第228話練習試合でミスをした生徒に退学を迫る顧問教師に反抗してみた2

 泣いて許しを請う九重を見ていると、イライラしてくる。試合での動きは悪いし、それを指摘したら退部したいと常に逃げることしか考えていないのだ。

(どうせ練習不足だ)

 試合中はずっとベンチの方を気にして、指示を仰ぎたそうにしていたのも腹が立った。自分で考えて行動できないのかと。

「そんな」

 ショックを受けたように目を見開くツツジ。

「我が校としてはお前のようなやる気のない生徒は迷惑だ。校長も他の先生方も思っているし、クラスメートもお前みたいな汚物が教室にいることにうんざりしている。わかるか? 必要のない存在なんだよ」

「う……」

 涙を貯めるツツジに鶴久がうんざりするように、

「泣いてれば許されるって考え嫌いなのよね」

「まったくだ。生きてる価値もなさそうだな」

 と、その時は。

『まったくだ。生きてる価値もなさそうだ』

 天井のスピーカーから自分の声が聞こえ、目を見開いた。

「え?」 

 鶴久も目を瞬かせた。




 空き教室の戸を開けて、中へ入る。

「お疲れ様です、玉理先生」

 奏介、わかば、東坂委員長に田野井だった。

「風紀委員会、か。今は取り込み中で」

『風紀委員会、か。今は取り込み中で』

 すぐにスピーカーからこの場で行われている会話が大音量で流れた。

 奏介はスマホを耳に当てる。

「もう放送切って頂いて大丈夫です。ありがとうございました」

 この場がしんとなる。

「こんばんは。風紀委員会にバスケ部関係のご相談が入りましたので、玉理先生と鶴久部長にお話を伺いに参りました」

 と、東坂委員長。

「うちの風紀委員の顧問にも許可取ってますので」

 田野井が冷たく言う。この場では東坂委員長でさえ笑顔はない。

「ここで何してたんですか?」

 わかばが少しだけ責めるように問う。

「部のミーティングまで口出しされる覚えはないな」

「生徒を大泣きさせておいて、口出すなはないでしょう」

 奏介が低い声で指摘する。

「便利だな。泣けばなんとかなるという考えは」

 奏介はぽかんとして不思議そうにする。

「玉理先生、自分の発言覚えてないんですか? 行きたい大学があって、やりたい仕事があるから退学したくないって言ってるのに強制しようとしてるんだからそりゃ泣きますよ。九重先輩の人生設計壊そうとしてるんですから」

「人生? こいつの人生なんてどうでも良い。退学に値することをしたんだから当然だ」

「タバコ吸ったり、暴力振るったり、物盗んだり、警察に捕まったりすると退学になりますけど、九重先輩は何やったんでしょう?」

 玉理は一瞬怯んだものの、

「練習試合で、わざと変な動きをして、わざとうちのチームを負けさせたんだ」

「本当は勝てる相手だったのに、台無しにしたのよ」

 鶴久の加勢に、奏介はふんっと鼻をならす。

「それは玉理先生の指導が壊滅的に下手くそだからでしょ?」

「なんだと!? こいつがやる気がないからだっ」

「なら顧問の教師である玉理先生がやる気を出させなきゃだめでしょ。それが顧問の仕事でしょ? しっかりしてくださいよ。どんだけ仕事出来ないんですか」

「っ……!?」

 カッと顔が赤くなった。どれだけ暴言を吐かれても言い返してこないツツジを相手にしていたからか、煽りに耐性がなさそうだ。

「お、お前、風紀委員だからって調子に乗るなよ!?」

「練習試合で負けるような指導をする顧問教師に仕事が出来ない無能って言って何が悪いんですかね? 負けてしまっても、きちんとフォローして次頑張ろう! っていう先生なら素晴らしいんですけどね、あなたは真逆なので無能です」

