ったままで迎えた。


「ただいま」

「おかえりなさい、お父さん」

「おかえりなさい、おじさん。お邪魔してます」

「ああ、いやいや、いつもありがとう、千鶴さん」


 おじさんは母と連絡をとっていることもあって、普通に名前で呼んでくるのはいいけど、那由他ちゃんと同じくさん付けだ。他の友達の親とかはだいたいちゃんなので、ちょっと変な感じもする。


「いえいえ、それじゃあ私はそろそろ帰りますね」

「気を付けて帰るんだよ」

「あ、おじさん。お仕事で疲れているところ申し訳ないんですけど、旅行に関してちょっとお話したいことがあるので、いいですか? 下まで送ってもらうついでで話したいんですけど」

「ん? そう、か。そうだね。じゃあ送ろう。那由他、悪いけどもう一度ドアを施錠しておくんだよ」


 おじさんは頷くと、鞄だけ玄関に置いてすぐに靴を履いてくれた。那由他ちゃんは不思議そうにしたけど素直に頷いてくれた。


「あ、うん。えと、じゃあ、千鶴さん。また、夜にお電話しますね」

「うん。また夜にね」


 はにかみながら小さく胸の前で手を振る激カワ那由他ちゃんに和みつつ、手を振り返して別れる。玄関をしめて、ロックがかかったのを外から音で確認してからおじさんと目をあわせて歩き出す。おじさんはにっこりと、少々疲れている空気感ながらも愛想良く微笑んでくれる。


「本当に、仲がいいね。仲良くしてくれてありがとう」

「いいえ。私がしたくてしていることですから」


 それにしても、笑った感じが那由他ちゃんと似てるなぁ。これは那由他ちゃんと血がつながってないの勘違い説あるな。


「それで、話ってなにかな? 那由他には聞かせられない話なのかと思ったけれど」

「はい。実は、折り入って聞きたいことがありまして……繊細な話なので、車の中で話したいんですけど乗ってもらってもいいですか? すみません。貴重な時間をとってしまって」


 旅行に関する話ならあの場でしてもよかったのだ。会えて連れ出した意図をちゃんとくんでくれていてとても話が早くて助かる。那由他ちゃんと家で過ごす大事な時間なので申し訳ない。晩御飯の時間も遅れてしまうし。でも、こういうのは早い方がいい。


「それは構わないけど、いくら友達の親とはいえ、異性と軽率に車で二人きりになるのはよくないだろう。どういった話かな? できるなら駐車場は人目もないしと思うけど」

「那由他ちゃんのことについてですから、信頼してます。人に聞かれたくない話ですから、お願いします」

「……わかったよ」


 違う意味で渋られてしまったけれど、さすがに引けないのでそこは強引にお願いした。だってそうでしょ。那由他ちゃんと血がつながってないって本当ですか? なんてこと、万が一にも他の人の耳があるところではできない話だ。


 那由他ちゃんはきっとそこまで踏み込めないだろう。もちろんだから、私が聞いて代わりに伝えるとかそんなことはしない。だけど、私に答えてくれなくてもいいのだ。ただ那由他ちゃんが知っていることは伝えた方がいいと思ったし、いったい那由他ちゃんをどう思っているのか、知りたかった。

 おせっかいと言うか、図々しくずかずかと踏み込んでいる自覚はある。いい迷惑だし、那由他ちゃんが聞いたらなんで勝手に? と思うかもしれない。でも万が一、那由他ちゃんが傷つく可能性があるなら聞いておきたい。仮にそれで私が嫌われたのだとして、那由他ちゃんの傷が小さくなるなら十分だ。あ、あと那由他ちゃんに嫌われる可能性は考慮してません。そんなことありえないからね!


 そんなわけで私は那由他ちゃんのお父さんと車に乗って、しっかりとロックもかけてから本腰を入れて話をすることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る