第29話 セーフ!

 那由他ちゃんとの交換日記はスローペースだ。元々交換日記と言うのはそう言うものなのかも知れないけど、2,3日ごとに交換しては渡すので、一週間で二往復もしない。

 だけどそれがいいのかもしれない。私たちはまだ始まったばかりの関係だし、慌てて距離を詰めるには那由他ちゃんはまだまだ若い。日中は一日一緒とはいっても、やっぱり直接目を見ると言葉が出てこなかったりするので、交換日記はいい意思疎通ツールだと思う。


 そんなほんわか交際を始めてそろそろ二週間、今日も今日とてお勉強会の合間の休憩時間の雑談途中で、予定していた旅行を前に私は今更気が付いてしまった。


 恋人と一泊二日の旅行するんじゃん。


 と言う当たり前の事実に。夏休みが始まる前から計画し、那由他ちゃんと隣県の遊園地にお泊りでお出かけすることになっていた。宿泊施設の予約など、根回しもスケジュールも完璧で、夏休みから慌てて準備することは何一つなく、当日を待つばかりの中、何気なく来週楽しみだねと会話をしてから気が付いてしまった。

 いや、普通に遊園地でデート、とは思ってたけど、お泊りって。友達と泊りがけの旅行をするのはいいけど、恋人で泊りがけのデートって全然意味が違ってしまうのでは?


「……? どうしました?」

「あー、いや、まあ、なんていうか。今更だけど、ちょっと緊張するなって思ってさ」

「えっと、まあそうですね。子供だけでお出かけしてお泊りって、ちょっと緊張しますよね」

「うんそれはね、全然任せてくれて大丈夫なんだけど、ほら、那由他ちゃんとのお泊りデートは初めてだからね?」


 我が家に泊まったこともあるとはいえ、それはまだ付き合う前の話だ。それに家なら他の家族もあるし、滅多なことはないけど、お泊りとなるとまた話もテンションも雰囲気も変わるし。

 いやもちろんね!? 滅多なことなんてなにもないですけどね!? 気持ち的にはね、やっぱこう、どきどきしちゃうなって。


「あ、そうですね。えへへ。確かに、緊張しますけど。でも、千鶴さんとずっと一緒にいられるの、わくわくします」


 うっ。眩しい! この、穢れなき那由他ちゃん、まぶしい。そ、そうだよね。変に意識してるのは私だけだよね。大丈夫。いつも通りでいればいいんだし、純粋に楽しめばいいよね!


「そ、そうだね。雨の日以来だね。おじさんがいい宿予約してくれたし、ほんと感謝だね」


 移動を私の車ですると言うのもあり、二人で一室なのだしと那由他ちゃんのおじさんが私の分も合わせて宿泊費を振り込んでくれているのだ。園内のホテルはいいお値段するので、結構助かるところだ。夏休みで一日に入るバイト時間は増やしたけど、まだそれ振り込まれてないしね。

 我が家は三人兄弟だからか、父は私に優しいわりにはお金に関してはシビアだ。特に外泊や遠征なんかはお金がないならいかなくていいから近場で安全に遊べ、的に渋ってくる。おかげで高校時代からアルバイトをせざるを得なかった。

 おじさんとは頻繁に話すなんてことはもちろんないけど、送った時とか軽く会うことは何度かあって、その時の普段の那由他ちゃんへの接し方をみてもやっぱり一人っ子は愛されてるなぁと感じさせられるものだ。


「那由他ちゃんはお父さんと仲良しでいいねぇ」

「そう、ですか? 仲良さそうに見えますか?」


 え? 地雷踏んだ? あれ、お母さんならともかく、お父さんとは間違いなく仲いいでしょ?

 急に雰囲気が変わった那由他ちゃんのちょっぴり不安げなのを誤魔化すようなぎこちない笑みに、私はびくびくしつつも何気ない風に頷く。


「うん、見える見えるー。那由他ちゃん愛されてるよね」

「な、なら嬉しいです……。私、最近、お父さんと、どうすればいいのかわからない時があって、ちょっと、距離を感じてたんですけど」

「そうなんだ? まあ思春期ってそう言うことあるよね。私もあるある。まああれだよ。なんだかんだ言ってね、家族だからさ、ちょっとくらい気まずくても大丈夫だって」


 那由他ちゃんの家庭環境的に、今は気まずい時期なのかも知れない。でもまあ少なくとも今までは愛されていただろうし、仮に離婚となったとして、今一緒に住んでいるおじさんとは、現状あの穏やかそうな対応を見る限りちょっと気まずいのを乗り越えれば普通に、仲良くなれるだろう。私の場合は私が反抗期だったからの距離感だったけど、まあそこはね、気まずかったのは一緒だし変わんないでしょ。

 少なくとも、この二人の組み合わせて仲良くなって改善したいと二人とも思っているなら、いずれは時間が解決してくれるはずだ。ここははっきり断言して励ましても問題ないでしょ。


「……あの、ちょっと、質問してもいいですか? あの、なんか、変なことかもしれないですけど」

「あ、なに? なにかな? 何でも聞いてよ?」


 那由他ちゃんは神妙な顔で、ほんの少し前までお泊りデートだね、とうきうきな空気だったのが嘘のように、重々しく口を開いたり閉じたりしてためらっている。

 ごくり、と思わずつばをのむ。そんな、ためらうほどの質問って何だろう。別の意味で心臓がドキドキしてしまう。もしかして、思ってた以上に複雑な家庭状況だったりするのだろうか。もちろん那由他ちゃんが言いたいならどんな相談だって真摯にのりたいし、どんな重い話でもちゃんと聞くよ? でも、それを解決できる器が私にあるかと言うと、どうでしょうか。