「ちょっと、先生に対して失礼でしょう?」

 鶴久が強い口調で言う。

「なら、部長の鶴久先輩がチームを引っ張る力がないクソ無能部長なのかな? 玉理先生は優秀だけど部長が駄目なら、そりゃ無理ですよね」

「は!?」

 東坂委員長が困ったように頬に手を当てる。

「鶴久さん……自分の能力に合わない役職はおすすめしません。辛いと思ったら、すぐに降りた方が良いですよ。副部長の甘利あまりさんなら後継にぴったりですよ」

 奏介、わかば、田野井はごくりと息を飲み込んだ。口調は穏やかなでいつも通りの東坂委員長が、かなりの毒を吐いている、ような気がする。

 あの暴言を聞いてしまったら、怒るのも無理ないだろう。

「っ! なんで、そこまで言われなきゃならな」

「練習試合に負けたから、よね?」

 奏介はわかばに対して頷いて、

「そういうことです。現に負けてるんですから、ダメな部長でしょ」

「それはっ、こいつのせいで」

 指を指されたツツジは、びくんと肩を揺らす。

「九重先輩のせいって、それは鶴久先輩がミスをカバー出来なかったからでしょ?」

「確かに、鶴久部長がもう少し頑張れば、勝てただろうな」

 しれっと言う田野井。

「というわけです。負けたのはあなたのせいでは?」

「なんで、こいつのミスをわたしが被らなきゃならないのよ!?」

「部長だからでしょ。逆に平部員の九重先輩に責任押し付けるとか。とんでもない部長ですね」

「委員長や部長という役職を分かっていないんでしょうか……? ある程度責任を取らなくてはならない立場なのに、こんな」

 東坂委員長、ドン引き。

「た、玉理先生、こいつのせいで負けたんですよね!?」

「あぁ、そうだ。九重のミスで」

「そのミスを処理出来なかったんでしょ。上に立つあなた達の、ここが弱いから負けたんですよ」

 奏介が自分の頭を人差し指でとんとんと叩く。

 そのジェシュチャーは煽るには充分だった。二人はさらに頭に血が上ったようだ。

「お前ら、いい加減にしろよっ、人を馬鹿にして!」

「そうよ、そういう失礼なことを言って良いと思ってるの!?」

 奏介はため息を一つ。

「九重さんを馬鹿にして、失礼なことを言ってたでしょ。言い返されたくらいでギャーギャー騒がないで下さいよ。嫌がらせしといて自分がされたら文句言うって……それが一番ダサいです。いや、ほんとにダサい。恥ずかしくないんですか? 慌てて大声だして」

「ぐっ……」

 とっさの言い返しの言葉が出てこないのだろう。

「うるさいっ、オレの指導についてこられない方が悪いんだ!」

「玉理先生って『学校の部活動で指導している』だけですよね? 優秀な成績残してるプロでもないくせに威張り散らした挙げ句練習試合に勝てず、平部員に八つ当たり、さらにそんな権限ねぇくせに退学にするー? あなたは校長でも理事長でもないでしょ。二、三年前まで学生だったくせに思い上がり過ぎですね。社会ニ年目の部活顧問で、練習試合ですら勝たせられない無能のくせに偉そうに出来るの逆に凄いですよ。実績もないし、その自信はどこから来るんでしょうか」

「この……」

 玉理が拳を握りしめた。

「お前、上に言いつけて、退学にしてやる!」

 奏介は動じず、

「そうですか、ならそのうち来るから言いつけて見たらどうですか」

「はぁ? 何を言って」

 と、その時。

 奏介達の後ろで戸が勢いよく開いた。

「!」

 玉理は少し動揺したように目を瞬かせる。

 奏介達は横にズレた。

 玉理は一瞬、動揺したものの、

「どうか、されましたか? 山瀬先生」

 青い顔をしてこちらを見ているのは風紀委員顧問の山瀬。隣には教頭、他数人の教師がいる。皆一様に顔が引きつっていた。

「何を考えているんですか! 許されることではないでしょうっ」

 山瀬の剣幕にわけがわからない様子の玉理と鶴久である。

「何の、話でしょうか」

 今の言い合いを聞かれてしまったのだろうか。しかし、乱入してきたのは風紀委員メンバーの方。部活の反省会のようなものであり、ミスをしたツツジに説教をしていたと言えば問題ないはずだ。暴力を振るっていたわけではないのだから。

 と、年配の女性教頭、砥上とがみが眼鏡を押し上げながら一歩前へ出た。

「まるで脅しのように生徒に退学を迫っていましたが、そう言ったデリケートな問題、我が校は保護者の方、当該生徒、担任、校長、教頭であるこの私の五人で面談をし、決定していくのです。一教師であるあなたが決めることではありません。随分と挑戦的ですね、校内放送で公開処刑。魔女狩りのつもりなのかしら」

「校内、放送……?」

 玉理は呆然と呟いた。そして、教頭の貫くような視線と、山瀬の怒りに震える表情、他の教師達も深刻そうな顔をしている。

「放送機材のスイッチが誤作動で入っていて、全校舎に響いてましたよ」

 奏介が指差すのは教室の隅に置かれたいくつかの荷物である。よく見れば半分開いたダンボールからマイクが飛び出していた。

 

 玉理はふと気づいた。風紀委員メンバーが入ってきた時、スピーカーから自分の声がしていた。

 玉理は冷や汗が落ちてくることに気づいた。軽く、混乱する。

(どういう、状況だ?)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る