第192話 番外編 シェアハウスで食事に嫌がらせをしていた住人達after
第91、92話の後日談です。
※暴力描写あり。暴力に肯定的な発言あります。苦手な方はご注意ください。
放課後、教室にて。
険しい表情でスマホを見ていた真崎が奏介の顔を見た。
「さっきからどうしたの?」
一緒に帰ろうと誘おうとしていたのだが、それどころではない雰囲気である。
「今日、暇か?」
「風紀委員の活動もないから用事ないけど」
「柳マドカとシェアハウスしてる奴ら覚えてるか? 特に幾原と小豆」
「あぁ、色ボケ二人組か」
奏介は呟く。
「あの人らから連絡が来てさ」
「ん?」
「マドカに嫌がらせしてたことがマドカの姉にバレて呼び出しくらったんだと」
「えー……」
マドカの姉、柳なつかはレディースの総長らしい。
「おれの連絡先をどうにか見つけて泣きついてきたってわけだ。マドカに言ったらぶっとばすとも言われてるらしい」
「自業自得じゃない?」
総長かどうかはともかく、姉妹仲が良好で、妹にあんなことをされたら、姉は怒るだろう。
「とりあえず、付き添いしてやろうと思うんだけど」
最後に自主土下座していた姿を思い出し、奏介は頷いた。
「分かった、俺も行くよ」
危険なので詩音を誘うのは止めておいた。
待ち合わせ場所は郊外にある小さな駅だった。
無人改札を通り抜けると、ペコリと頭を下げた男女二人。
「お久しぶりです……」
小豆がぷるぷると震えながら言う。
「すみません、針ヶ谷さん、菅谷さん」
と、気落ちした様子で幾原。随分と殊勝だ。
「いいっすよ。敬語気持ち悪いからなしで」
真崎がそう言いつつ、呼び出し場所へと向かう。
「あの……マドカちゃんのお姉さんて怖いの?」
小豆、恐る恐る。
「優しさだけで総長にはなれないからな」
しれっと真崎。
「ぶっちゃけ、オレら何されんの!?」
「呼び出しの内容が内容だからなぁ。菅谷、どう思う?」
「この前ヤクザさんの落とし前の付け方見てきたけど……指詰められることはないんじゃないかな」
口をパクパクさせる二人。
「確かに。まぁ、五体満足では返してくれると思うぞ。おれも掛け合ってやるし」
二人共顔が真っ青である。自業自得ではあるのだが、気の毒なところもある。
やがてちょっとした山道に入る。木製板の歩道が木々の先に続いている。森の中に小さな公園があり、夜はそういった人達のたまり場になっているらしい。
開けた場所に出る頃には辺りが夕闇に包まれていた。それと同時に街灯の明かり、そして三台のバイクがライトとエンジンをかけたまま停められている。ドライバーの女性二人は端っこで待機しているように見える。そして、堂々と寄りかかっているのは髪の長い女性。地味なスカートにブラウスという普通の大学生の格好の上から特攻服っぽいつなぎを羽織っている。
(……これはガチ……)
さすがの奏介も息を飲み込む。存在感が凄まじい。
「よお、来たか」
睨むのがデフォルトなのか、女性が腕を組んだまま、こちらへ視線を向ける。
「幾原と小豆ってのは……ん? 真崎? 何やってんだ、おめぇは」
真崎を見、少し表情が柔らかくなった。街中で知り合いを見つけた瞬間の顔だ。
真崎に頼るという幾原達の判断は正解だったのだろう。
「マドカのゴタゴタにおれも関わっててな。見届人てやつだ」
「そういや、マドカが真崎の話をしてたな。関わってたってわけか。で、そっちは? どれが誰だ」
「こいつは俺のダチで菅谷。こっちが幾原と小豆だ」
奏介は会釈だけしておいた。
二人は顔を見合わせ、震える足で柳なつかの前へ。
「こ……この度は、妹さんに本当に、失礼を致しまして」
「も、申し訳なく思っております」
なつかはすっと目を細めた。
「お前ら、うちの妹から食材費をぶん取った上、まともに食わせてなかったらしいじゃねぇか」
「いや! そんなことは」