 人の人生相談にのったことなんてないし、よく考えたら恋愛相談レベルですら人間関係に関する相談をうけたことがない。学業の相談しかのったことないのに、大丈夫なのだろうか。


 力になれるのかちょっぴり不安に思いつつ、那由他ちゃんの力になりたいのは本当なので表情を引き締めてしっかり姿勢をただして那由他ちゃんの言葉を待つ。


「えっと……た、例えばなんですけど、その、血がつながってなくても、家族であることには変わらない、でしょうか」

「……」


 全然思ってなかった方向からの言葉に、一瞬フリーズしてしまった。だ、大丈夫。びっくりはしたけど、普通に考えて答えは決まっている。

 私は那由他ちゃんの手を握る。少し震えているその手。気持ちを届けようと体ごと近寄り目を見てはっきり答える。


「変わらない、と少なくとも私はそう思ってるよ。そうじゃないと、夫婦は家族じゃないことになっちゃうしね」

「あ、そ、そっか。そう、ですよね。……でも、夫婦は、家族でなくなることはありますよね」

「そうだね。でも家族でいようと思いあっている人間同士なら、血がつながっているかどうかは関係なく、家族でいられると思うよ」


 恋人である那由他ちゃんだからとか関係なく、それが一般的な答えだろう。血がつながってないから家族じゃない、と言うなら結婚とは? 養子とかも全否定になってしまう。まして那由他ちゃんを好きになって、間違いなく愛していると思う今、人を愛するのに血のつながりは関係ないと思っている。

 もちろん世の中にはそうじゃないって人もいるだろう。仮にほとんどの人が私と同意見なのだとしても、そうじゃない人は絶対にいるだろう。だけど、少なくとも那由他ちゃんのお父さんは、血がつながっていないと知っている那由他ちゃんに対して、普通に家族として十分な対応をしていると感じる。今までこの二人に血のつながりないんだ、と疑ったことはない。だからこの二人に限って言うならば、そんなことを疑う必要はないように思う。


「そう……そう、ですよね。ありがとうございます。えへへ。急に変なこと聞いてしまってすみません」


 私の真剣な答えに、那由他ちゃんはへにゃりと、力を抜いたように微笑んだ。


「全然いいよ。那由他ちゃんが知りたいことなら、何だって教えてあげる。まあ、私にわかることなら、だけど」

「はい……ありがとうございます。ちょっとだけ、勇気がでました」

「うん。まあ、ていうか私も那由他ちゃんと家族になりたいし、家族に近いところにいるって思ってるからね。血はつながってないけどさ」

「……はい」


 那由他ちゃんは真っ赤になって、そっと私の手を握り返してくれた。

 か、可愛い。もう、可愛すぎて、那由他ちゃんを産みたいよ! はあ、何で那由他ちゃんはまだ高校生かな。早く結婚したい!


 感極まったような那由他ちゃんが目を伏せてその震える肩に、そっと撫でて慰めることしばし。那由他ちゃんはゆっくり顔をあげて微笑んだ。ほんのり赤らんだ目じりに、何かが高まった私はそのまま軽くハグして、その眼尻にキスをした。


「わ、あ、あ。あの、い、今」


 一瞬のことですぐに顔を離したけど、どうやらばれてしまったらしい。それはそうか。うーん、まあ、セーフで!

 私ははわわ、とさっきまでと違って全体的に真っ赤になって自分の頬に手をあてながら、繋いだままの手をもぎゅもぎゅしてくる那由他ちゃんに、にっこり微笑む。


「今のは家族への元気の出るチューだからセーフ! 元気になってくれた?」

「……は、はい。その、で、でてきました」


 今のはまあ、友達にはしない。したことない。ないけど、家族ならぎり、あー、仮に妹がいたらしたと思うから、ギリセーフで! 小学生くらいなら、母とついでに姉にもまれに軽くされてたし。うん、セーフだと思いたい。

 那由他ちゃんはもじもじしてから、そっと私を上目づかいに見つめた状態で、さっきと同じようにためらいながら、だけどさっきとは違ってふわふわした空気をまといながら口を開く。


「で、でも、その、も、もう一回してもらったら、その、もっと、出る気がします」


 そのちょっぴり泣き出しそうな真っ赤な那由他ちゃんに、私はたまらず膝立ちになって降らせるようにして勢いよくさっきと反対側の目元にキスをした。

 ちゅ、と小さなリップ音がして、自分の口元からしたのになんだか気恥ずかしくなってしまう。顔を離す。それで腰も少しまげたままでいつもよりすごく近い。

 どきどき、と心臓がうるさい。最初は感情のままの勢いだったから本当にこう、子供に対する慰めの意味もあった。だけど今は間違いなく恋人として、本人の了解のもとキスしているんだ。そう思うと、同じ行為でもなんだか、アウトな気がしてきてしまう。

 だけど、さっきのしょんぼりしたおじさんとの関係に悩んでいたのがすでに遠い過去のように、キラキラした目で私を見つめてくれる那由他ちゃんを見ていると、胸がいっぱいになってくる。那由他ちゃんの為じゃなくて、私が、したくなってしまう。


「……ねぇ、那由他ちゃん、もっとしたら、もっと、元気出してくれる?」

「……も、もっと、ゆっくり、いっぱい、ほしい、かも、です」

「うん。いっぱい、元気になってね」


 あくまでこれは元気になるため、と形だけ、誰に言い聞かせているのかわからない言い訳をしながら、私は那由他ちゃんの目元に何度も口づけた。

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