慌てた様子でとっさに言い訳をしたのは小豆である。
「食事は、ちゃんと出してたんです。ただ、味付けを、マドカさんが好きじゃない感じにしていたというか」
「ばあか。それは食わせてないのと一緒だろうが。んで? 原因は幾原、おめぇの逆恨みだったか? 振った女に嫌がらせ、随分と陰湿なやつだな。女々しくてヘドが出るぜ」
冷静そうに見えてブチギレだった。
「や、その、本当に悲しくて、つい」
冷や汗だらだらの幾原である。
「小豆、おめぇは幾原が好きだったんだろ? それになんでうちの妹を巻き込んでんだよ。勝手に告白でもなんでもしてろや」
「そ、その……幾原が落ち込んでたので、慰めてるうちに、こういうことになってしまって」
同じく冷や汗をかく小豆。
「しかも、今おめぇらは付き合ってるだと?」
奏介は、すかさず挙手した。
「すみません、それについてなんですけど」
「ん?」
奏介はなつかを真っ直ぐに見た。
「実は、俺が付き合うように勧めたんです」
「んだと?」
睨まれるが、
「妹のマドカさんへの嫌がらせは、小豆さんの幾原さんへの気持ちが大きくなったことに寄って起こっていたので、さっさと付き合って嫌がらせを止めて下さいって言いました。幾原さんもまんざらではなさそうだったので」
「あぁ、そういうことな」
真崎が一歩前へ出る。
「なつか、こいつら、ちゃんとマドカに謝罪してたから。おれと菅谷が証人だ」
腕を組んでいたなつかは少し考えて、
「分かった。真崎が言うならな。ただし、あたしの気が収まらねぇ。幾原」
「は、はいっ」
ぴんっと背筋を伸ばす幾原。
「おめぇの女は勘弁してやる。ただし、おめぇはビンタ一発だ」
「……は?」
なつかが手のひらを上にして、人差し指をくいくいっと動かす。こちらへ来い、というサインだろう。
「好きな女に振られて嫌がらせした挙げ句、別の女に乗り換えたんだろ?」
簡潔な状況説明である。そして、間違っていない。
「ぐっ……」
幾原は青い顔で、一歩後退。拳を握ってぷるぷる震わす。じりじりと、軸足が後ろへ下がっていく。
「とても食えねえ激辛料理食わせたんだってな。腹に一発入れたのと変わらねぇじゃねえか。……覚悟ができたら来いよ」
なつかが言う。待ってくれるらしい。
奏介は幾原の隣に並んだ。
「幾原さん、ここで逃げたら超絶ダサいですよ」
「え!?」
「今の彼女が大事なら、覚悟決めましょう」
「っ……!」
完全に逃亡する気だった幾原は、奏介の言葉で歯を食い縛った。それから、挑むようになつかへと歩み寄る。
「お、お願いします」
「度胸試ししますみたいな顔してんじゃねぇ、この女の敵が。心入れ替えやがれっ」
空高く振り上げられた手のひらがスイング。バッチーンという、まるで漫画の効果音のような音が辺りに響き渡ったのだった。
容赦なしである。
シェアハウスの最寄り駅にて。
「それじゃ、ありがとうございました」
濡らしたハンカチで頬を押さえている幾原が敬語で頭を下げる。まだ目が潤んでいる。相当痛かったのだろう。
そんな幾原を支える小豆である。
「ああ、もうアホなことするなよ」
と、真崎。
「……はい」
奏介は小豆を見る。
「自分のために他人を巻き込むの、止めてくださいね」
「はい……。反省してます」
そこで、体を縮こませる二人と別れたのだった。
帰りの電車にて。
「いやぁ、自業自得のお手本のようだったな」
苦笑気味の真崎である。
「ああ、うん。暴力ではあるんだけど、あれくらいは仕方ないかな……」
真崎がいなかったらもっとひどい目にあっていたかも知れない。
「はは。これで反省しただろ」
「うん。多分ね」
一度痛い目に合わなければ分からない人もいるのだ。
明日は我が身。自分も気をつけよう。奏介は一人、頷いた。
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